4・帝国第二皇子アラン・アルカディア
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現セレスティア王城。
約百年前――妖精による眠りの祝福を〝免れた〟王族が急遽用意したこの城は、森の中に馴染むように建てられたかつての城とは異なり、城下の街に寄り添うように建てられていた。旧王城と比べると随分とその規模は小さく、様式も帝国の色が強く反映されている。
帝国第二皇子アラン・アルカディアは、王族のみが立ち入ることを許されている塔の上階から、遠く木々の合間に聳え立つ白亜の城を眺める。帝国および現セレスティア王国の選んだ先鋭の騎士達を引き連れて、茨の結界に挑み続けること約二か月。必死の思いで討ち破ったのが今朝のこと。
(……思いの外、時間が掛かってしまったな……)
アランは窓辺に腰を掛け、ただぼんやりとその景色を眺めていた。夕日に照らされ、赤茶色の髪が燃えるように煌めく。年若く、どことなく幼さの残る顔立ちではあるが、真っ直ぐな琥珀色の瞳は年に似合わぬ落ち着きを孕んでいた。すると、階下から見慣れた顔の男が上がってきて、その背に声を掛けた。
「殿下、使いの者が戻りました」
声の主は、現セレスティア王国第一王子ユーリ・セレスティア。夜の闇を思わせる漆黒の髪と瞳を持つ青年。忠義に厚く、堅物な彼は、幼い頃からの友人であるアランにさえ口調を乱したことが無い。アランは、ふっと口元を緩める。
「『眠り姫』様は、無事に目覚めたのか?」
「はい。直接その姿を見ることは叶わなかったようですが、王の側近である宮廷魔法士ヴィオラス・ミスティソロウは、記述のままの姿を見せたそうです」
「伝説の魔法士か……百年前を生きていた人間がそのまま目の前に現れるのは、やはりどこか空恐ろしいものがあるな」
「『眠り姫』様が目覚めてから、旧王家の所有する諸々の財産価値も目に見えて上がっているそうです。〝湧き出る富〟の祝福も、その効力を示しています」
「皇帝陛下が喜んでいる姿が目に浮かぶな」
アランは、クッと喉で笑う。かつて帝国がセレスティア王国に攻め込みながらも完全にその根を絶たず、幼い一人の王族を祭り上げ従属国として自我を失わせたのは、この日の為だ。百年という永い年月は、旧王家を孤立させるに十分な時間だった。同盟を組んでいた異種族達との繋がりも断たれ、頼れるのは血族の末裔である現王家のみ。あとは旧王家の所有する莫大な富と、妖精の祝福を一身に受けるその姫を差し出させれば良い。
しかし、彼らの顔色は優れない。ユーリは、重々しく口を開く。
「――……帝国の、医師からの連絡は……」
アランは、コクンと小さく首を縦に振った。
「……先程、書簡が届いた。状況は良くはない。起きていられる時間も、徐々に少なくなってきているようだ。残された時間は、多くはないだろう」
ユーリは、ぐっと拳を握る。そんな彼を励ます為、アランは立ち上がりその肩を叩いた。
「とにかく、やれるだけのことをやるしかない。貴族達は集まったか?」
「――はい。皆、王家に忠誠を誓った者達です」
「良いだろう。まずは現実を把握して頂かなくてはな。ユーリ・セレスティア」
「はっ」
「直ちにセレスティア王国の貴族達を束ね、旧王家に迎え。彼らに考える時間を隙ほども与えるな――」
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今日もどうか素敵な一日になりますように