おまけ
Ⅰ.
常冬の街は、年間を通して気温が常に氷点下という、人間には過酷すぎる環境にある。
したがって、常冬の街に定住している人族はおらず、住人のほとんどが獣人――主に白くま獣人で構成されている。
今、冒険者であるミシィの目の前にいるのは、そんな白くま獣人の一人。
もっこもこの白い分厚い毛並みの彼は、ミシィの友人で名をカヌートという。
「誰か、人族で良い人材はいないかい」
カヌートに訊かれて、ミシィは首をかしげた。
「目の前にいるじゃないか」
「それ、本気で言ってるのかい?……ミシィは、人外だろう」
「失礼な。私はれっきとした人族だよ」
「いや、ブリザードドラゴンを単独討伐するAランク冒険者は人外だよ。ミシィ、事実はちゃんと認識しないと」
「事実って……ブリザードドラゴンを倒したとき、カヌートもいたじゃないか。あれは単独討伐じゃないよ」
「あのとき、ぼくは竜の巣まで道案内しただけで……まあそこはいいや、問題は単独討伐かどうかじゃないんだ」
「ふむ?」
ミシィはカヌートの説明に耳を傾けた。
このたび、ブリザードドラゴンが無事討伐され、ドラゴンが根城にしていた山からは貴重な素材が多数見つかった。いくつかの素材はそのまま他の街へ高く売れるが、一部には、温暖な環境に持ち出すと変質したり効果を失って、売れなくなるものもある。
カヌートの故郷にして活動拠点である常冬の街としては、それが惜しい。外へ持ち出すとダメになってしまう素材については、できれば常冬の街で劣化しないように加工し、商品化して、高く売れる形で街の外に出したいのだと言う。
「でも、わかると思うけど、ぼくら白くま獣人は細かい作業に向いていなくてね」
カヌートはやや哀しげに、己の大きな手を見下ろした。白くま獣人は力という点で人族をはるかに凌駕するが、繊細さには欠ける。
「たしかに、素材の錬成や加工は、獣人族よりも人族の得意とするところだね」
「そうだろう?だから、ぼくらはここに定住して一緒に商売してくれる人族を求めてるんだ。でも」
「でも?」
「でも、ぼくらは普通の人族がここで生きていけるのかどうかもわからなくて」
一年中、零下の気温ではさもありなん。
言外にミシィは普通じゃない、と言われた気がするが、ミシィは気にしないことにする。この街にいるとき、ミシィは己の外周に沿って常に温熱の結界を展開しているが、これは高ランク冒険者でもできる者が少ないのだ。
ミシィは頷いた。
「ふむ」
「まずは人族が生きていけるか、試しにここで一年ほど暮らしてくれる、そんな人材がいたらなって思ってたんだ。いろいろ必要な準備が足りなくて凍死とかするかもしれないし、人族から見たらここが罰みたいな場所だとわかってはいるんだけど」
「罰……」
ミシィは室内に目をやった。
うっすら霜がおりている。壁にかけられた錬成用温度計によれば、室温はマイナス五度である。外は風もなく弱い雪がちらついている穏やかな天候。常冬の街ではこれでも酷暑の日に分類される。
正直なところ、この環境の過酷さは流刑地っぽいな、とミシィは思った。
が、それを気の良い冒険者仲間であるカヌートに率直に言うのもためらわれて、ミシィは曖昧に頷いた。
「いちおう、探してはみるけど」
「ありがとう、ミシィ。期待せずに待ってるよ」
Ⅱ.
ミシィは高ランクの冒険者という仕事柄、依頼されればどこの街にでも行く。どれだけ遠くても、移動は転移魔法で一瞬。
そんなミシィでも一応、拠点はあって、常冬の街から遥か遠く、旧都と呼ばれている街がそうである。
西方魔導王国、第二の都市だ。交通の要衝で、古き良きという趣の、よく手入れされた街並み。北側には王国守備隊の分屯地があり、南側には市場や宿屋など、王国民や街道を往来する人々に必要な商家が軒を連ねている。冒険者や旅人、商隊など流浪の者が多いわりに、街の治安自体はそれほど悪くない。
「なんだ、ミシィか。今日もまた急なご登場だな」
「ミストレス・ミシィ、お久しぶりです」
旧都のギルド本部、マスターの部屋に直接転移すると、ちょうど部屋にいたマスターとサブマスターから挨拶される。ミシィが突然現れるのはいつものことなので、マスターもサブマスターも驚かない。
「うん。久しぶりです」
「そういや、常冬の街に行くって言ってたな。戻ってたのか」
「うん」
「どうだった?」
「そこそこ栄えてて良い街だったよ、もうちょっと気温が高ければ。市場の売り子さんたちもずっと眺めてたい可愛さだったし。もうちょっと気温が高ければ。それに、名物の凍牛の氷結レバーも氷飴も、美味しく食べられるし。まあ、もうちょっと気温が高ければ。」
「いや、街のことじゃねえよ。ブリザードドラゴンの討伐だったんだろ」
「それなら、いつもどおり。楽しく殺ったよ」
「……ドラゴンを、いつもどおりの一言で済ませるなよ。相変わらず人外だな、まったく」
「人外とは失礼な。……ああ、ドラゴンはどうでもよくて、今日は聞きたいことがあったんだ」
またも人外と言われて、ミシィは本題を思い出した。今日は、常冬の街に行ってくれる人材を探しに来たのだった。顔を見合わせるマスターとサブマスターに、ミシィはカヌートからの話をする。
「常冬の街で、試しに一年ほど暮らしてくれる人族か」
「依頼を出すだけ出してはみますが、厳しいですね」
「最高額報酬確約すれば、もしかすると一人くらいは見つかるかもしれねえが……」
「しかしマスター。商品もない段階では資金もないでしょう。常冬の街はまだ儲けてもいないんですから、高額報酬を出すのはたぶん難しいですよ」
話し合うマスターとサブマスターの表情は、芳しくない。
ここは魔導王国だけあって、魔術や錬成に使う素材の需要が高い。ギルドに寄せられる討伐や採集の依頼もその報酬も十分すぎるほどで、冒険者たちがわざわざ遠方の過酷な環境へ出向く理由はないと言える。
数少ない高ランク冒険者で、転移魔法が使えて、あちこちの依頼を受けるミシィが例外なんだとマスターに断言され、ミシィは、失礼な、とつぶやいた。
人外に加えて例外とは、まったく心外である。
「でも、やっぱりか。なんとなく、見つからないだろうなって思ってた」
「力になれなくて悪いな、ミシィ」
「こちらで他にできることは……とりあえず、他の支部にも声をかけてみましょうか?」
マスターには謝られ、サブマスターには代案を申し出られたが、ミシィは望み薄と判断した。
「いや、たぶん王国の冒険者じゃ見つからないから……ちょっと他であたってみるよ。ありがとう」
マスター、サブマスターと話し終えて、ミシィは階下に降りた。ギルド本部にはたくさんの冒険者が依頼の引き受けや報告に出入りし、併設の酒場も賑やかなものだ。
ギルド本部に顔を出したとき、ミシィはだいたい酒場に寄っていくことにしている。ミシィが知らない情報を得られるときもあるし、まれには、高ランク冒険者に挑みたくて暴れる無謀――血の気の多い冒険者も現れる。そういう輩は大抵がミシィの客なので、丁重にお帰りいただくのだ。
旧都名物、柑橘のドロ甘ポーション漬けをつつきながら酒場の話し声を背景に、ミシィはなんとなく依頼の掲示板を眺める。魔導工房や錬金術師たちからは討伐や採集依頼。大きな街道が交差しているゆえに商隊からの護衛依頼。住民からの失せ物探しなど、色々ある。
ミシィはその中の一つに目を止めた。
依頼内容は旧都の南地区、中通りにて、不審者の確保。報酬は高くない。どうやら露出狂が出没するらしい。
これくらいは、依頼を引き受ける冒険者がいなくても、いずれそのうち王国守備隊が捕縛することだろう。しかし、中通りは治安の良さを売りにした小規模な宿が多い区域。守備隊の目をかいくぐり、ことが断続的に起きて一向に止まないため、できるだけ早期に解決したい宿屋がお金を出し合って依頼してきたようだ。
ミシィが思案していると、話しかけられた。空になった器を下げに来た給仕係の少女だ。
「そういうのって、すぐ捕まると思うんですけど、ほんと困りますよね。街や宿の評判にもかかわるし」
少女は依頼票を見て憤懣やるかたないといった様子で言う。
「ミシィさん、それ受けるんですか?低ランク向けの依頼っぽいですけど」
「うん、そうするかもしれない。ちょっと、好奇心をくすぐられたから」
「わぁ!それならもう解決したも同然ですね!Aランクのミシィさんにかかれば絶対余裕ですもん!ぜひ、変態の息の根を止めてやってください!」
なかなか過激なことを言う給仕係は、そのあと他の席から呼ばれて、注文をとりに離れていった。
ミシィは掲示板から依頼票をはがすと、改めて内容を読み始めた。
Ⅲ.
夕刻、旧都の中通りは帰路を急ぐ人々が通り過ぎていく。日はさきほど落ちたばかり、空はまだ残照で明るいものの左右に立ち並ぶ建物には光が灯り始める。
旧都の歓楽街である端通りなら、これから人が増えて騒がしくなる時間帯なのだが、小さな宿が多い中通りでは徐々に通行人も減ってくる。今日宿泊予定のお客を全員迎え入れて、扉を閉ざす宿もある。このところ増やされた王国守備隊の見廻りが、異常なしを確認し、一巡して去っていく。
そのすぐあと、服装から酒場の給仕と思われる少女が一人、大通りから中通りへ歩いてきた。ちょうど人の流れが途切れて、周囲には誰もいない。少女は、やや足を早めた。そのとき。
見計らったように、どこからともなく半裸の男が少女の前に飛び出した。
下卑た笑いを浮かべ、少女に襲いかかろうとした男は、次の瞬間、少女の姿がかき消えて驚愕した。
「?!」
「やあ」
背後から声をかけられて、振り向こうとした男はそのまま麻袋を被せられた。王国守備隊御用達の麻袋だ。被せたのはもちろんミシィである。
「幻影魔法で掛かってくれて良かったよ。これ以上の仕掛けだと、後始末が大変になるところだったから」
ミシィはほっと一つ息を吐いた。
ミシィは不審者確保の依頼を受けてから数日、いくつかの調整と根回しと下準備に動き回っていた。
好き勝手に行動しても、Aランクのミシィに直接文句をつけられる者は多くない。が、行動を邪魔されたり、あとから無駄に時間を取られるのは好きではないから、ミシィはしかたないと思っている。
ミシィは常冬の街に再度転移して、カヌートには目処が立ちそうだからと伝え、人族用の部屋を用意してもらう。常冬の街では放っておくとほとんどのものが凍ってしまうので、人族用の飲み水の確保すら大変だ。燃料、衣類に部屋の家具、いちいち獣人族と同じにはできない。
再度旧都に戻ってからは、秘密裏にギルドマスターと旧都の王国守備隊長、両名に掛けあう。依頼主たちには了解を得て、南地区の中通りに魔導記録装置などひととおり仕掛けを施す。
「ブリザードドラゴンのときよりも、はりきってないか?」
とは、カヌートにもギルドマスターにも、なんなら守備隊長にまで言われた。
ただ全力を出せばいいだけのと、手加減が必要なのとでは、後者に気を遣わなければならないのだから当然だ、とミシィは建前を答えた。
本当は、好奇心を満たすためにぜひ利用したいと思ったので、熱心になっただけだったが。
暴れる麻袋を放置して、ミシィは中通りに仕掛けた各種道具や魔法を慎重に回収していった。相手の能力の程度がわからなかったので、簡易な罠から高々度な魔法まで何十と使った。そのため、単純にすべて魔法で撤去するというわけにもいかず、少々手間である。
「ふむ」
回収した仕掛けのうち、低ランクの冒険者でも用意できるものは、すべて機能せず、欺かれていた。
もしかしたら、この男は隠匿系の魔法の素質があるのかもしれない。とミシィは推測した。男が引っかかった幻影魔法は、高ランクの冒険者でも使いこなす者は限られる。捕らえられないまま、何度も事件を起こされたのも道理だった。
中通りの片づけが終われば、あとはそう大変なこともない。ミシィは、なおも暴れて何やら喚いている麻袋ごと転移魔法を行使した。行き先はひとまず王国守備隊の分屯地、守備隊長の執務室だ。
Ⅳ.
ドゴッと乱雑な音で投げ出された麻袋の横で、ミシィは軽やかに絨毯の上に立つ。執務机でなにやら書き物をしていた守備隊長が顔を上げた。
「メリッサ卿」
「何度も言ってますが今は冒険者なので、ミシィでお願いします」
「ミシィ殿。もう捕らえたのですか」
中通りの不審者を確保したらここへ連れて来る、とあらかじめ打ち合わせていたから、守備隊長に動揺はない。
「もう十日も経ってしまいました。けっこうかかりました」
「そういう意味で、もう、と言ったわけではありませぬ」
「それより隊長殿。この麻袋は耐性強化魔術が付与されてますが、鎮静魔術もつけたほうが良くないですか。思ったより騒がしいです」
「洗濯回収用の麻袋に?……洗濯物は普通、騒がぬものですが」
「ふむ」
書き物を終えて立ち上がった隊長が、麻袋に近づく。すらりと抜剣し、そのままざくりと麻袋に突き刺した。中の男の身体に刺さらない、しかし絶妙にギリギリの位置だ。麻袋がすっかり大人しくなる。
「付与するよりは、このほうが早いのではありませぬか」
隊長はそのまま冴えわたる剣技で、男の身体を傷つけず、麻袋だけ斬ってのけた。そして下半裸の男の顔を確認して吐き捨てる。
「ああ、やはりこやつは守備隊の隊士ですな。しばらく前に、異動で王都から押しつけられました」
隊長が苦い顔をした。
異動の内情を調べようにも、親が有力者だとかで不自然に揉み消されている。それで逆に、王都に居られなくなるようなことを起こしたのでは、と推測していたところに中通りから不審者の訴えが来る。
さらに、訴えがあって以降、守備隊の見廻りを増やすために巡回時刻を頻繁に変更していたのだが、なぜか犯行時刻と一度たりとも重ならない。かすりもしない。これはさすがにおかしい。内部から情報が抜かれているのではないか。
隊長としても疑っていたのだが、守備隊をこの一件だけに集中させるわけにもいかなかった。他の案件もある。現場を押さえることはできていなかった。
隊長は男を踏みつけて言った。
「都には話をつけてあります。こやつは好きにして良いということです」
「助かります、隊長殿」
こんなのでもお役に立つなら良いのですが、と隊長がボヤくので、ミシィは答えた。
「役に立ちますよ」
「先日の打ち合わせのとおり、こやつを常冬の街へ連行するのですか」
「うん。常冬の街からは、人外じゃない人族なら誰でも良いから、って言われましたので。このあと転移で連れていきます」
「たしかに、こやつは人族ですが……犯罪者ですぞ。本当に大丈夫ですかな」
「大丈夫ですよ。逃がしません」
Aランクの冒険者から逃げ切れる者など、そうそういないですぞ、と隊長が呆れて続ける。
「ミシィ殿。そういう意味で、大丈夫か心配したわけではありませぬ」
「それより、隊長殿は気になりませんか?裸を晒したい欲求と死ねる寒さ、性欲と生存本能どっちが勝つか」
「えっ?……」
突然何を言い出すのかと、隊長は目をまたたいた。
「私は気になってます。だから結果がわかるまで絶対逃がしません」
「ミシィ殿……?」
隊長は、このような案件にAランクの冒険者がどうして熱心になっているのかと思っていたが、もしや好奇心から来るその疑問のためか、と察して、少々引いた。
普通、性欲と生存本能なら生存本能のほうが勝つだろう、と考えた隊長だったが、なんだか楽しそうな人外の笑顔を見て口をつぐんだ。
この冒険者、そういえばドラゴンにあっさり挑んでしまうくらいには、生存本能を自由自在に切ってしまえるのだった。普通の感覚など持ち合わせていないゆえに、実際に人体実験して結果を知りたくなったに違いない。
「一年中寒かったら、露出狂って露出しないのでしょうか?隊長殿はどう思います?」
「それは、……どうなのでしょうな……」
「この被験体、何度もやらかしてるんですよね。私、寒さがなんだ!死ぬ気で欲を貫け!とも思ってて。きっと常冬の街で結果がわかりますよね。楽しみです」