1話 少年忍者
月明かりに照らされる荒野、
吹き抜ける風、
その中を疾走する二頭の馬、
その片方の騎手、赤鎧の女騎士リンザは、
唖然としていた。
「、、、、うそ、、、。」
それは、
自分より年下の少年と少女、
2人が、
馬よりも早く、もう小一時間、
走り続けているのだ。
そう
ドリファンとミンである。
リンザは、並走する主君を見るが、
平然としている。
「あの、メーリン様?
あの2人を見て驚かないのですか?」
メーリンこと、スホミュラ姫は、
にっこり笑って、
「いいえ、驚いていますよ。
あの若さにして、大した者だと、
でも、
あの2人より、
もっと凄い2人を知っているもので。」
と、答えた。
リンザはしばらく考えたが、あえて聞かず、
そのまま走り続けた。
後に解る事だが、
その2人とは、
ゼン・シャウリンとフォン・ロン・シャウリン、
つまり、
ミンの両親であった。
街道を走っていた4人は、
途中、メーリンの指示で脇道に入って行った所、
しばらくして、強い寒気に覆われた。
ドリファンは気配探知で、何かを発見したらしく、
「誰か倒れている!」
と、叫び、速度を上げて行ってしまい、
ミンもそれに続いた。
馬上の2人が追いついて見ると、
2人は呆然と立ち尽くしていた。
その辺り一面、多くの凍死体が転がっていた為だった。
「いた!」
と、突然ドリファンは叫び、そのもとに走って行った。
1人だけ生存者がいたのだ。
「まだ生きている。ミン!頼めるか!」
「うん!任せておいて!」
倒れていたのは少年で、
ドリファンとミンと同じ位の年齢の様だった。
ミンは自身の気を練り、
その少年に与え始め、彼女もそうだが、
少年も額に汗をかき始めた。
追いついた馬上の2人も、
その様子を見ていて、メーリンも、
そこに加わった。
「ホーリーヒール、、、。」
回復系魔法をミンとその少年にかけた。
参加出来ない2人、ドリファンとリンザは、
手をぎゅと握りしめて見守っている、
他の3人と同じ様に、額に汗を滲ませながら。
しばらくして、その少年は目を覚ました。
「よかった〜」
ミンはそう言い、尻もちをついて座り込んだ。
かなりの消耗をした様だった。
「お前たちは、誰だ、、、」
その少年は、警戒心が強い様だが、
状況把握も早い様で、
自身が介抱された事に気づいていた為、
敵対行動は取らなかった。
「僕はドリファン、
あっちで、へばってるのがミン。」
スコン!
と、ドリファンの頭に、ミンの投げた小石が当たった。
「私は、メーリン、こちらはリンザ、
一体ここで、何があったのですか?」
「俺にそれを聞くって事は、他の仲間は、、、。」
「残念ながら、、、私達が来た時には、すでに、、。」
その後、死者を土に埋め、
寺院式の弔いをミンが行い、
教会式の弔いをメーリンが行い、
手厚く弔った。
その為、その少年は心を開いたのだ。
「仲間を弔ってくれて、ありがとう、、
俺の名は、ユタだ。
仕事の手伝いで、仲間達に付いて来た。」
メーリンは深く頷き、話しを続けた。
「ユタさんは、」
「ユタでいい。」
「では、ユタ、この後は、どうなさるのでしょうか?」
「、、、わからない、、詳細は何も聞いていなかった。
俺の仕事は、荷物を担いで着いて行くものだったから、
目的も何も知らされていなかった。」
メーリンは、その話しの意味する処を理解した。
つまり、
必要以上に、情報を与えないで、行う仕事、
密偵、隠密の類い。
或いは暗殺など、人に知られてはならない組織の仕事である。
「ユタ?貴方は傭兵ですか?」
「似ているけど、違う、
俺は忍びだ、、、諜報や工作が仕事だ。」
ミンが話しに加わって来た。
「聞いたことがある!
シャウリンより、もっともっと東、
海の向こう、龍の形をした島国に、
そう言う集団がいるって、、、。」
「、、そうだ、俺はそこから来た。」
「ユタは、遠い国から来たのですね、、。」
「馬より早い俺達の足で、一月以上かかった。」
「ユタ?私に雇われませんか?」
そう言い、メーリンはにっこり微笑んだ。
ユタは、突然の事で、考えが追いつかないが、
仲間を弔ってくれた、相手に、少なからず、
感謝も好意も持っており、
メーリンの美しい笑顔に心を奪われたユタは、
成り行きとは言え、
雇われることにした。
「わかりました、メーリン様、よろしくお願いします。」
ユタは跪いたが、メーリンは、それは不要と言った。
「畏まらないでくださいね、ユタ。
その方が、周囲の目をごまかせます。」
「わかりました。
では、どのようにお呼びしましょうか?」
「メーリンでお願いします。」
「はっ、メーリン様。」
「、、様は、いらないのですけど、、、。」
皆、同じ反応なのだと、わかっていても、
つい、口にしてしまう、
ただ、
彼女にとって、
頭髪に癖のある2人の存在、
ドリファンとミンの存在は、
貴重なものとなった。
「メーリン、メーリン、どうして、
こんな事になっているのか、知りたい。」
「そうそう、私も気になるわ、
メーリン、聞いてよ。」
メーリンは、微笑みユタに尋ねてみた。
「ユタ?貴方が良ければですけど、
ここで、何があったのか教えてください。」
ユタは初めて、起きた事を話し始めた。
青い顔をして、、、。
「、、あれは、この道に入って、しばらくした時、
その地面の凍ったところに、現れたんだ、それが、、、
まるで、神話に出て来る、神の様な者が、、
そいつは、、、
氷河魔神シアン、、と、名乗った、、、。」
「!!」
メーリンとミンは驚愕したが、リンザとドリファンは、
反応が鈍かった。
リンザは、氷河魔神に対する知識が乏しい為で、
ドリファンは、ダマリアからよく聞かされていた為、
必要以上に驚く事はなかったのである。
「あの、メーリン様?
氷河魔神とは、お伽話に出て来るやつですか?」
メーリンは、軽く頷き答えた。
「リンザ、お伽話では無いのです。
実際にいるのです。
現在でも、南アトランティスの国家当主としてです。」
赤い鎧の女騎士は、それでもピンとこない様子である。
ミンは、感心した様に彼に言った。
「それにしてもユタ、あなた、よく生きてたわねぇ。」
「いやいや死にかけていたでしょう、がはつ!」
口を挟んだドリファンは、腹を殴られ退場した。
「それに、襲われた、と、そう言う事か?」
リンザは、状況を整理しようとユタに確認を取る。
「いや、正確では無い。
突然現れた氷河魔神に、驚いた戦士達が、
先に仕掛けた。 、、、ただ、、、」
「ただ?」
リンザの疑問に、ユタは直ぐに答えた。
「ただ、氷河魔神は、何もせず、、
全ての受けて、、そう、避ける事もせず、
特に身体を動かす事もせず、、
まるで、ゆるい風でも受けている様に、、
そして、
ただ存在しているだけで、
辺りの空気が冷たくなっていき、
皆、それだけで、、、次々と、、倒れていったんだ。」
ユタの話しを聞いて、皆息を呑んだ。
「大変だったわねぇユタ、、。」
ミンは、気遣って、
メーリンは話題を変えた。
「では、王都に向かうのですが、
その前に、寄りたい所があるのです。」
「どちらへ?」
リンザに向かってメーリンは、にっこり笑って答えた。
「まぁ、ついてきて下さい。」
4人は、メーリンに付き従い、その道を進み始めた。
余談はあるが、
この世界の殆どの国の文明レベルは、
約1000年前の大混乱以後、
大昔の中世レベルまで下がった。
ただ、魔法のおかげで、
生活水準は、そこまで悪くはならなかった。
だが、移動手段は、馬などを使ったものが主流である。
イストニア王国も、その様な国の一つであった。
5人の進む道は、徐々に木々が多くなり、
林となり森となった。
中央7都市北部から、
王都イストニア城北部、北の森まで続く、
ナス森林地帯に入ったのだ。
「この森にご用が?、、、。」
リンザの疑問に直ぐに答えたメーリン。
「もう少し先です。」
そして、さらにメーリンは、森の奥へと進んで行った。
やがて森に表情を変える、
まるで人を拒むかの様に、暗く陰鬱な表情に、、、。
「ここです。」
メーリンが止まった所は、その場所の前、
その暗い森の前であった。
「メーリン様、、ここは、迷いの森では、、?」
「そうです。 迷いの森です。」
リンザの表情は曇ったが、対象的に、
ドリファンとミンは、輝いた。
興味深々の様だった。
「どんな所だろう!迷いの森って!」
「本当楽しみ〜!」
メーリンは、迷いの森の入り口の前で立ち止まった。
「メーリン様!私は反対です!この様な場所に入るなど、、、
ここには、迷いの森の魔女が、、、い、る、、
ま、まさか!
魔女に会うつもりですね! ダメです!
ダメです!
本当に!」
「リンザ、面白い。
大丈夫ですよ。たぶん。
さぁ、行きましょう。結界を超えて。」
「メーリン、気づいていたんだ。」
ミンは、少し驚いた様だった。
5人が、迷いの森の入り口の前で立ち止まっていた頃、
先程までいた、ユタの倒れていた場所で、
小さな戦闘が始まっていた。
三者が居合わせ、即戦闘になった。
1人は、忍と呼ばれる者、短刀構え華麗に宙を舞う男。
もう1人は、黒い礼装の男、片手直剣を持ち浮遊している。
最後の1人は、フルプレートメイルを装備する、大剣持ち。
3人の戦いは、激しく、そして、短かった。
一合二合と撃ち合い、それで終わりだった。
相手の正体に気付くには、それで十分だったのだ。
彼らは、そうした者達だった。
宙に浮遊していた者は高度を上げていき、
追撃されない高さまで上がると、東の空へと逃げていき、
フルプレートメイルの者は、馬に乗って西に逃走した。
忍びは、空に逃げた方はともかく、
馬に乗って逃げた方には、追撃が可能であったが、
この場に眠る者達の雇い主であった為、
追撃はしなかった。
一方、
東の空に逃げた者は、
空上で浮遊し待機していた者と合流した。
「メラトニー様、ご無事で何よりです。」
「うむ、問題無い。
しかし、忍びと、魔王軍の斥候に、出会うとは思わなかった!
はっはっはっ!」
「まったく長官は、、、で、どうでしたか?」
「おお、そうじゃな、、我が国の救国の小さな英雄達は、
運良く、難を逃れていた様じゃ!」
「それは、良かったです。」
「と、言う訳じゃ、貴様は、直ちに戻り、
この事を陛下にお伝えせよ!
ワシは、このまま、魔王軍の動向を探る。」
「了解致しました。」
その伝令は、そのままメイソニア王国に帰還した。
彼らは、吸血鬼の国、メイソニア王国、
国王直属の王室諜報機関の者達で、
長官のメラトニー卿と副官のパイソン卿であった。
国王が、氷河魔神の強大の魔力を感じ、
その方角が、恩人のドリファンとミンの向かった方角が、
同じであった為、彼らを派遣して安否の確認したのである。
そして、彼ら以外にも、
誰にも気付かれず、全てを監視し、更にミンを尾行している、
黒い着物を着て黒い笠を被る者達がおり、
その者達は、黒笠衆、
ミンの母、フォン・ロン・シャウリンの手の者達である。
更に数十キロ離れた山頂から、
ドリファンの様子を伺う老人もいた。
灰色の肌、尖った耳、長い髭、2メートルを超える、
巨大な老人は、
さながら死神の鎌の様な、
ドラゴンの牙に棒を刺した様な杖を持ち、
その鋭い眼光で、ハッキリとドリファンを見ていた。
彼は、ドリファンの育ての親、
伝説の大魔導師、ダマリアである。
冒険を楽しむ、少年と少女は、
大人達に見守られてるなど、
まったく知らなかった。
第1話 出会い 終わり




