3. 就職(1)
「ゼン、俺の電動バイク、最近ご機嫌が悪いんだけどなんでかな。ちょっと聞いてみてよ」
愛車を彼女のように呼ぶトシに冷ややかな視線を送るのはもう毎度のことだ。
「知るかよ。自分で調べろ」
「冷たいこと言うなよ。な? 頼むって」
俺のスペスキを笑ったわりに、この便利遣い。納得いかない。
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成人式の後、トシには俺のスペスキが何かを話した。『お前のちょっとキモい初恋を俺が知らないとでも思ってんのか! 母ちゃんにバラすぞ!』と脅されて話すしかなかったのだ。
俺のスペスキが何かを知ったトシは、腹を抱えて大いに笑った。そしてひとしきり笑ったあとには、子供みたいに輝いた目を向けた。
「なぁゼン、いろいろ試そうぜ」
「試すって何を?」
「そのスペスキの使い道」
「別にいいよ……。特にないだろ」
「そんなのやってみないとわかんねーじゃん。そうだな、例えば……しゃべれない赤ん坊の腹減り具合を聞いてみるとか?」
コイツ、なんてアホなんだ……。
「赤ん坊連れの親に『腹の音聞かせてください』って言うのかよ。どんなマニアだよ。変質者だろ」
「じゃあ、ゼンの家のディヤーナちゃんに腹減り具合を聞いてみるとか?」
ディヤーナはうちのかわいい愛犬だ。
「トシ、知ってるか? 犬の満腹中枢はすげぇ鈍いんだ。だからどうせ、いつ聞いても腹が減ってるだろうよ。聞く意味なし」
「何だよ、ゼンは文句ばっかりだな。……あ、そうだ! 俺のカノンちゃんの声を聞いてやってよ」
トシはそう言ってすぐ隣に鎮座するカノンちゃんのボディをペチペチと叩く。
「はぁ? そんなことできるわけねーだろ。お前の愛車に腹は無い」
「えー、あるだろ! 充電が減るとさ、『よぉし、今すぐ美味い飯を食いに行こうな』って思わないか?」
……コンセント差してやるとしか思わねぇよ。
「試しに聞いてみてよ」とトシにしつこく言われて、文句タラタラで試しに左耳を塞いでカノンちゃんのバッテリーがあるシート部分に耳を寄せれば――
〈おなかすいたぁ〉
うっわー、ギャルみたいな声聞こえてきた……。嘘だろ!? 物も聞こえんの!?
聞こえた瞬間ゾクッとしたのはなぜだろう。ソワソワする気持ちを抑える自分は何なんだ。
「なぁなぁ、カノンちゃんの声聞こえた? やっぱ無理か?」
キラキラした目でトシにそう問われて、俺は敗北感を抱きながら不満を全面に乗せた顔で答えた。
「き……聞こえた……」
「ほんとか!? すげー、いいな! お前カノンちゃんとしゃべれるの!? 羨ましいぜ!」
……そうだな、いっそ会話できたらよかったよ。
残念ながら、ただ腹減り具合が一方的に聞こえるだけなんだ。
やっぱり使えねーな。
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こうして判明した俺のスペスキの僅かな使い道。
ダメ元でいろいろ試すうちに実はほかにも多少生活には便利なこともあるとわかってきた。
どうやら、聞こうと思えば人のみならず動物や植物、物の声も聞こえてくるらしい。車やバイクでいうと、バッテリーや燃料・タイヤの空気が減っているとわかる。そして機械類のバッテリーの残量も見なくても空腹を訴えてればわかるし、異常に満腹を訴えていれば故障しそうなものと判断できる、といった具合だ。
慣れてくればなかなか面白い……いやいや、結局なくてもいい能力には変わりない。
さて、カノンちゃんのご機嫌斜めはどうしたことか。不満を顔に張り付けつつ左耳を塞いでカノンちゃんのバッテリーあたりに耳を澄ますが、何も聞こえてこない。だから『たぶん』異常はない。
「かかり悪いだけでエンジンはかかるんだろ? だったらたぶんバッテリーの異常ではないと思うぞ」
ただ、この能力の残念なところは、『と思うぞ』としか言えないところだ。
異常がなくても声は聞こえないが、バッテリーが死んでても声が聞こえなくなる。だから状況で判断する部分が大半という使えなさなのだ。
「ほんとか?」
「……疑うんなら最初から聞くなよ」
ごめんごめん、とトシは笑うが、自分でも正直微妙な能力だと思う。ごちゃごちゃ聞こえてきてどれがどれの声だか混乱することもあるし、はっきりどれの声だかわからないおかげで対処できないこともある。だから能力と上手く付き合っていく。そんな感覚だ。
結局プラグの不調が原因だったらしく、そう聞いて密かに胸を撫で下ろした。
異常のある場所が判別できるようなもっと万能な能力だったらよかったのに。
中途半端なんだよ……。




