私の鳥籠
魔物の討伐を終えて、首都まで戻ってきた。
「ねえ、カミラ。私たちと冒険してみる気はない?」
「えっ…」
今まで軍に入る以外の選択肢なんて考えたこともなかった。周りにいた人は皆、公務員となって帝国に尽くす、一族のために生きる、それが常識だった。
この旅で冒険者だけじゃない、農民や商人、様々な人と会った。この世界には色んな価値観があることを知った。
それはとても新鮮で驚くことばかりだった。羨ましいと思うことさえあった。縛られていないそんな自由さが。
だが自由であることは同時に不安定を意味する。それだけではない。自分がこれまで積み上げてきたもの全てを無意味だったと認めることになる。そんな気がする。学校で良い成績を取るため、遊ぶことは許されずただただ努力し続けた。入隊後もスキルを向上させるべく、何度も自分の体にナイフを突き刺して治した。どんな危険な戦争だろうが命令とあらば必ず従い、生き延びてきた。
あの日々が全て無駄なことだった。そんな風に考えるのは無理だ。
それだけではない。父を裏切ることにもなる。私をここまで育ててくれた父を。父は厳しいながらも私をここまで導いてくれた。自分のわがままで父の顔に泥を塗るなんてできるはずもない。
「ありがたい話ですが、私は軍人として生きると決めたので」
「そーいうことなら、しゃーねえ」
「報告は以上です」
カティアに補足してもらいながら上官へ報告を終えた。
「そうか、ご苦労。カミラ、次の任務は明日告げる。今日は休め」
「了解」
何か物足りない。確かに私は彼女らに同行しただけだった。それだけだがいつもと違った環境で大変だった。もっと労いの言葉があっても…。
以前なら何も思わなかった些細なことが気になる。
「ねえ、今日の夕飯どこかで一緒に食べない?討伐祝いとして」
「あのとき私は何もしてないですが…」
「いいってそーいうの。皆でとーばつしたんだからさ。な、一緒に食べよーぜ」
「はい」
「店決めは任せて」
「フッフッフ、読み通り!メルグ様のこの鼻と目があれば外れることなどないのだー!ってカティア寝るな!」
「少しくらい良いでしょう?まったく、ご飯のこととなるとうるさいんだからぁ」
「ま、そのおかげで、こうしてうめー飯食えてんだ」
この騒がしさもまた心地いい。こっちまで楽しくなってくる。こんな人たちとずっと冒険ができたら幸せだろう。
「カミラ君、遠慮せず食べたまえ!君に師匠として食の素晴らしさを叩き込んでやるからな!」
メルグのテンションが異常に高い。旅をしていたときは店で食べることはなかった。
「…分かりました。師匠、お願いします」
私も乗っかることにした。
「私たちは明日の朝には首都を離れるの。もう会えるのは最後かな」
「そうですか…」
「カティア、そんなことゆーなって。きっとまた会えるだろーさ」
「また…あ…く…し…て…る(また会ったら食の素晴らしさを教えてやる)」
「はい。お願いします」
「じゃあ、またね」
「また会おーぜ」
「またね」
「はい、また会いましょう」
冒険者たちに背を向けて歩き出した。
…旅の思い出が次々と溢れて止まらない。
色んな人たちを助けた。あの三人は困っている人がいれば必ず助けた。それが当たり前なんだという顔をして。最初は渋々だったが、私も一緒に手伝った。そのとき言われた本心からのお礼は今までにない喜びで私を包み込んだ。
いつも筋トレばかりしていたキロー。体格ががっしりして怖がる人も多かったけど、いつも誰かのことを気にかけてあげていた。
食べてばかりのメルグ。最初は私に冷たい態度だったけど、いつの間にか優しくなっていて、自分で買ってきたものを分けてくれることもあった。話していることも段々分かるようになった。
気づくとよく眠っているカティア。目の前の困っている人は絶対見捨てない。初対面のときからずっと優しく接してくれた。近くにいるとすごく安心できる人。
こんな人たちと冒険者になる道を捨ててまで私はなんのために軍人を続けるのだろう?
父はいくら功績を挙げても何も思わない。父を喜ばせたいといくら頑張っても変わらない。エレイン家なら当然と、ただそれだけ。
医療部隊だって代わりはいくらでもいる。逆にそうでなければ私が死んだときに困ってしまう。
私の軍人としての存在意義はない。
でもカティアたちは私を必要としてくれた。
今までの努力?もうどうでもいい。それは私を捕らえておくだけの鳥籠でしかない。
私はいつまで過去に囚われ未来を見ないつもりなの?
自分に素直になろう。自分の本心から逃げるのはもう終わり。
後ろを振り返り、カティアたちに追いつく。
私に気づいた三人が振り向く。
「やっぱり私を連れてって下さい!」
翌日、上官に辞表を出し、冒険者になった。