魔道具師トルミ
中に入るとすぐ手前がカウンターとなっており、椅子が4つならんでいた。
特に目を引くのはカウンターの向こう側にある大きな鳥のぬいぐるみだ。
店の主はいったいどこにいるのだろうか。ここからは見当たらない。
「やあ!カミラ久しぶり!カティアたちとは一緒じゃないのかい?」
ぬいぐるみが喋った!まさかこれは魔道具なのか!?
「先生たちはもう冒険者を引退したんだ。代わりに今隣いるのは弟子のシックだよ」
「ボクはトルミ!よろしくねー、シック!」
「は、はい」
喋るだけでなく動いてる!確かにこんな魔道具を作れるなら腕は確かだろう。
「あそっか!驚いたよね、この鳥。この鳥の中にボクがいるんだ。いわゆる着ぐるみってやつさ!」
着るぬいぐるみで着ぐるみか。
なんでこんなものをわざわざ着ているのだろう。動きにくいだろうし。顔に傷があって見られたくないとかだろうか?なら仮面でいいか。じゃあ全身に火傷を負っているとか?
「カミラ、その剣…」
「そう。それが理由で来たんだ」
あれ?リアムの偵察をする魔道具を手に入れるためじゃ…?
「それに加えてリアムの住処、カリガリの夜森の状況も探るためにブリンテーサを作ってほしいんだ」
「いいよ!じゃあノクシャラの卵を10個以上取ってきて!」
「ええ…ノクシャラかぁ」
「ノクシャラって何ですか?」
「雲みたいな見た目の魔物だよ。空を飛んでいる魔物を食べるんだ。ここから東のセリフィス大陸にしかいないんだよね」
じゃあまた船に乗らないといけないのかよ。というかあの海を渡るとなれば前以上に長くなるのか…。普通に嫌だ…。
というか本当に敵地を探れるような魔道具なんて作れるんだ…。
「人間を転移させる魔道具とかって作れますか?」
「無理だね!どうやって転移させるのかイメージ湧かない!」
もしできたら救出の難易度が大幅に下げられたのに。
「死体を操る魔道具って聞いたことある?」
「初耳ー!趣味の悪い魔道具だな。いかにも帝国が作りそー」
シュレイド帝国は悪い噂が飛び交いがちだ。
他国の人間をスパイだと決めつけ拷問するだの、帝国の悪口を言った国民が死刑になっただの。
流石に嘘だとは思うが。
店を出た後、港へ向かった。
セリフィス大陸に向かう船は明日の朝出発することが分かり、今日は宿を取ることにした。
買い出しを終えて時間があったので、修行することになった。
「提案なんだけどさ、剣使うのやめない?」
「え!?やっぱり才能ないんですか?」
教えてもらってからずっとコテンパンにやられてきた。
一度でさえ師匠に攻撃を入れることができていない。一向に上達していないのだ。そりゃそんなことを言われるのも当然か…。
「そういう意味じゃないよ」
「じゃあどういう意味です?」
「脚を使った戦い方に変えないかってこと」
「蹴りで戦えってことですか?どうやって?」
走るとかならできるけど、蹴りは俺のスキルじゃ無理だ。
「脚に魔力を込めて蹴ればいいんだよ。水を蹴って走れるなら相手を蹴るくらい余裕でしょ?」
簡単に言うけど、蹴る向きが下と前じゃ全然違うだろ!
「取り敢えずやってみようよ。そこの木でいいからさ。怪我なら私が直すし」
ええ…。絶対痛いって。
「ねえ、やるよね?」
躊躇している俺に怖い笑顔で急かしてくる。
外食できない恨みをぶつけようとしてない?
仕方ない、やるかぁ。
木の前に立つ。体の側面を木に向ける。大きく息を吸って吐く。右脚に魔力を込めていく。脚の痺れが大きくなり、止まったところで横に蹴りを放つ。
「痛ってえええええええええ!」
足を押さえて片足立ちになり、ピョンピョン飛び回る。
折れただろこれ!マジで痛い。涙出そう。
しかも木の幹は少しへこんだ程度だった。
師匠が近づいてきて治してくれた。
「ビビって蹴りが中途半端になってたよ。あの木を折るイメージでやってみなよ」
またやらせるつもり!?まだジンジンするんだけど。もうやだ。
「そう言う師匠はできるんですか!」
「できないし、やりたくない」
「そんなこと他人にやらせるなよ!」
「できることなんて人それぞれでしょ?それに案外木をへし折っちゃった方が痛くないから」
そう言われても…。
「そりゃできないと思えばできないよ。でも私は信じてる」
いつからだろうか。自分の可能性を否定するようになってしまったのは。
情けない。
師匠は俺ができると言っているんだ。ならそれに応えようじゃないか。
二人が去った後、森に一本の折れた木が倒れていた。何度も何度も何かがぶつかったような凹みが刻まれて。
再び船に乗った俺は魔力を操る練習をしていた。
くっ…。全然魔力が手に集まらない。脚と同じようにやってるはずなのに。
魔力を操れるようになったものの、まだ上半身の方は上手くいっていなかった。
「シックはさ、正義のためなら人を殺せる?」
「…どうしたんですか急に?」
怖いこと言い出したな。
代わり映えのない船旅で頭がやられたのだろうか。
「ゼルフィードとの戦いを思い出してさ…。もし誰かを殺さないと多くの人が殺されるならどう?ランクが上がればそういう仕事を引き受けなければならないこともある。そのときにためらっている時間はないかもしれない」
死体と戦うのをためらったことを言っているのか。
「殺さなければならないと思います。でも本当にできるかは分かりません…。いや、多分できない…」
「それは人を殺すのが悪いことだと思っているからなの?」
「確かに自分の欲望のための人殺しは悪だと思います。でも自分や誰かが生きるためなら悪いとまでは思いません。ただ、何か別の方法がないのかとは思ってしまいます。気絶させるとか。そもそもそんな状況にならないようにできなかったのかとか。ただそんなこと考えてもどうしようもないとは分かっています」
「綺麗ごとだね。強いか賢いやつにしかできないことだ」
「そうですね…。師匠は人を…。やっぱり何でもないです」
「…あるよ。ためらえば自分か誰かが殺されていた」
こういうとき何を言えばいいのだろう。
気まずい沈黙が流れ、二人で見飽きた海を眺めていた。