3・物語と現実
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その後、一人一人の紹介を受け、状況は整理されていく。
まず、紺色のガウンを着た二人。金色の短い髪を後ろに流し、がっしりとした体躯で堂々たる風格を漂わせる男性は、名をラグナル。滑らかな長い水色の髪を持ち、ブルーの瞳の目尻に優しく皺を刻む上品な女性は、名をリュセルダ。二人は、妖精の祝福を賜る者が守り継ぐこの土地――セレスティア王国の王と王妃ということだった。
そして、二人の唯一の子でありこの国の王女である自分は、名をエステラ・セレスティア。
(王国に妖精……やっぱり、ここは私の暮らしていた世界じゃないのね)
夢でも見ているかのようだ。今なお、陶器のような白く細い指先が自分の意思で動くことが信じられない。
ヴィオラスは、王の側近兼宮廷魔法士。最初に駆け付けてくれた裏葉色の瞳の、金糸の髪を一纏めにしたお仕着せの女性は、エステラの専属侍女の一人で名はリュネット。リュネットは、テキパキとした仕草で不思議な香りの温かいお茶を並べていく。
カップを口につけ、その温もりにほっと一息つきながら、エステラを含む全員の身に何が起こったのかも聞かせて貰った。ことの始まりは、今から百年以上も昔のこと――。
エステラが誕生し、それまで中々子を授かれなかった王と王妃は、国を挙げてそのことを喜び祝いの席を設けたそうだ。
そこには、人間だけではなく力のある十二人の妖精達も招かれた。妖精達は、人々と共に喜び、順に王女に祝福を授けていった。
美しい容姿、湧き出る富、健康な体、毒への耐性、卓越した言語能力、導きの力、共感する力、共鳴する力、扉の力、時空の力。
しかし、邪悪な力を持つとされる一人の妖精だけは招かれなかった。招かれなかった妖精は、自分だけが除け者にされたことを悲しみ、怒り、宴の席に押し入るとエステラに呪いをかけた。
――王女が妙齢になるその頃に、彼女に死の闇が訪れるだろう……――と。
呪いは強力で、その場で解くことは難しかった。ならばと、祝福をまだ授けていなかった一人の妖精が、エステラに新たに祝福を授ける。
――王女に訪れるのは、死の闇ではなく死に近い永き眠り。王や王妃をはじめ、城と共に百有余年の時を止め、城を守る茨の結界を破る者が現れたその時、皆が目を覚ますだろう。
そう、王女に授けるのは、魂を守る不思議な魔法の力。
エステラは十六歳になる年、遂に眠りについたそうだ。
その後を追うように、城内の者が一人、また一人と眠りにつき、城を守るように魔力を含んだ茨が周囲に咲き乱れた……――と。
(初めて聞く内容も多いけれど……まるで、おとぎ話の『眠り姫』みたい)
エステラは、話しを聞きながら思考を巡らせる。幼い頃、母が眠る前に語って聞かせてくれた幾つかの物語。もしかしたら、自分は『眠り姫』の世界に転生してしまったのかもしれないと。
概ね話し終えたところで、ヴィオラスは詳細な検分を始める。エステラの手を握り、目を閉れば、紫色の光の粒子がエステラの身を包み、同時に温かい熱が全身を巡った。エステラは、初めて見る魔法に思わずほぉと嘆息する。数十秒後、彼は菖蒲色の瞳をゆっくりと開いた。
「やはり、王女様が身に纏う魔力にだけ乱れがあります。恐らく、祝福のみを授かったわたくし共とは異なり、呪いと祝福の力が拮抗したからでしょう。それが、記憶にも影響を齎したものと考えられます」
王妃リュセルダは、エステラの姿を爪先から頭の頂までじっくりと眺める。
「あと……ほんの少し、年を重ねたような。エステラは、眠りについた時は確かに十五歳でした。今は少し背も伸びて、十七、八……いいえ。もしかしたら二十歳にも届いているのではないかしら?」
「完全に時が停止していたわたくし達とは違い、僅かながらに時が流れてしまっていたのでしょう。その分、お体も疲弊していると思われます。本当でしたら、体力の回復を図ることが先決だと、申し上げたいところなのですが……」
ヴィオラスが語尾を濁す。エステラとリュセルダが顔を見合わせて首を傾げていると、ふと、王ラグナルが何かに気が付き、顎の髭に触れながら口を開いた。
「……そういえば、我らが目を覚ましたということは、茨の結界を討ち破った者がいよう。その者は、今どこにおるのだ?」
エステラは、その言葉にはっとする。
(……そうだわ。おとぎ話でお姫様を助けるのはいつだって……)
答えを待つように、ちらりとヴィオラスを伺い見る。ヴィオラスは、膝の上で固く拳を握り、頷いて静かに答えた。
「……祝福の、対象とならなかった王家の血の者が建てた城があり、そこに身を寄せていると言うことです。かの者は、隣国の……いえ、元隣国であったアルカディアの第二皇子ということでした」
(やっぱり、王子様なんだ! ……でも、元?)
エステラとリュセルダは首を傾げ、ラグナルは、訝し気に目を細めた。
「どういうことだ?」
ヴィオラスは深く息を吐き、懐から二通の封筒をテーブルの上に差し出す。どちらも上質な紙であることは間違いないが、一方は深紅色の、もう一方は藍色の印章が使われていた。
「……申し上げます。我らが愛する王国セレスティアは、我らが眠っている間に新生アルカディア帝国の従属国と相成りました。ひいては、国同士の連結を強める為エステラ様と帝国第二皇子との婚姻を求めると――こちらは、帝国、および現王家それぞれの使者より渡された書簡にございます」
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