9. 使えなくもない?
「ゼンくん、こんにちは」
後日、ミキさんが植物園にやって来た。
「あ……どうも」
ぶっ倒れた情けない姿とメソメソ泣いた姿を見られただけに、ミキさんの顔を見るのがちょっと恥ずかしい。
「先日はお疲れ様。あなたが声を上げてくれたおかげよ」
そうなのかな……。
「俺はただその場で叫ぶことしかできなくて、一人だったら何もできてなかったと思います。動けたのはミキさんのおかげです」
ミキさんが来てくれなければ俺には何もできなかっただろう。だからミキさんの力だ。
すると、ミキさんがそばに群生して咲く花の一つを指でツンと突きつつ微笑む。
「少なくとも、あなたが叫んでたから私は動いた。それは確かよ」
ミキさんにそう言われて、自分の心臓からドキドキと忙しない拍動を感じる。
俺は今、嬉しいんだろうな……。
「……そう……ですか」
「スペスキはね、単体だと何もできないことが多いのよ。だから私たちは力を集結することを考えているの」
「集結?」
「そう。だからあなたをスカウトしに来たわ。植物園もいいけど、もっと別の場所で生かしてみない? その……空腹感がわかる力をね」
そう言ってミキさんはクスッと笑う。震源地がわかる力じゃなくて悪かったな、と悪態をつきたい気分だが、グッと堪える。
どうせかっこ悪いよ。俺だし。
するとミキさんが続けて告げる。
「何となくだけど……あなたの能力って、今回に限らず、ほかの場所にも生かせる気がするのよね」
「えっ……?」
「まぁとりあえず、中級公務員試験以上への合格が必須だけど……頑張れば昇級も昇給もあるわよ? 等級とお給料が上がるってことね」
「嘘……能力等級って上がるものなんですか?」
「ええ、社会貢献すれば上がるわよ。自動的にお給料もアップね」
そうなんだ……知らなかった。
「宝にするか屑にするかはあなた次第。さぁ、どうする?」
さぁ、どうするって言われてもな……。
すぐには返事をできずに、ミキさんが帰ってからも俺はボーッと考え込んだ。
俺の能力がいろいろなところに生かせる? そうなのか?
すると――
「ゼンくん、こっち来てみてよ」
不意に先輩職員のシバさんに声をかけられた。シバさんが指し示していたのは、いわゆる『接ぎ木』というものだった。
「あの……これは?」
「カンファーツリーが弱ってきた時、もしものためにと思って採取しておいた穂木なんだ。これがしっかり根付けば……見た目は変わるかもしれないけど、命は繋がるよ」
命が繋がる? 救えなかったと思っていたアイツの命が……?
「そっか……そうなんですね……っ……よかった……そっか、アイツ生きてるんだ」
シバさんの言葉に、ジワッと視界が滲む。
やべぇ泣きそう、と思って慌てて目元をゴシゴシ擦ると、シバさんが微笑んだ。
「さっきの話、僕はいいと思うよ」
「えっ、聞いてたんですか?」
「うん、先に彼女が僕に許可を取りに来たからね。『ゼンくんをスカウトしていいですか?』って」
そうだったんだ……。するとシバさんがトントンと肩を叩いた。
「さぁ、ゼンくんも前に進もうよ」
前に……。
ずっとやる気なんてなかったのに、気が付けばこの能力を生かせることに喜びを感じている自分がいた。
自信なんてない。ビビりな性格だ。別に頭もよくないし、器用でもなんでもない。
それでも何かの役に立つなら、この能力を役立てたいと思うんだ。
もう俺は小さな達成感を知ってしまったのだから。
「はい!」
□■□■□■□
1年後――
「ママ、あれ見て。変な人がいる。虫みたい」
「こら、指ささないの。見ちゃダメよ」
虫みたい、か。子供の言葉はなかなか手厳しいが、これが今の俺の仕事だ。暑くて制服の上着を脱いだけど、着てないと通報されるかな。
苦笑いしながらそう思いつつ、左耳を塞いで地面に耳を澄ます。
〈おなかすいた〉
よし、ここは大丈夫そうだ。
ミキさんに俺の力を生かしてみないかと言われて疑問ではあったけど、胸の真ん中がほわっと温かくなるのを感じた。必要とされることが嬉しかったのだと思う。
それと同時に今の自分のままでは何もできないということもわかっていた。
そして突き動かされるように試験勉強に取り組んだ俺は、トシのうざったいくらいの遊びの誘いに目もくれず、人生で一番というくらい真面目で真剣だったと思う。
意欲や熱意とはこういうものかとまじまじと実感。そんなふうに胸が熱くなるのは初めてのことで、真っ直ぐやりたいことに向かう幸せを噛みしめて前に進んだ。
そして中級公務員試験に合格した俺は今、L-SAMO気象調査局地殻調査部地震予知チームの一員として、日々調査を……地面を這いつくばって満腹の声を探している。
かっこ悪いけど、すごくやりがいを感じている仕事だ。
「こちらゼン。北西地区犬山町と鳥沢町、問題ありません。鶴木町調査後、引き続き湊西地区に向かいます」
『はいっす、お気をつけて』
少し前に俺が満腹の声を見つけた箇所は、チーム内で情報共有して変化を注視している。俺一人だけの能力ではただ『兆し』を見つけるだけだが、みんなの力を合わせていけば、それは予知となり被害の軽減となり人々の安心へと繋がる。
だから俺のスペスキは、今はちょっとだけ使えるやつだと思ってる。
少し前に植物園に顔を出してカンファーツリーの接ぎ木を見てきたが、1年前は腰より低いくらいの高さだったのに、今は倍以上の俺の身長くらいの高さに成長していて驚いた。声を聞くと、元気に〈おなかすいた〉と言っていた。「大きくなれよ」と声をかけて、枝を突いてきた。
あと何年かしたら、また木の幹をトンッと叩けるくらい大きくなってるといいな。
楽しみだな、と顔がニヤける。
いやいや、しっかり働かないとな、と気を引き締めつつ、左耳を塞いで右耳をすませば、また地面から声が聞こえた。
〈おなかすいた〉
だな。俺もだ。あと一か所調べたら昼飯にするか。今日は何食おうかな……。
鼻歌を歌いながら進む俺の道は、まだまだ続く。
(了)
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