港町ラーナク
ラーナクに着くまでの間、師匠が倒した魔物の素材を売ったり、俺が料理をして節約したりなどで船に乗るには十分な金額が貯まっていた。
「申し訳ございません。現在船が一隻もなく、陸路で向かってください」
「ここは港でしょ?船がないってことある?」
「それがこの港を出た船が戻ってこないんです。定期的に訪れていた船も現れない状況で私たちも何が何だか…」
船が嵐か魔物にでも襲われてしまったのだろうか。
「諦めてシュレイド帝国を経由して進みますかね?」
「いや、困っている人を放っておけないよ」
「そうは言っても船がないんじゃ…」
そりゃ助けられそうなら何とかしてあげたいけど…。
「やめろ、離せよ!行くったら行くんだ!」
「お前が行ったところで何ができるんじゃ!しかもそんな小舟で!」
海の方で少年と男のやりとりが聞こえた。
師匠が声のする方へ向かったので、その後を追った。
そこにはオールのついた小舟に乗り込もうとしている少年とその腕を掴んだじいさんがいた。
こんな舟で子供が海に出ようというのだろうか、いくらなんでも無謀すぎる。
「少年、なぜ海に出たいんだ?」
師匠が質問を投げかける。
「オレの父ちゃんが昨日漁に出た後帰ってきてないんだ!だから探しに…」
「その原因が魔物だったらどうするつもりなんじゃ!死んじまうぞ」
じいさんが少年を怒鳴りつける。
「父ちゃんが助けを求めてるかもしれないんだ!だから離してくれよ、じいちゃん」
少年の気持ちも分かるが、じいさんの方が正しい。
「ここ最近の出来事を教えてくれないか?私たちならなんとかできるかもしれない」
師匠が二人に冒険者会員証を見せた。
「「Sランク!?」」
二人が住んでいる家に案内された。
「早速だが、何があったか教えてもらえます?」
「昨日港を出た船が一つ残らず帰って来なかったじゃ。捜索しに行った船もじゃ」
コンスと名乗ったじいさんが答えた。
捜索も一応していたのか。
「天候が悪かったとか?」
「一週間前くらいは酷い嵐があったけど、昨日の波はそんなに高くなかったし、晴れてたよ」
「魔物にやられたとか?」
「この辺りの魔物は船に近寄ることはほとんどないし、あっても全ての船がやられるとも思えん」
「船が一つもないって言われたけど本当にないんですか?」
「あるにはあるが乗客を乗せるような船はないってことじゃよ」
そういう意味だったのか。仮に船があってもこの状況で下手に海に出るのは危険だな。
普段は来ないような魔物の群れが偶然来てしまったとかだろうか。
他に考えられるのは魔族か、海賊だろう。
「お願い、父ちゃんを探すのを手伝って!」
「いいよ」
師匠はすぐさま引き受けた。
今更陸路で進むとなるとかなり引き返さないといけない。俺も異論はない。
「とはいえ情報が足りないね。無策で行けば同じ道を辿ることになる。他に何か情報は?」
「実は息子の乗った船から港に救難信号が送られて来ているんじゃ」
「では息子さんたちはまだ生きているかも」
「それが、救難信号が出たのが今朝だったんじゃ。昨日の昼には帰ってくるはずだった船が、じゃよ」
確かに変だ。救難信号を送ることはできる状況でそんな遅くなったのだろうか。
「師匠は何か分かりましたか?」
「そうだね、魔物に襲われたならすぐに、遭難しただけなら夕方までには救難信号を出しているはずだ。だからこれらは違うと考えられるね」
「海賊とかは?」
「海賊も魔物と同じだろう。海賊の船に気づかないなんてことはないだろう。まあそんなことができるスキルがあったとすれば説明はつくが」
なるほど。海賊たちが船員たちに気づかれないように殲滅したなら…。
「その場合、救難信号を送れる状況に海賊がしておくでしょうか?」
船員を捕まえておくなり、救難信号を送る魔道具を壊しておくなりできたのではないだろうか。
「まあなんとか隙を見て救難信号を送ったとかならありえるよ」
運が良ければできないこともないか。海賊が全て賢いとも限らないし。
「後は救難信号を送る魔道具の破損をようやく修理できたとか?」
「そもそも普通に帰ってこれない状況にならないと救難信号なんて送る必要もないんだからそこよりも帰ってこれない理由を特定しないと」
「あ、そうですね」
「他に思い当たるのは魔族だね」
「この辺には魔族は住んでないよ」
それまで黙っていた少年カイリが反論する。
基本的に魔族は住んでいる周辺の地域を襲う。単独行動するものもいるがそれは稀である。魔王が討伐されて以来、魔族は人間を恐れて特定の地域にまとまっているらしい。魔族と一度も会わずに死ぬ人間も珍しくないだろう。
「もしかしてリアムが関係しているんですか?」
「それもあり得るけど、ゼルフィードが怪しいんじゃないかなと思って」
「ゼルフィード?」
「歌で人間を眠らせて、海に引きずり込む魔族なんだ」
それなら眠らされた船員が偶然生き残ったものの、船の操縦方法を知らず救難信号を送ったとすれば辻褄は合うか。
「たたの仮説の一つだけどね。その魔族は結構離れたところに住んでいるはずだから」
「では今出た仮説を元に対策を立てましょうか」
「オレも連れてってくれよ!」
対策を考え終え、家を出ようとした俺たちにカイリが懇願した。
「君には何ができる?」
師匠が問いかける。
「オレは…。そうだ、天気が分かるんだ。もし天候が悪くなるならそれを教えるから!」
置いていかれたくない一心で師匠の服の裾を掴む。
「ワシがいればそんなもんいらん!お前はここで待っているんじゃ」
「でも…」
「君がすべきことはなんだ?君自身が父親を助けないといけないのか?もし君が助けに行けば足でまといになるのは君もよく分かっているだろう?」
「それは…」
「私たちが君のお父さんを全力で助けに行く。君がここで待っていてくれれば助けることに集中できる。だから信じて待っていてほしい」
「分かった。絶対父ちゃんを助けて!」
俺たちはカイリを残して家を出た。
コンスさんのツテで小さい船を貸してもらい、救難信号を発する船へ向かった。
「見えてきたね」
目を凝らすと目的の船が水平線の上にポツンと見えた。