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5.捕らわれて

森は、まるでこの世から切り離されたかのように、静かだった。

焼け焦げた孤児院の匂いだけが、かすかに風に乗って漂ってくる。


セレフィーナは裸足のまま、ひとり、深い木々の間をさまよっていた。

足裏はすでに裂け、血と泥が混じり合っていたが、彼女の赤い瞳はただ、前を向いていた。

涙や痛みすら、彼女の内にはなかった。


――帰る場所は、もうない。


けれど、不思議なほど、心は静かだった。

まるで、長い檻の中からようやく外へ出られた鳥のように。

背中から伸びる羽が、どこまでも遠くへ運んでくれるような感覚。


孤児院があった場所から吹き荒れる、生暖かい風が、彼女を後押しする。


夜が深まり、空には変わらず、無数の星がまたたいていた。

それは、誰のものでもない、だからこそセレフィーナは星達に見守られているような気がした。


星たちは、何も語らず、何も裁かなかった。

ただそこに在り、セレフィーナを静かに照らしていた。


人間たちが彼女に向けた怯えや蔑みとは違って、星々は何ひとつ奪わなかった。

だからこそ、セレフィーナは思ったのだ。


――もし願いをかけるとすれば、こんな夜空に。


けれど、その祈りが口からこぼれる前に、男たちの影が森を裂いた。

そして、星の下の静寂は、何もできずにただ瞬いていた。


そのときだった。


森の奥から、誰かの声が聞こえた。


彼女が歩いたその森の奥、乾いた草を踏む音に混じって、かすかな話し声が近づいてきた。


「本当にいた……こんな奥まで……」


「白い髪に赤い目……こいつがそうだ、噂の“呪いの子”……」


現れたのは、よれた外套を着た男たちだった。

猟師でもなく、騎士でもなく、ただ人の影を追って生きる薄汚れた目をした“買い手”の男たち。


セレフィーナの赤い瞳を見ると、彼らは顔を見合わせ、声を潜めて笑った。


「こんなガキでも、珍しい見た目してると値がつくもんだ」

「見つけた俺たちは幸運だな。どうせどこの誰にも必要とされてないんだろうし」


逃げようとした足がもつれた。

寒さに震える体は、もはや反応すらしなかった。


「おとなしくしろよ、小鳥ちゃん。お前には“居場所”が必要だろ?」


その言葉の意味を、幼いセレフィーナはまだ知らなかった。

けれど、男たちの手が腕をつかむその力強さに、なにか恐ろしいものを感じていた。


小さな悲鳴さえ出すことができず、セレフィーナはそのまま森の闇に飲まれていった。


――――――


のちに語られる。


あの夜、聖アメリア孤児院で起きた火災は、村人たちの口により、やがて“伝説”へと姿を変える。

「呪いの子・セレフィーナがいた場所は、たちまち災厄に飲まれる」

「彼女に微笑まれれば、命を落とす」


そう、語り継がれるのだ。

セレフィーナという名と共に――。

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― 新着の感想 ―
セレフィーナという少女の孤独と絶望を静かに、しかし深く描き出した秀逸な一編でした。自然描写を通して彼女の内面を丁寧に浮かび上がらせつつ、突如として訪れる暴力によって読者に強い衝撃を与えています。特に「…
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