表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/63

2.異変


冬の気配が濃くなるにつれて、セレフィーナの心は、静かに、けれど確実に凍りついていった。


向けられるのは冷たい視線、冷たい言葉、冷たい仕草。

それが、彼女に与えられる世界のすべてだった。


朝、孤児院の教室に入ったセレフィーナの白銀の髪に、何かが絡みついていた。

そっと指先で確かめると、それは噛みかけのチューインガムだった。

粘りついたそれは、引き剥がそうとしても取れず、かえって白い髪をぐしゃぐしゃに絡め取った。

繊細な糸のような毛先が何本も千切れて、床に落ちた。


その様子を見ていた子どもたちは、笑い声をあげた。

「見てよ、呪いの糸が切れた!」

「きっとあの髪、毒があるんだよ。触ったら死ぬって!」


声を上げたのは、リオ。十歳の少年で、いつも群れの先頭に立っていた。

セレフィーナは教室の隅の椅子に座ったまま、目を伏せていた。

一言も発せず、顔も上げず、まるで自分がそこに存在していないかのように。


笑われても、髪を切られても、押されても、彼女は何も言わなかった。

けれど、何も感じていないわけではなかった。


その痛みは、胸の奥で静かに沈殿していった。

やがて、小さな黒い染みのようになって、心の中をじわじわと染め上げていく。

その黒い染みは、名前のない想いとなって、彼女の奥深くで静かに広がっていった。



わたしなんて、いないほうがいい。

どうしてあの子たちは笑っているの?

どうして誰も助けてくれないの?



声にならない問いかけが、彼女の中でこだまを打ち続ける。

それは祈りではなかった。けれど、呪いでもなかった。

ただ“強く、静かに、思った”だけだった。


すると、周囲の空気が不自然に冷たくなることがあった。

教室の窓ガラスが白く曇り、吐く息は朝でもないのに真っ白になる。

静電気のような緊張が空間を満たし、誰もその理由をうまく説明できなかった。


ある昼休み、リオが階段から落ちた。

「誰かに背中を押された!」と彼は泣き叫んだが、そこに他の子どもはいなかった。

ただ、踊り場の角に立っていたのは、たった一人、セレフィーナだった。


誰も彼女が押した瞬間を見ていない。

だが、誰もが「きっとそうだ」と思った。

疑いではなく、確信のように。


それから、孤児たちは彼女に近づかなくなった。

その瞳に見つめられることを避け、目が合えば息を呑み、背を向けた。


「セレフィーナに睨まれたら、災いが起きる」

「呪われる」

「アイツは死神の娘だ」


そんな言葉が、空気のように院内に広がっていった。


数日後、リオの妹のマリエが突然鼻血を出して倒れ、高熱で入院した。

医師たちは原因を特定できず、彼女はうわごとのように「白い目が見てた」と何度も繰り返した。


その午後、セレフィーナは廊下の隅にひとりで立っていた。

目を閉じ、口元をかすかに動かしていた。

それは誰にも聞こえない囁き。祈りにも呪文にも似た何かだった。

けれど、彼女自身さえ、その意味を知らなかった。


ただ、“強く思う”ことが現実を歪めてしまう。そんな力が、確かに彼女の中には眠っていた。



夜になると、孤児院の空気が変わっていった。

電球が何の前触れもなく消え、暖炉が突然止まり、壁の奥からはすすり泣くような音が聞こえるようになった。

異変は日を追うごとに増え、誰もが見えない何かを恐れるようになった。


ある夜、セレフィーナに「人間じゃない」と叫んだ少女サラが、夢遊病のように歩き、二階の窓から落ちた。

雪に助けられ、命に別状はなかったが、目覚めてから彼女は何も話さなくなった。


その夜、セレフィーナは自分のベッドの上で静かに横たわっていた。

赤い瞳を伏せ、唇にはかすかな笑みのようなものが浮かんでいた。

だがそれは、決して喜びの笑みではなかった。



なぜ、こんなことが起きるの?

私は、何もしていないのに。



そう思いながら、彼女は胸に手を当てた。

そこには、まだ消えきらない温もりが、わずかに灯っていた。

けれどそれも、いつまで残るかはわからなかった。


世界は、彼女に氷のような孤独だけを与え続けていた。

そしてセレフィーナもまた、ただ静かに、それを受け入れ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いやもう……読んでて胸がギュッと締め付けられた。セレフィーナが何もしていないのに、どんどん「異質」な存在として孤立していく過程がリアルで辛かった。ガムのシーンとか、いじめの描写が生々しくて、しかも周囲…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ