冒険者にはなれない
ノクシャラの体が空から降ってきた。
木に引っかかった後、木を撫でるようにゆっくりと地面に滑り落ちた。
ドルクは師匠が言っていたようにかなり強かった。正確な射撃能力だけじゃない。木を登るのも速かった。近接戦闘も俺を上回る実力だと思う。
それに比べて俺は逃げることしかできなかった。冒険者でもないやつとの圧倒的な差を見せつけられて悔しい…。
あの4人組の冒険者がノクシャラが倒されたことに気づいてこちらにやってきた。
「代わりに倒してくれてありがとね。半分は持ってていいわよ」
地面に倒れているノクシャラへと歩いていく。
何なんだこいつら?他人を巻き込んでおいて。図々しい。
「おめえら迷惑しかかけてねえじゃねえか。少しも貰う権利ねえだろ!」
「はあ!?ここに来るまでずっと攻撃してたのは私たちだから。そのおかげで倒せたようなもんでしょ」
女冒険者がナイフを取り出し、ノクシャラの皮膚に突き立てようとする。
「待って!」
師匠が止めるが、話を聞かずに女冒険者は表面を裂いた。
その瞬間、裂け口から液体が勢いよく飛び出し、池をひっくり返したような凄まじい量の液体が4人を襲う。
一言も発する余裕もなく吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられ気を失った。
自業自得すぎる…。
「あ、卵だ。ノクシャラは卵を取り出すのが一番面倒って聞いてたから代わりにやってくれて良かったかもね」
拳大の水に見える卵が地面に転がっていた。
村へ戻ると守ってくれたお礼にとご飯を食べることとなった。
師匠が断るはずもなく、大喜びでそれを受け入れた。
村人たちはノクシャラを食材として使った料理を振る舞ってくれた。
ぷるぷるしてて不思議な食感だったが、結構美味しかった。
「なあ、なんで冒険者にならないんだ?」
ご飯を食べ終えた俺はドルクの隣に座って話しかけた。
冒険者にならない理由が気になっていた。
これほどの強さになるまで鍛錬を積んだのだ。それを投げ打ってこの村に残り続けるのはなぜなのか。
「そんなんどうだっていいだろ。前にも言ったじゃねえか」
「本心じゃないだろ」
「なんでだよ」
「一緒に戦ったとき、生き生きしてたから。本当はそういうのに憧れてたってことでしょ?」
「んなわけねえだろ」
「それに、仲間になってほしいと思った。俺は強い冒険者を求めてる。必要なんだ、家族を助けるのに」
「…そうか。ならちゃんとした理由を話す」
ドルクが食事の手を止める。
「エマネと離れたくない」
「はあ!?」
大好きな妹と離れるのが嫌なだけ?本気で言ってる?
「勘違いすんな。別に寂しいとかじゃねえ。今日みてえに近くで守れるようにしてえだけだ」
「お兄、それが理由だったの…?」
「エマネ!聞いてやがったのか」
「だったらウチ、エレインさんたちについてく!」
「俺はエマネを守りてえだけだ。わざわざ危険なところに連れてく気はねえぞ」
「冒険者はいつ死んでもおかしくないんだ。軽い気持ちでなるものじゃない」
流石に俺も忠告する。何度死ぬかと思ったことか。覚悟がないならきっと後悔する。
「軽い気持ちじゃない!確かに死ぬのは怖いよ。でも、お兄のためなら死んでもいい。お兄はいつもウチのことを考えてくれた。お父さんとお母さんが死んでからも。自分だって辛いはずなのに、そんなの一切見せないで安心させてくれた。今こうしているのもお兄のおかげなの!恩返しさせて!」
「エマネ…」
「妹としてただ守られるんじゃなくて、たった一人の家族としてお兄の夢を手伝わせてよ!」
エマネが声を張り上げる。状況を察した村人たちは黙って見ている。
「妹にここまで言われて、断るなんて兄失格だ。シック、俺たちを仲間にしてくれ」
ドルクが手を差し伸べてくる。
「もちろんだ」
ドルクの手を掴み握手をする。村人たちが歓声を上げる。
「エマネ、ぜってえ死なせねえ。必ず守ってやるからな」
「お兄のバカ!全然分かってないじゃん!足手まといになるつもりはないから!すぐにお兄を守れるくらい強くなってみせる」
その後ドルクとエマネの送別会が始まり、村人たちの中には号泣する者もいた。
「あんなに仲間にしたくないって言ってたのに自分から誘うなんてね」
「別にいいじゃないですか」
「悪いとは言ってないよ」
ニヤニヤしながら言わないで欲しい。
「で、流れでエマネも仲間になったんですけど大丈夫ですか?」
「まあ何とかなるでしょ。というかドルクの妹だよ?素質ありそうだと思わない?」
確かに。
「ねえ、エレインさん。なんで冒険者になったの?」
エマネが師匠に話し掛ける。
「気になる?じゃあ話そうか」
そう言えば聞いたことないな。俺も知りたい。
「私は元々冒険者じゃなかったんだ」
「じゃあ何をしていたんですか?」
「兵士だよ。と言っても軍の医療部隊だけどね」
エレインの過去話は次回に続きます。