長い眠りから
「うわっ」
目を開けた途端、かなり近くにカイリの顔があった。
「うわっ、って何…。ずっと看病してあげてたのに」
顔を離して文句を垂れる。
「ごめん、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」
誰だってあんなに顔が近かったらそんな反応になるでしょ!もっと怒りそうだから本人には言わないけど。
「なあ、ずっとって俺そんなに寝てたの?」
「まあ一日半くらいかな」
え、そんなに?人生の中で一番長く寝たのではないだろうか。
「その…、ありがと。お父さんを助けてくれて」
そう言い残してカイリは部屋を出ていった。
そうか、生きていたのか。正直あの死体たちの中にいたのではと冷や冷やしていた。そうは思いたくなかったけど。
扉が開く音がして師匠が入ってくる。
「おはよー、もう夕方だけど」
「おはようございます」
師匠がニコニコしている。何かいいことでもあったのだろうか。
「この町の人がさ、解決してくれたお礼に、ってご飯食べさせてくれてさ。特に魚料理が絶品だったなあ。やっぱ港町なだけあるよね」
頭の中ご飯のことだけなのか?心配する気持ちとかないのかこの人は。
「そんなことより、結局海で何が起きていたんでしょうか?」
「襲われた船が近くにないか探し終えた後にさ、せっかくだから魚を釣ろうって…」
「料理の話をしろなんて言ってねえよ!?あの魔族が全ての船を襲ったのかとかそういうことを聞いてるんだよ!ご飯の話から離れろ!」
「ごめん。嬉しくてつい…。今回襲われた船は全部あのゼルフィードが一匹でやったみたい」
近くにあった椅子に師匠が座る。
「港町の人に顔を見てもらったところ、あの死体は一週間近く前の嵐以降帰ってこなかった人だった」
つまり、その嵐で死体が手に入り、船を襲うようになったのだろうか。
「死体たちはもう動かなくなったんですね?」
「ああ、シックがゼルフィードを殺してすぐに」
やはりゼルフィードが死体を操っていたということか。あのゼルフィードは船に乗った人間を眠らせて死体で殺していたのだろう。
それなら大量の船が帰ってこなくなったのも頷ける。
だとすれば分からないのは…。
「カイリの父親たちはどうして救難信号を送ることができたんですか?」
「本人から聞いた話だと…」
漁をするために船で移動していた最中、突然意識を失った。
気づくと船に乗っていた全員が倉庫にロープで縛られていた。
何が起きているのか分からなかったものの、別の部屋へ移動し、救難信号を送った。
しかし、ゼルフィードに見つかり再び眠らされてしまった。
まとめるとこんな感じだった。
「なぜ殺されずに済んだのでしょうか?」
「一部の人間は研究材料として使おうとしてたとか?リアムも似たように生きたままさらってたんでしょ?」
あり得る。
「本当に謎なのは魔力からしてCランク程度なのにあんな数を操れるなんてね」
え!?俺めっちゃ強くなったのかと思ってたのに、あれでCランクなのかよ…。
「あの能力だけはAランクに匹敵していたよ」
「もしかしてすごい魔道具を持っていたとか?」
「だとしたらそんな魔道具をどこで手に入れたのかますます疑問だよ。あの魔力で死体を何度も再生するほどのものなんて」
エカルシア迷宮の下層でも手に入るか怪しい。あれを作れる者もいないだろう。それほど人智を超えたものだ。
「そういえば魔力の制御できてたよね?」
やはりあの足の痺れは魔力の感覚だったみたいだ。
「海の上を走るなんて私でもできないからね。すごいじゃん!」
自分自身でも信じられなかった。修行の成果ということなのだろう。
いつも師匠にボコボコにされるし、アクレットから水は出せないしで辛かった。だけどこうして気づかないうちに成長していることが素直に嬉しい。
「結局アクアリアへは行けそうなんですか?」
「行方不明になってた船のほとんどが見つかったし、原因となっていたゼルフィードが死んだから後は安全が確認されれば行けると思うよ」
俺もすぐに旅ができるほどには体調が回復している訳じゃないし丁度いいかもしれないな。
「シックは体調が戻るまで安静にしてて。その代わりにさ、外食はいいよね?この家のキッチンを借りるのも悪いしさ?」
また飯の話か!というかそれが話したくて最初に飯の話してたのか…?
扉が開いてコンスさんが入ってきた。
「それならワシの娘が作るから、気にせんでいい。ワシと家族を助けてくれたお礼としてはちと少ないかもしれんが」
「ありがとうございます!お願いします!」
師匠が何か言う前に先にお願いした。
師匠が少し残念そうな顔をしている。外食を堪能する絶好のチャンスだと思っていたのだろう。
船に乗る金が無くなるっての!
まあ勝手に財布から金を取って外食するより、ちゃんと聞いてくれたのはいいけど…。
一週間くらいして船が通常通り運行されることが決まり、俺の体も元通りとなったので出発することとなった。
むしろ早く出ていってあげないとコンスさんたちの家計を圧迫してしまう。
最初は沢山食べる師匠にコンスさんの娘さんが喜んでいたが、師匠がおかわりする度に『え?まだ食べるの?』と若干引いていた。
それが理由なのかは分からないが、出ていくときに寂しそうだったカイリ以外はものすごい笑顔で送り出してくれた。早く出ていってくれないかななんて思っていなかったと信じたい。
港に着くと師匠の顔を見るなり、お礼と共に代金はいらないと言われてタダで乗せてくれることになった。
それが目的ではなかったとはいえ、助けて良かったと切実に思う。帰りの船代を稼ぐ必要なくなった訳だし。
船の旅は数日程度のはずだったが、ほとんどやることがないし景色も変わらないし、ずっと暇ですごく長く感じた。
他の乗客や師匠も目が死んでいたから俺だけじゃなかったようだった。
上陸したときずっと船に乗っていたせいで地面が揺れているような錯覚があった。
師匠に案内されるままアクアリアの町を歩き、町の外れの小さな家にたどり着いた。
魔道具師なら店を構えているのが普通だ。そうした看板は見つからずただの民家といった印象を受ける。
師匠がその家の扉をノックする。
「どうぞ」
中から男性とも女性とも思えるような声が聞こえ、中に入っていった。
このすぐ後の話のことを考えたいのにもっと先の話の内容ばかり思いつくんですが。