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1.セレフィーナ


冬の朝、薄曇りの空が灰色の光を落とす中、古びた孤児院が静かにたたずんでいた。その一角に、小さな影がひとつ。


まるで冬の森に咲いた白い花のように、ひっそりとそこにいる少女セレフィーナ。まだ五歳の幼さを残しているはずなのに、その姿にはどこか人ならぬ気配があった。


肌は雪のように白く、触れれば溶けてしまいそうなほど繊細。髪は白銀にきらめき、陽の光を受けると淡く光を帯びる。風が吹けば、その細い髪がふわりと舞う。


そして、何よりも印象的だったのはその顔は完璧に整った目鼻立ちに、表情の少ない白い肌。まるで精巧に作られた磁器の人形のようで、美しさと無垢さが奇妙に同居していた。


瞳は深い紅。澄んだ宝石のように光を宿していたが、その色はあまりに異質で、人々の心に恐れを生んだ。


「怖い……」

「あれ、ほんとに人間?」

「化け物みたい……」


囁きは、空気のように絶え間なくセレフィーナを取り巻いていた。


彼女は何も言わない。ただ黙って、教室の隅の椅子に座っている。小さな背中はかすかに震え、目は伏せられ、唇はきゅっと閉じられていた。言葉はとうに彼女から離れ、心には重たい鍵がかけられているようだった。


先生たちでさえ、彼女を避けるように接した。視線を向けることもなく、まるでそこにいないかのように振る舞った。存在を認めることすら恐れているようだった。


けれど、セレフィーナは時折、窓の外を静かに見つめていた。

その目には、ごくかすかに、誰にも見えない光が灯っていた。


淡く、けれど確かに燃えるその光は、厳しい寒さの中でも消えずに揺れていた。

それは、彼女自身さえ気づいていない――希望という名の、小さな命の炎だった。


ある日のことだった。昼休み。廊下からは、子どもたちの笑い声や足音が響いていた。

けれど教室の隅、ひとりぽつんと座るセレフィーナのまわりには、別の時間が流れていた。


机の引き出しに、違和感を覚える。そっと開けると、そこにはぐしゃぐしゃになった給食のパンが押し込まれていた。

汁物のスープまでかけられ、ぬめるような臭いとともに、湿ったパンが引き出しの底にべったりと張り付いている。


「おまえの目が気持ち悪いから、見ると吐きそうになるんだって」


背後から、誰かの声。

振り返ったその先には、誰もいなかった。ただ、遠ざかるような笑い声が残っていた。


別の日には、彼女の制服が洗濯場に投げ捨てられていた。

泥水に浸され、ぐしゃぐしゃに踏みつけられた布は、まるで誰かの憎しみをそのまま吸い込んでいるかのようだった。


セレフィーナは黙って拾い、黙って洗った。冷たい水にさらされたその小さな手は、真っ赤に染まっていた。


「触らないで。呪われるから」


廊下ですれ違った先生が、思わず他の生徒を引き寄せる。その目は、何か汚れたものを見るようだった。


またある夜。彼女の枕元に、人形の頭が置かれていた。

引き裂かれた顔、赤い絵の具で塗りつぶされた瞳。胸には小さく折りたたまれた紙が押し込まれており、そこにはたった一言、こう書かれていた――「しね」。


それでも、セレフィーナは泣かなかった。

泣くという感情がどこにしまわれているのか、もう思い出せなかった。


ただ、唇をかたく結び、すべてを黙って受け入れていた。

誰にも届かない声なら、最初から発さない方がましだ。

そう思ったその日から、彼女は心に鍵をかけた。



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セレフィーナの存在感は、「人ならぬ美しさ」と「異質ゆえの排斥」を通して読者の心に深く刻まれます。彼女が語らないことでこそ際立つ内なる痛みと静かな覚悟が、行間に詩のように漂っており、読後に長く余韻が残る…
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