4. 就職(2)
そして成人した俺たちは就職を決める年でもある。
特殊能力を得た人は大抵がそれを生かした進路を選ぶらしい。しかも能力を生かした職業に就くと能力手当が貰えるため、それを目当てに職に就く人も多いという。とは言っても俺は5級だから、手当もお小遣い程度だ。
一応L-SAMOからは進学の道も進められたが、特にこれと言って学びたいことのない俺は就職を選ぶことにした。
能力に応じてL-SAMOから紹介された職業はいくつもあったのだが……動物の飼育員は噛まれたら痛いからやめておくことにし、自動車整備士は車やバイクマニアの連中が結構怖いイメージだから嫌だし、家電量販店店員はハイテク過ぎて俺の頭が追い付かないからやめて、結局俺が選んだのは――
「よーし、すぐ水をやるからな」
……と独り言を言った自分に大いに後悔した。
やべぇ、カノンちゃんに話しかけてるトシと変わんないな……。
俺は初級公務員試験になんとか合格して、家からバイクで10分の距離にある植物園で働くことになった。
人の命とか大事にしてるものとかが関わることは、失敗したら怖いから避けたい。それに対して植物が相手なら責任とか軽くて良さそうだと思ったのだ。
そして左耳を塞ぐと小さな声がたくさん聞こえてくる。
〈おなかすいた〉
〈おなかがすいたな〉
〈はらいっぱい〉
〈まんぷくだ〉
植物たちの声だ。最初は騒がしさに酔いそうだったが、働き始めて2ヶ月ほど経った今は大分慣れてきて、どれがどれの声だか判断できるようになってきた。
そして空腹の植物には水や肥料をやり、何も言わない植物はそのまま。満腹の植物は病気等要注意という指標になることもわかってきた。
「ゼンくん、ちょっといい? この木、ちょっと元気がないと思うんだ」
植物園の先輩職員・シバさんが示すのは、園の中心にある巨樹・カンファーツリー。開園前からある木で、この植物園のシンボルともなっている。現在の樹齢は300年くらいでまだまだ生きられる木らしいが、確かに葉の色がくすんでいる。
「ちょっと待ってください」
左耳を塞いで木の幹に近づくと、やがて〈おなかいっぱい〉と苦しげで小さな声が聞こえてきた。生きてはいるが元気がない様子。そして食欲もなしか。
「うーん、今あげてる栄養剤はいらないかも」
「そうか……周辺の土がダメなのかな。土の成分とかpHとか調べてみようかな……」
「俺も頻繁に様子見するようにします」
「頼むよ」
こうやって声を聞くことで植物たちの健康を維持して守ってやりたいと、少しだけ意欲の湧いている最近の俺。
「元気にしてやるから頑張れよ」
元気づけるようにトンッとカンファーツリーの幹を叩いた。
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シバさんが土のpHを調べて周辺の土を調整し、それから2週間が経過。〈おなかいっぱい〉という苦しげな声は聞こえなくなったものの、カンファーツリーは黙り込んだままの日が続く。
空腹の声が聞こえるとなお安心なのだが……。何も聞こえないのは特に問題ない証拠でもあるのだが、力尽きて何も聞こえなくなる場合もあるから要注意なのだ。
「おはよう。今日の調子はどうだ?」
木に向かってそう声をかけ、不安を抱えつつ幹に右耳を当てて左耳を塞ぐと――
〈おなかすいた〉
来た! 小さな声だが空腹を訴える声だ。そしてこれは樹木の回復の兆しでもある。
「シバさん、今日はカンファーツリーに活力剤投入しましょう」
「おぉ! そうか、やったな」
「はい」
シバさんとグータッチを交わす。
その日は嬉しくて口笛を吹きながら仕事をした。
……仕事って結構楽しいんだな。