襲われたシエルト村
毎週日曜日に投稿します。
今週は2話続けて投稿しましたが、来週からは1話ずつの予定です。
「夢じゃなかったか」
すぐ傍には実家の屋根があった。日は出てからそれほど時間が経っていないのか遠くの山から少しだけ顔を出していた。
この辺は魔物も出るには出るがそんなに多くはないし、今の俺でも余裕で倒せるほどだ。強い魔物が出ることも信じられないぐらいなのに、まさか魔族が。
でも、なんで魔族だと分かったのだろうか?廃墟と化したこの村を見ただけでは分からないだろうし。たまたま遠くに目撃者がいたのか、それとも話に尾ひれがついただけなのか。
「動くな」
声が聞こえた途端横になっていた俺の首筋に冷たい金属が当てられていることに気づいた。
盗賊か!?油断していた。村に誰もいないと聞けば金になりそうなものを見つけに来るに決まっているだろう。俺の背中側に立っており、姿は見えないがここにいるのは一人だけだろうか。
「相手に気づかれない内に殺した方が良かったんじゃないですかね?」
声を発した瞬間、俺は駆け出した。逃亡スキルのおかげで相手には瞬間移動でもしたかのように映っただろう。
俺は人数を確認するために走りながら男の方を見た。
「え!?兄ちゃん!?」
盗賊かと思った男は兄だった。
「良かった。死んだのかと思ってた」
「おい、それはこっちのセリフだ。村を出たっきり帰ってこないし。それになんであんなとこで寝てたんだ?変態かと思ったぞ」
「変態じゃねえし!だって他の人の家に入るのは不法侵入だろ。ってそれどころじゃない。一体何があったんだよ。皆は今どこにいるんだ?」
俺に会えた嬉しさが隠し切れないのか、テンションの高かった兄が急に真剣な表情になった。
「そうだな、分かりやすいように一から話すぞ」
シックが村を離れてからも変わらない平穏な日々を送っていた。
そんな日常が失われたのはつい一か月前のことだった。
その日僕は当番だったから朝早く起きて朝ご飯を作っていた。するとガラスが割れる音と悲鳴が聞こえた。
あの声は母さん?盗賊が入ってきたのか!?
手に持っていた包丁を持って急いで声のした方向に向かうと蔓にグルグル巻きにされた母さんがいた。
何だこの蔦は!?魔物か?
苦しそうな母さんを見て助けないとと思い、包丁で蔓を切ろうとしたが、傷すらつかなかった。さっきの音を聞いて目を覚ましたのか、家族の皆が集まってきた。
妹のレイスやシルフィアはその光景に震えていたけど、母さんへの心配が勝って蔦に掴んで必死になっていた。
もちろん父さんや弟のライも協力して外そうとしたが、全く千切れる気配はなかった。むしろ食いしばりすぎて歯が痛くなるほどだった。
そうこうしているうちに割れた窓から空気を切るような音をたてて蔓が入ってきた。蔦を外すことに夢中で反応が遅れた。足に絡まったと思ったらすぐに手や腕までも捕らえられてしまった。すぐに力を振り絞って中から破ろうとしたが、無駄だった。
そして蔦が動き出して僕たちを外へ引きずり出そうとして窓枠に引っ掛かった。それでもさらに引っ張ったせいで、耳が割れるような音を立てて壁が崩れてしまった。土埃が舞って、皆咳をしていた。幸い、蔦に巻かれていたおかげで怪我はなかった。
蔦の隙間から外でも村中の皆が同じように蔦に捕らわれているのが見えた。中央広場の方へ地面に引きずられながら連れて行かれた。広場に着くと一人の花の宝石に身を包まれた女の魔族が立っていた。その魔族から延びた蔦は僕たちに絡みついた蔦と繋がっていた。
「何が目的だ!」
「言ったら大人しく従うわけでもないんでしょ?まあ今は殺すつもりはないから」
僕を茶化すように答えた。
蔦を使って首を絞めてしまえば僕たちを殺すのなんて簡単だろう。でもそうしていない。言っていることに間違いはないのかもしれない。だが、『今は』ならいつか殺すつもりだと言っているようなものだ。この状況をなんとかしないといけない。
もしこの魔族が植物を操るスキルを使っているなら、僕の植物に弱体化を付与するスキルを使えばなんとかなるかもしれない。ただ、恐らく少し緩めてなんとか僕だけが捕縛から逃れられるのが精一杯だ。このスキルは僕から離れてしまうと効果は薄くなる.他の蔦までは届かない.それに一度それを見せてしまえば、僕の存在を危険視されて何もできなくなるだろう。攻撃なんてもっての外だ。手に持っている包丁なんかではかすり傷も与えられないくらい魔族は強い。この辺にいる魔物ですら包丁なんか意味がない。
隙を作り出して、領主様にこの状況を伝えて兵士たちに何とかしてもらう他ない。
父さんを見つめる。口パクで僕を逃がすようアピールするが、父さんは不思議そうな顔をしている。
だめか。話すわけにもいかない。どうする?
「すいません、漏れそうです。これ一回外してもらえませんか?」
ライが焦った声で魔族に話しかけた。
そんなこと言って殺されたらシャレにならないだろ!
「は?そんなこと言って逃げるつもり?」
「あ」
ライを覆っていた蔦から水滴が垂れ始めた。
「本当に漏らすなんて!」
なんて奴だ。抜けているとは常日頃思っていたが、ここまでとは…。
「お前だけは殺してあげる」
ライに気を取られている今やるしかない!
スキルを使い、蔓に弱体化をかける。
やっぱり植物だったようだ。さっきと違って簡単に千切れた。
起き上がって家へ駆け出した。すぐに気づいた魔族が僕に向かって蔦を飛ばしてくる音が後ろから聞こえた。
しかし僕に近づいた瞬間弱体化して、僕には届かない。
「逃がさない!」
遠くから怒りのこもった声が聞こえた。
家で飼っていたラバから柵へ延びるロープを解いた。
ラバに急いで乗ると驚いたのか少し暴れた。手綱を引くとすぐに走ってくれた。
村の外へ駆け出す。
なんとか逃げられるかもしれない。手綱を持つ手に力が入る。
太陽が雲に隠れたように少し周りが暗くなった。だが、違った。
視界の先に宙に浮いた大きな何かが見える、と思ったときには僕は地面に叩きつけられた。
空気を震わすような轟音が響く。
体の上から大きな力が加わって全く動けない。目の前も見えない。一体何が起きている?
「流石に家の下敷きになれば逃げれないわよね?」
僕の頭上近くから魔族の声がする。
上からかかっていた力がなくなったと思えば、目の前が明るくなり、自分が地面を見ていたのが分かった。
体に蔦が巻き付き、持ち上げられ、体を起こされる。
あの魔族と目が合った。顔からは感情というものが感じられない。まるで僕を物としか思っていないようだ。
「あら、これはダメね。殺すなって言われてたけど、逃げようとした奴は仕方ないわよね?」
動かない僕に興味を失い、広場に戻っていった。
蔓が解けて、地面に落ちる。
「これ以上殺すのもマズいわね。さっさと戻らないと」
痛みは感じず、ただただ眠い。まぶたがこんなに重いと思ったことは一度もなかった。
何もできなかった…。死ぬ前にシックの顔見たかったな…。
「危ないところだったね。私が来てなかったら死んでたよ、間違いなく」
20代後半といったところの女性が僕を見下ろしていた。
蔦
誤字があれば遠慮せず教えてください。