7. 何だこの人(1)
これが本当なら……えっ、どうすればいいんだ?
「なぁ、それなら逃げないとヤバくないか? ゼン、早く逃げようぜ」
いつも明るくてポジティブなトシが焦った顔をしてるのが珍しい。それがまた事態の深刻さを物語っているかのようだ。
「だけど逃げるって、俺たちだけ逃げるのか? ここにいる人たちに何も知らせずに?」
辺りは人や車で満ち溢れてる。この人たちがみんな逃げずに、もしもこのまま地震が来たら……。
考えるだけでも恐ろしい。
「じゃあどうするんだよ。確信もないのに『地震が来るから逃げろ』ってみんなに言うのか? っていうかそれ、いつ来るんだよ。どんな大きさ?」
「それは……俺にもわからない」
自分で言ってて情けない……。あー、本当に俺の能力使えねーな。
試しにもう一度左耳を塞いで地面の声に耳を澄ますと、ウッ……頭痛い。切羽詰まった声がガンガン響く。俺、またわかるだけでこのまま何もできないのかな。カンファーツリー救えなかったみたいに、ただ聞こえるだけで見てることしかできないのかな……。
そう考えて思った。嫌だなって。違うなって。『また何もできなかった』って後悔したくないなって。
しかも木を雷から逃がすことはできなくても、人をこの場所から逃がすことは俺にもできるんじゃないか? 不可能じゃないはずだ。全員じゃなくても、一人でも多く、誰か一人でも……。
「逃げてくれ……」
「ゼン」
「みんな逃げてよ! 頼むよ、たぶん地震が来るんだ。だからここから逃げてくれ!」
そう叫んだところで、みんな不思議そうな顔をして通り過ぎるだけだった。
「頼む、逃げてくれ! 少しでも離れたところに……お願いだから……頼むよ! 逃げてくれ!」
ダメだ……誰も動かない。情けないな、俺。聞こえるだけでまた何にもできない。何の説得力もなくて、俺にできるのはただ叫ぶだけ。いつ来るかもわからないし、はたして本当に地震が来るのかどうかすらわからないのだから……。
「くそっ……どうすればいいんだ」
地面に座り込んで項垂れていると、不意にコツコツと靴音がして人が近づいてきた。そしてその人は俺のすぐそばにしゃがみ込むと、俺の肩にトンッと手を乗せる。
「君、こんなところで何を大声上げてるのよ」
黒っぽいスーツを着た20代後半くらいのかっこいい感じの女性だった。
「たぶん地震が来るんだ。信じられないと思うけど……何でもいいからとにかく逃げて」
地面からヤバい声が聞こえるんだ。一人でもいいから早く逃げてくれ……。
そう思って女性を真っ直ぐ見る。すると女性が俺に向かって掲げたのは警察手帳だった。
「君、ちょっと一緒に行こうか」
えっ……何、俺捕まるの? こんなところで座り込んでるから? 道路ナントカ法違反とか迷惑ナントカカントカ違反とか何か?
「ちょっ、ちょっと待って! 本当にそんな場合じゃないんだって!」
「大丈夫だから一緒に行こう」
ヤバい、これって宥められて体よく署までご同行っていうパターンじゃないのか?
「なぁ、本当なんだって。……いや、はっきりはわかんないんだけど、とにかく逃げないと――」
「わかってる」
「わかってないだろ!」
苛立ちをぶつけると、その女性はフッと笑った。
「わかってる。私もスペスキ持ちだから」
「……え?」
「こんなところで座ってても何も動かせないでしょ? 能力を生かすも殺すも君次第。要は使いようよ」
……何だこの人。
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「あなたの力を貸して?」
そう言われてその女性・ミキさんに連れてこられた場所。
「ミキさん、ここって……」
「L-SAMO本部よ。そこに身分証明書をかざして? スペスキ持ちなら入れるわ」
指定された端末に身分証明書をかざすと、ゲートが開いて中に入れた。
なるほど、トシに「あなたはここに残って」と言って俺だけ連れてこられた理由はこれか……。
そして案内された場所は『気象調査局地殻調査部』という部屋だった。
「マコちゃん、まだよね?」
「はいっす。まだです」
マコちゃんと呼ばれた小柄な眼鏡の女性は、額に手をかざして偽物っぽいかわいらしい敬礼をする。
「じゃあ3日間は平気ね」
何の話をしてるんだ……。
疑問をはっきりと顔に張り付けていると、ミキさんが説明してくれた。
「マコちゃんはね、地震の3日前に予知できる能力持ち。それと、あっちにいるカジさんは震度を予知できる。カジさん、次の大きいのってレベルは?」
「E (*1)」
何だこれ。つまりは3日以上先にレベルEの地震が起きることまではわかってるってことか?
するとミキさんがこちらを向いた。
「それで、君は震源地がわかるのね?」
震源地、か。そう言われると全く自信がない。
「いや……ただあの辺りで腹いっぱいって声が聞こえるだけなんですけど……」
そう言ったらみんな目を点にしてた。
……だよな。
(*1)5弱程度