2. 成人式(2)
「ここに集まった諸君は、この国の未来のために存分にその特殊能力を生かし――」
何が何だかわからないまま特殊能力付与式が始まり、俺は辺りをキョロキョロと見回す。L-SAMOの制服を着た職員が幾人も囲む中、集められたのは15人ほど。
……嘘だろ? 平々凡々な俺が0.1%しかいないスペスキ持ちになるのか? 一体何の能力を貰えるって言うんだ。勉強も運動も中のちょっと下くらいの成績。そんな俺には縁のないものと思っていたのに……。何だよ、まさかのここへ来て華やか街道に転換なのか!? おいおい、この後の人生盤石か!?
並んだ順に一人一人お告げがされていく中、ついに俺の出番が来た。精一杯普通に取り繕うものの、内心ドキドキだ。何の能力を貰えるんだ、と期待に胸を膨らませる。
「さぁ、ここに手をかざして?」
L-SAMOのロゴの入った神官服を着ている男性に、丸い透明な球体に手をかざすように言われてソワソワしながら手をかざすと、体を覆うように柔らかな金色の光が放たれる。そしてその球体にボワッと文字が浮かび上がった。
「君に付加される能力は――……」
神官は言葉を止めると、クッと何かを堪えるように顔を俺から背けた。
……もったいぶらずにさっさと言えよ。わかってる。笑いを堪えてるんだろ? だって俺にもその文字は読めたから。
あぁ、華やか街道なんて一瞬でも期待した俺が間違いだった。そんなキラキラした道を俺なんかが歩けるわけがなかったんだ。
すると一度咳払いした神官が告げる。
「君に付加されるのは……空腹感がわかる能力だね」
いらねー。
付加能力:空腹感がわかる
発動条件:左耳を塞ぐ
能力等級:5級
講堂内にはクスクスと笑いが漏れていた。とんだ赤っ恥だ。
ほかのやつらは『発火する』とか『雷を防ぐ』とか『上空から見下ろせる』とか何かと使えそうでかっこいいのばかりなのに、どうして俺のは空腹感なんだ。もちろん5級で一番下の等級。要するに危険度や社会貢献度が低いスペスキということになる。確かに空腹感がわかったところで危険でも何でもないし、何の社会貢献ができるというのだろう。
「あの、いらないんですけど拒否権は?」
「ないよ。これは君が生まれ持った個性だからね。では授けよう」
「いや、ちょっと待って!」
「君への天からのギフトだ」
「本当にいらないんだって!」
「さぁ受け取って」
「ちょっ……聞けって!」
有無を言わさぬ笑顔を向ける神官にトンッと額の真ん中を人差し指で突かれた瞬間、なぜか心の真ん中のぽっかり空いた穴が埋められるような感覚がした。
……なっ、何だこれ。胸が熱い。空っぽだった意欲が漲るかのようだ。
そして武者震いする左手で突き動かされるように左耳を塞ぐと――
〈お腹空いた〉
〈腹減った〉
〈空腹だな〉
〈お腹いっぱい〉
頭の中がそんな声で溢れる。その時から俺の世界は、左耳を塞ぐと賑やかな声が聞こえるようになった。
……っていうか、満腹感もわかるのかよ。それにしてもこの会場、腹減ってる人多いな……ってそんなのどうでもいい!
何だこれ、いらねー!
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くっそー、一瞬でも意欲漲って損した……。しかもいらねぇ天からのギフトとやらをもらう代わりに左耳がおかしくなったじゃねーか。あーもう、どうしてくれるんだよL-SAMO!
「なぁゼン、何のスペスキだったの?」
付与式が終わり、待っててくれたトシと共に空腹を満たすため飲食店に入る。そんな中、俺は仏頂面でただただ黙り込んだ。
「おい、ゼンってば。聞いてる? お前のスペスキ何なの? ヤバい系? それとも言えない系?」
ある意味ヤバい系。いらなすぎてヤバい。そして言ってもどうせバカにして笑うのだろうから言えない系だ。
メニュー表を見ながら俺がひたすら黙っていても、浮かれたトシの言葉は続く。
「いーな、俺もスペスキほしかったなー。ゼンが羨ましいぜ」
そうかよ、それならくれてやるよ。そうできたらいいのに。
あー、どうせならもっとかっこいいのがよかった。0.1%にしか与えられないスペスキなのに、この敗北感と屈辱感。お告げの後は穴があったら入りたい気分だった。
そんな俺の心中なんて察するわけもないトシは、子供みたいに輝かせた目を俺に向けっぱなしだ。
俺は溜息をついて左耳を密かに塞いだ。
〈お腹空いた、空いたよ、空いた空いた〉
あぁ、聞こえる。トシの腹からただただ騒がしく聞こえる。いらねー……知りたくもねー……。
「で、何のスペスキなんだよ」
「いいからお前はさっさと飯を食え。口も腹もうるさいんだよ」
「えっ?」
何が天からのギフトだ。
これのどこがスペスキだー!