1.妥当な追放
「……最悪だ」
泥水に足を取られながら、俺は誰に聞かせるともなく悪態をついた。空はまるで世界が終わるかのように灰色の雲に覆われ、容赦のない大粒の雨が、俺のけして上等とは言えない服を叩きつける。もうとっくにずぶ濡れで、体温は奪われ、指先の感覚も曖昧になってきていた。
俺の名前はカイン。つい三日前まで、勇者パーティーの一員だった男だ。
聞こえはいいが、俺の役目は『荷物持ち』。スキルもなければ剣の才能もない、ただの一般人枠。それでも、パーティーのために薪を割り、食事を作り、野営の準備をする……そんな雑用を必死にこなしてきたつもりだった。
だが、勇者様の一言で、俺の居場所はなくなった。
『すまないがカイン、君は今日限りでパーティーを抜けてくれ。もっと有能なサポート魔術師が見つかったんだ』
有能。その言葉が、俺の胸に突き刺さる。結局、俺は『役立たず』だと、そう言われたのだ。わずかな手切れ金と共に放り出され、次の街を目指して歩いていたのが、今のこの状況だった。
「このままじゃ、本当に野垂れ死ぬぞ……」
腹は減って鳴り続け、雨と寒さで体力は限界に近い。意識が朦朧としてきたその時、俺の目に、木々の合間に見える不自然な影が映った。
石造りの、何かの建物の一部。苔に覆われ、半ば崩れかけた、古い遺跡のようだった。
「……雨宿りくらいは、できるか」
藁にもすがる思いで、俺はふらつく足で遺跡へと向かった。
崩れた壁の隙間から中へ入ると、不思議なことに、外の嵐が嘘のように静かになった。雨漏り一つなく、ひんやりと乾燥した空気がそこにはあった。
「助かった……」
ひとまず火を熾して暖を取ろうと、俺は遺跡の奥へと足を進める。通路を抜けた先は、やけに開けた広間になっていた。
そして、その中央に鎮座する、一つの玉座に俺は目を奪われた。
石でできた巨大な玉座。その肘掛けには、人の頭ほどもあるだろうか、淡い光を放つ青い水晶がはめ込まれている。周囲はあれほど風化しているというのに、その玉座だけは、まるで昨日作られたかのように滑らかで、威厳を放っていた。
「なんなんだ、これ……」
まるで芸術品のようなそれに、俺は吸い寄せられる。疲労と寒さで正常な思考ができていなかったのかもしれない。俺は、まるで当然のように玉座に歩み寄り、その冷たい背もたれに体を預けた。そして……ふと、光を放つ水晶に興味を惹かれ、何気なくその滑らかな表面に、そっと指先で触れてしまった。
その瞬間だった。
ゴウッ、と低い唸りが足元から響き、城全体が、いや、遺跡全体が激しく揺れ始めた。
「なっ、なんだ!? 地震か!?」
慌てて玉座から離れるが、揺れは収まるどころか、ますます激しくなっていく。壁からバラバラと石片が剥がれ落ち、立っていることすらままならない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
それは、もはや単なる振動ではなかった。巨大な何かが、長い眠りから目覚めるような、重々しい胎動。俺はパニックになりながらも、元来た入り口へと這うように向かう。早く外へ出なければ、生き埋めに――
崩れた壁の隙間にたどり着き、外の景色を見た瞬間、俺は言葉を失った。
ザーザーと降りしきる雨。眼下に広がる、どこまでも続く森。さっきまで俺が歩いていた、ぬかるんだ道。
それら全てが、凄まじい速さで、どんどん小さくなっていく。
「……は?」
理解が追いつかない。俺は今、地上数百メートルの高さから、世界を見下ろしていた。
雨雲を突き抜け、さらに上へ。どこまでも高く、高く。
やがて揺れが収まった時、俺の耳に、頭の中に直接響くかのような、無機質な声が聞こえた。
《……生体認証、クリア。マスター登録を完了。天空城アークノア、再起動します》
「……ッ、はああああああああ!?」
俺の絶叫は、誰に届くこともなく、どこまでも広がる青空に吸い込まれていった。
――ここまで読んでいただきありがとうございます!
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主人公TUEEEEE系を書いてましたが今度は少し趣を変えてみようと思います!
次回もお楽しみに!




