ゼルフィード
「海の下には船を襲えそうな生物の魔力は感じないな。ただ船の中に結構な数いる感じがする」
船に近づく前に師匠に魔力を見てもらっていた。
便利そうだな。俺もできるようになるのだろうか。
「どれくらいいるんですか?」
「50くらい。ただ人間っぽい魔力なんだよね」
「あの船にはそんな数は乗っていなかったはずじゃ。海賊に襲われているいたりせんか?」
「海賊ならもう一隻船があるはずでは?」
「そうなんだけど近くにはなさそうだね」
船の沈みかけた海賊が船を奪ったのか?それともゼルフィードの魔力が人間のものに似ているのだろうか。
「あれなら勝てそうだね。このまま乗り込もう」
船に乗っている三人で作っておいたコルクの耳栓をはめる。耳栓では完全に防ぐことはできないが、音が小さければ体内の魔力に干渉する力も弱まるらしい。
コンスさんがロープの端に石をつけたものを頭上で円を描くように振り回す。振り回していた手を放し、石が船のマストへ飛んでいき絡みつく。
ロープがしっかり固定されていることを確認すると師匠から先に船に乗り込んだ。
安全を確認した師匠に続いて船に乗り込んだ。
船の上は木箱や樽があるだけで師匠以外に人の姿は見当たらなかった。
師匠が階段の方をじっと見つめている。師匠に近づくとその階段の下に髪が見えた。人がいるようだ。
だが安心する訳にもいかない。海賊という可能性もある。
気づかれないように二人で進んでいくと、その人が振り返った。
顔は灰色になり、表情は抜け落ちていた。
し、死んでる。でも動いた…。
そのまま階段を駆け上がってきたが、すぐに師匠が首に触れて破裂させた。頭は少し高く飛んでその場に落ち、力の抜けた体が階段から落ちていった。
死体に寄生する魔物は知っているがここまで動くものは見たことない。死体の見た目をした魔物なのかもしれない。
ぞろぞろと皮膚が灰色になった者が集まってくる。
襲い掛かってきたところを躱して、反撃しようとするが手が止まってしまう。前は人間だったかもしれないが少なくとも今はもう人間ではない。
分かってはいるんだ。でも…。
動けなくなっていた俺を助けるように師匠は敵を瞬殺していった。
俺はただただそれを見ているだけだった。動けない自分を情けないと思う一方で、ホッとしている自分もいた。
やがて師匠が全ての敵を倒し終えた。
師匠の周りには頭と体が大量に転がっていた。
この光景から目を逸らそうとコンスさんの方に目をやると船にしがみついているのが見えた。
体に触手が絡みついている。
安全のために船を調べる間、遠くにいてもらっていたがそれが裏目に出たか。
やばい。今すぐ助けに行かないと。
師匠に報告しようとしたが、さっき倒されたはずの敵が立ち上がり、師匠に襲い掛かっていた。
即座に首を切断するがすぐに首が繋がり、再び立ち向かっていき、手が離せない状況に陥っていた。
な、何が起きてる?いやそれより…。
コンスさんの手が船から離れてしまう。
考えるよりも先に足が動いていた。背負っていたリュックを放って駆け出し、そのまま海に向かっていく。
体を浮遊感が包む。
意味はないと分かりつつも足をばたつかせる。
馬鹿だ…。泳いで間に合う距離じゃないのに。考えなしに動いてしまった。
そのまま海に落ちるかと思いきや、足が海を蹴った。その勢いでまた一歩また一歩と蹴り続ける。
なんだこれ!海の上を走ってる!
そのままコンスさんの方に向かう。
これなら間に合うかもしれない!
かなり離れていたように感じたが一瞬でたどり着いた。
逆さまに海に沈んでいくコンスさんめがけて手を伸ばす。
もっと速く、もっともっと!
足に力を入れる。
コンスさんに手が届く程に接近し、指の先まで伸ばす。
届け、届け届け!
コンスさんの体はほとんど沈んでしまい、足だけが見えている。
その足に手が触れる。その瞬間に手を握り足を掴む。そのまま走って足を引っ張る。
途中で壁にぶつかったかのようにまったく動けなくなる。
凄まじい力だ。びくともしない。
それでも足を動かす。さらに力を入れる。足が痺れるような感覚がする。
突然糸が切れたように引きずり込むような力がなくなり、勢いよく前の方に進んでいく。その勢いを利用して船に飛び乗る。
「コンス、さん、大丈夫、です、か、はあ、はあ」
息切れが止まらない。
親指を立てて苦笑いしていた。
床に手をついて咳き込んではいるものの無事のようだ。
良かった。ああ良かった。
触手が海から伸びてきて俺たちに絡みつこうとしてくる。
しかし武器は置いてきたリュックの中だ。素手でどうにかなる相手ではないだろう。どうしたものか。
船の方で光がちらつく。よく見ると俺の短剣がこちらに向かって飛んできている。
な!?そうか、師匠が気づいて投げてくれたのか!
剣はそのまま船の床に突き刺さった。すぐに引き抜き、構える。
近づいてきた触手を断ち切ろうとするが、表面に傷をつける程度で切断するには至らない。その傷も時間が経つとふさがり元に戻ってしまった。
このままじゃ触手に捕まるのも時間の問題だ。敵の位置が分かれば、直接攻撃できるのに…。
水面を覗こうとすれば触手に絡めとられて海中に引きずり込まれてしまうだろう。
ん…? あ、そうか!
攻撃していた手を止める。触手が腹に巻き付き、船の外へ引っ張られるが抵抗しない。
俺の様子に驚いたコンスさんが触手を掴もうとするが、親指を立てて大丈夫だとアピールする。
それを見たコンスさんは動くのを止め、俺は船から落ちていった。
海の中で目を凝らしたものの敵の姿までは見えない。触手の伸びている方向から下の方にいるのは分かるがどれほど深くにいるのかまでは分からない。
やはり下へ下へと触手が俺を沈めようとしてくる。
足に力を入れて全力で上に上がろうとする。海の上を走ったときのような痺れる感覚が足に戻ってくる。
突然逃げようとした俺を離すまいと触手の力が増していく。
それに負けじとさらに足に力を込める。
他の触手も俺の腕や足に絡みついてさらに下に引っ張られる。
体が千切れそうなほどの痛みが全身を襲う。
よし、今だ!
動かしていた足を止めると、触手が俺を下に引く。
頭を下にするように体の向きをすぐさま変え、再び足を動かす。
触手の力を利用し、一気に敵の元へ向かう。
体が水圧で押しつぶされるような感覚がするが勢いを止めない。
見えた!
青い肌、針のような歯、そして腕や足の代わりに触手が生えている魔族がそこにいた。
師匠から聞いていた特徴と一致する。ゼルフィードだ。
俺を見た途端、すぐさま背中を向けた。
逃がすもんかああああ!
足に全力を込めて魔族へ迫る。剣を魔族の背中に突き刺す。
しかしゼルフィードも触手を俺の首へ巻きつけ、絞め殺そうとしてくる。
ヤバい、力が抜けて意識が朦朧とする…。このままじゃ殺せない…。
「考えるんだ。何をしないといけないのか。そのために何が必要なのか。そして自分には何ができるのか」
師匠の攻撃を受けて弾き飛ぶ。
地面に倒れた体を起こし、立ち上がる。
何度も同じ目に合ったせいで体中が痛い…。
「何をしないといけないのか、か」
俺は…。
頭に衝撃が走る。
「痛ってえええええ」
頭を押さえてうずくまる。
「何するんですか!言われた通りに考えてたところだったのに!」
「動きが止まってたよ。考えながら動かないと」
頭がまだジンジンするが、すぐに剣を構える。
言えば分かるのに、なんで言わないんだよ!
いつの間にか師匠との修行を思い出していた。
そうだ。考えないと。
今あの魔族を殺さないといけない。
ただそのためには貫く力が足りない。
俺にできるのは逃げること。つまり走るために必要な足の力だ。でもこれが限界だ。これ以上力を入れても進まない。
逃げるイメージで泳げばいいのか?だめだ。変わらない。逃げるのはいつも地面の上だったし、イメージしづらいのかもしれない。
ここが地面だったら…。そうか、そのイメージだ!
目をつぶって陸の上に立っているところを想像する。そして背後から迷宮の主が忍び寄る。俺を嚙み砕こうとする瞬間、勢いよく駆け出す。
死にたくない、というあのときの恐怖が蘇る。震えが全身を駆け巡る。
気づいたときには海の水を蹴っていた。水が俺を押し返そうとするのをもろともせず突き進む。
水を蹴って蹴って蹴りまくる。まるで水中を走るかのように。
貫けえええええ!
短剣が魔族を貫き、胸から刃が飛び出した。
刃の周りから魔力の光が溢れ出し、魔族が動きを止めた。
遂に勝った!魔族を倒し…。
途端に目の前が真っ暗になって意識が途絶えた。
話のストックが尽きてしまいました。マジで焦ってます。投稿ペースは崩れないようになんとか頑張ります。