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後半

「——ということがあったんだけど、覚えてる?」

 長い昔語りを終えた玉丸に聞かれたが——、

「いや、全く覚えてない。悪い」

 実際、そんなことがあったのかも覚えていない。まあ、十年前くらいからテレビを見始めたのはなんとなくそうだと思うし、俺のことが見える子供と喋ったのも、たしか十年前くらいだったな、と思うくらい。

「除霊師になって札幌に戻ってきて、約束したギンに偶然出会ったとき、ぼくは感動したんだ。これが運命か! ってね。だから自分からは言い出さなかった。もしかしたら覚えてくれてて、ギンのほうから言ってくれるんじゃないかって思ったんだ……なのに!」

「いや無理だろ。こんな筋肉ムキムキのやつなんか会ったことなかったからな」

 話の流れから玉丸が怒りたいのも無理はないとも思うが、さすがに十年たって筋肉マシンになってたら同一人物だとは思えない。まあそもそもそんな約束のこと自体覚えていなかったのだが。

「そうだけどさ。……なんかその後も自分から昔のことを言い出すのが恥ずかしくて、言えなかった。それに、十年前の約束を覚えてる上であえて言わないのかとも思ったし。『もう俺たち出会ったんだから、それでいいじゃないか、キリッ』ってね」

「いや、それはさすがに意味がわからん。大体、約束したってお前は言うけどな、それ絶対俺は適当に返事しただけだろ」

「今思えば、それもそうだよね。テレビ、すっごく熱中してたみたいだったから」

「というかそんな大事な過去の話、もっと前に話してくれてたらこんなことにはならなかったんじゃないか?」

 俺は至極当然のことを質問した。

だが出会ったばかりの俺が今の玉丸の話を聞いても、ただ信じさせるための作り話だとしか思わなかったかもしれないな。俺は、行動でしか人を信用できないのだから。

「いやいや、ぼくも言おうとしたんだよ⁉ 維美流中学校でおかっぱ悪霊と戦ったとき」

「そうだったか?」

「そうだよ! 全く……。ギンが、『俺とパートナーを組みたい理由はなんだ?』って聞いてきたから答えようとしたら、『いい、大体わかる』って言って遮ったんだよ!」

「あ」

 確かにそんなこともあったかもしれない。とりあえず謝っておこう。

「それはすまなかった」

「ま、もういいけどね」

 互いに聞きたいことを聞いた俺たちは、その後、どうでもいいことを話し合って過ごした。

夕ドラの再放送の時間になったので、俺は個室にある小さなテレビを玉丸につけてもらい、静かに『アワビの子』に見入った。

 見終わるとテンションが上がり、つい玉丸に話しかけてしまった。

「見たかおい、あの丹澤の名演技。あんなのもらい泣きしちゃうよな」

「いやごめん。ぼく、病室の背景としか認識してなかったわ、今のドラマ」

「はぁ、お前ってやつは、ほんと脳筋だな。ドラマ観ろよ、もったいない」

 そんないつも通りの会話をしていた俺たちの空間に、来訪者が現れた。個室のドアがノックされ、制服を着た女子がプリントを手に持って入ってきた。

「玉丸君、大丈夫?」

「あ、委員長! お見舞いに来てくれたんだね、ありがとう!」

「いえ、お見舞いというか、私はただプリントを届けに来ただけなので。というかこの部屋暑いですね」

 委員長と呼ばれる女子は、玉丸に興味など微塵も無さそうだった。

 その女子が、ドアの向こうに向かって手招きをした。

「優子がどうしてもお見舞いに行きたいって言うから……」

「え⁉」

 玉丸の目の色が変わる。

「じゃじゃーん! 玉丸君、元気ー⁉」

 ドアの陰からひょっこり顔を出して茶髪を揺らしたのは、珍田優子だった。手からビニール袋を提げている。相変わらず人懐っこそうだし、可愛いな。俺のほうに一瞬視線が来る。一般人の委員長がいるから、目だけでの挨拶ということだろう。

「ち、珍田さん⁉」

「元気? って聞くのも変かぁ。とにかく、命に別状がなさそうでよかったよ!」

「ありがとう! いやー、嬉しいなあ! でも、なんで来てくれたの?」

「友達だからに決まってるじゃない! 学校も二日も休んでさ。ついさっき先生から病院にいることや、生死の境をさまよったって聞かされた時は、びっくりしちゃったんだから!」

「と、友達……。ぼく、友達認定されてたんだ。やったあ!」

 玉丸は吊られた両腕の先にある拳を丸め、小さくガッツポーズを作った。

 おいおい、俺と出会えた時も嬉しかったって言ってたよな。それより全然嬉しそうじゃないか?

「それにしても、体中傷だらけですね。何があったのですか? 詳しいことは学校からも説明が無かったので」

 委員長と呼ばれたおさげの眼鏡っ子が言った。

「あ、そうなんだね。えーっと……、実は交通事故にあっちゃってね、へへ」

「そうなんですか。で、プリントなんですけど、これとこれが——」

 本当にそっけないなこの委員長は。ケガの理由にも興味がなかったのか、学校のプリントの説明をし始めてしまった。

 俺は珍田のほうを見てニッコリする。珍田にはあとでちゃんと話さないとな。

 プリントを渡し終えた委員長は、最後に一つ大切なことをお話しします、と真剣な表情で口を開いた。

「クラスメイトの安言英雄くんが、先日亡くなりました。もう葬儀はクラスでやったのですることはないですが、報告しておかなければならないことなので。それに、玉丸君は安言くんの友人のようでしたし」

「——は?」

 玉丸はひどく驚いている。俺も驚いた。なんせ火事や交通事故やらで狙われていた人間が、とうとう死んだと聞いたからだ。これは間違いなく悪霊の仕業だろう。かわいそうに。狙われていた理由は分からないが。

 委員長も玉丸も悲しそうな顔をしている。横にいる珍田は、表情を変えることはなかった。

 しばらく重い空気が続いた。無理もない、玉丸にとっては仲の良い友人だったからな。

 数分後、「ごめん、空気重くしちゃって」と玉丸が言ったことで、少し空気が元に戻った。

「いえ。要件は伝え終わりましたので、私は帰ります。優子はどうするの?」

「もう少し玉丸君と一緒にいるよ!」

 友達が死んだことにショックを受けている様子の玉丸だったが、少し明るくなった気がした。

「ありがとう」

 委員長が帰った後、珍田が俺に詰め寄ってきた。

「で? ギン、本当はなにがあったの⁉ 説明してもらうよ! 玉丸君がこんなになっちゃったのと関係がないわけないよね⁉」

「うっ、やっぱばれてたか……」

 隠そうとしていたわけではなかったが、やはり鋭い。交通事故などという玉丸の咄嗟の噓はやはり通用しなかった。とはいえ、俺の内情まで話す気にはなれないので、適当に思いついた表向きの理由を伝えることにした。

「ズヂボウを倒すためにパートナーを組んだが、こいつは弱すぎてな。いつも俺ばっかり悪霊を殺さなきゃならなかった。それがムカついたんでパートナーなんてやっぱり解消しよう、と言ったんだ。だがこいつが食い下がるから、つっ立ちを倒せばまたパートナーを組んでやると提案した。俺は譲歩のつもりじゃなくて、諦めろと言ったつもりだったんだがな。こいつはマジでつっ立ちを倒そうとして、ボコボコにされたってわけだ」

 美少女がすぐ近くで眉間にしわを寄せて睨んでくる。口はムッとして、今にも噴火しそうだ。

「バカじゃないの! そんなことして、玉丸君が死んだらどうするつもりだったの⁉」

「すみません……」

 俺はとりあえず謝っておく。

「安言くんのことは残念だったけど……」それから珍田は、ベッドにいる玉丸のほうを見て言った。「玉丸君もだよ! いくら素直だからって、自分の命をかけてまですることじゃないよ! もっと命は大切にしなきゃダメ!」

「は、はい……ごめんなさい」

「もう、二人ともどうしようもないんだから……」

 ゴン、と俺の頭に衝撃が飛んできた。

「セリフと合ってなくないか? 今の流れだと、やれやれ、で終わってそうだったんだけどな」

「わたしはバカには容赦しないようにしてるからいいの!」

「おい、じゃあ玉丸はどうなんだよ」

「玉丸君を今ぶつわけないでしょ? バカなの?」

 ゴン、とまた俺の頭が鳴る。いてぇ。

「珍田さん、その辺にしておいてあげて。悪いのはぼくもなんだし」

「うん、わかってるよ。とにかく、もう無茶はしないことね!」

 珍田は時計を見て、「じゃあ行くね、わたしそろそろ」と、置いていた鞄を手に取った。

「うん、今日はありがとう、珍田さん。……あっ、そうだ、ちょっと帰る前に相談があるんだけど、いいかな?」

「え? いいよ、なにかな?」

「ギンはちょっと外してて。盗み聞きはダメだよ」

「俺はいちゃダメなのか? まあいいけど」

 どうやら二人で話がしたいらしい。告白するような雰囲気じゃないから、何か俺に聞かれたくない相談だろうか。もしや……と俺の奥底にある闇がまた何か言おうとしているのを感じたが、俺はそれを振り払う。こいつは白だ。ズヂボウとは繋がってないから変な疑りはするな。

 俺は言われた通り病室を出て、適当に散歩することにした。

 十分後くらいに玉丸の個室に戻ると、もうすでに話は終わっているようだった。珍田が病室のドアに寄りかかっていた。

「もう話は終わったのか?」

「うん! ふふっ、楽しみだね!」

 と、謎の笑顔と意味深な言葉を残し、珍田は去っていった。

 ドアをすり抜ける。夕陽に照らされている玉丸の顔は、少し赤く見えた。

「お前、まさか両手が使えないからって抜いてもらっ——」

「違うよ! バカっ!」

「悪い悪い」

 からかったらすごく面白いやつだ、全く。

「で、何話してたんだ?」

「……秘密、かな」

 秘密か、まあいいだろう。

 今は密室に二人きり。女の子に言われたらドキッとするセリフだったが、このごま坊主に言われても鳥肌が立って鳥になるだけだ。

 病室の窓は開いており、カーテンがひらひらと舞っている。うるさく鳴くセミの声がまだ聞こえてくる。

 いつ頃からいたのか分からないが、セミが一匹窓の内側にとまっているのを見つけた。ジイ、と室内でもお構いなしにひと鳴きしたセミは、暑い外界に出勤していった。


 二週間の時が経過し、ボロボロだった玉丸の退院の日がやってきた。医者からは全治二か月と言われたのだが、レントゲンを撮ると骨のほとんどはもう治っていた。肉体の強さは常軌を逸しているとしか言いようがない。医者も「まさかこんなに早く良くなるなんて!」と心底驚いていた。

 久々の自宅についた俺と玉丸は、まず近くのファミレスに行き、ステーキ、ハンバーグなど、シャバの飯を堪能した。かわいそうなので、半分くらいは憑依を解いてあげた。俺、優しい。

 その後新しい(火事で無くなったため)安言の家に行き、玉丸は安言英雄の仏壇に線香をあげた。残された両親はまだ立ち直れていない様子だった。

 

翌日から夏休みが始まった。玉丸は死別した家族の写真の前で手を合わせていた。

「今年こそはお盆にちゃんと戻ってこれるようにしなきゃね」

 一人呟く玉丸の言葉の意味が分からず、俺は聞いた。

「それ、どういう意味だ?」

「お盆には、先祖が現世に帰ってくるって言われてるでしょ? でも、ぼくの家族はズヂボウに殺された。ズヂボウが現世にいる間は、怖くて帰ってこれないと思うんだ。だから、ズヂボウを倒せば安心して家族と話ができるってこと」

「なるほどな」

 言いたいことはなんとなく分かるも、悪霊以外の霊は見かけたことがないからな。本当に先祖が帰ってくるのかは疑問だ。ま、悪霊には良い霊が見えないだけかもしれないな。

「悪霊が見えるようになってからかな、よりそういうのを信じ始めたのは」

 除霊師になって迎えた初めての年。玉丸はこれまでずっと、家族と話せない悔しさと戦ってきたのだろうか。

「お墓参りには行ってもさ、話しかけたりするのはできなかったよ。もし父さんや母さん、結衣が帰ってきてくれたとしても、ズヂボウにまた殺されちゃうんじゃないかって思って。考えすぎかもしれないけど、生き残ったぼくには使命があると思ってるんだ。だから、安心して家族が帰ってこられるように、あの最悪な悪霊を祓うって決めた。ぼくが途中で挫けないように、祓うまでは家族に話しかけないっていう風にも決めたんだ」

 玉丸の後ろ姿からは、並々ならぬ覚悟と気迫を感じた。こいつはすごい。自分の復讐のためだけではなく、天国にいる家族が安心して帰ってこられるように、ズヂボウを祓おうとしている。

「絶対に祓うぞ、金次!」

「うん! って、え⁉ 名前……」

「いいだろ、そう呼ぶことにした」

「いや、いいけど、ちょっと照れちゃうな……」

 頭をかく金次。その姿を見て、俺は心の温度が少し上がった気がした。

俺は前にも増して、こいつを信じてきていると感じていた。だから名前を呼ぶことにした。

「お! そう言ってたら、近くでEPS反応が!」

「どこだ?」

 スマホを傾けた金次が、両手で拡大したり縮小したりしている。

「豊平川だ!」

 早速準備をして、二人で豊平川に向かった。

 到着すると、今日から夏休み、そして土曜日ということもあって、家族で川遊びをしている人間が結構いた。

 うーん、と金次が眉間にしわを寄せている。

「どうした?」

「いや、今目の前にあるこの川にEPS反応が出てるんだけどさ、悪霊いるかなって思って」

「本当にここで合ってるのか? 全然気配しないぞ」

「川の中に潜ってるのかもしれないから、ぼく、ちょっと見てくる!」

 水着を履いてきていた金次が、その筋肉を照りつける太陽の元にさらす。川に歩いて入っていくと、周りの家族連れが少しざわつく。

「きんにくまんだ」「すごいな、あの体」「ゴリラだね」

 ゴーグルを装着して、ザバ、と飛び込んだ金次が水中を泳いでいく。しばらくキョロキョロしていたが、川から上がり、「いないね」と首を横に振った。

 EPSはつっ立ちや飽馬が見ているはずだから、間違いようがないんだがな。

 そう思って俺たちが場所を移動しようと考え始めた矢先、

「たすけて——!」

という少女の声が遠くから聞こえてきた。

「おい、金次」

「うん、怪しいね!」

 俺と金次は急いでその場に駆け付ける。父親と母親で、必死に娘の腕を引っ張っているが、子供は何かに足が引っ張られているように水中から出てこない。

 金次が少し離れたところの水中に顔を沈め、様子を窺う。

「いた! 悪霊だ!」

 捏造海水パンツのスイッチをオンにした金次は、子供の足元で足を引っ張っている川悪霊の元に泳いでいく。もう子供は溺れる寸前だ。

「塩——掴み!」

 金次は海水パンツのポケットに入った塩を手に取り、その手で悪霊の実体をつかんだ。

 溺れかけていた女の子は両親の腕の中に引っ張りあげられた。俺は近づいてその子供の足首を確認してみると、しっかりと手で握られた跡ができていた。

 俺はすかさず川の中に入り、金次がつかんだ悪霊めがけて飛んでいく。

「邪指——壱」

「あっ——!」

 だが、腕をつかんでいた金次の手元から川悪霊が逃げ出してしまった。掴んでいた腕が水になり、川の中に姿をくらましてしまったのだ。俺の突き出した一本の指は、間抜けにも液体に一瞬触れただけだった。

 と、ここで俺は疑問を抱く。いくら水になれる悪霊とはいえ、俺の邪指が通用しないわけがない。たとえ液化できる悪霊だとしても、毒は効くはずだ。俺の指は一瞬、あの悪霊の体にたしかに触れ、そして毒を出した。なのに、悪霊が消えていく様は見えてこない。

「どういうことだ?」

「どうしたの?」

 隣の金次が聞いてくる。思えば、川悪霊は塩のついた手をすり抜けた。やはり、何かしらのからくりがあるのだろう。

 俺はビショビショに濡れた学ランと自分の顔にかかった水を鬱陶しく思い——、

「ん?」

 と、そこでおかしいと思った。俺は悪霊、つまり精神体だから水もすり抜けるはずだ。だから、学ランや俺の髪、顔に水がかかって濡れることは、ありえないのだ。

 しかし濡れるということは……。

 俺は試しに、玉丸が持ってきていたペットボトルの中身に触れようとしてみた。だが、やはりその液体には触れなかった。 

ということは、つまりこの『川』自体が悪霊ということ。珍しいケースだが、地縛霊ということだ。

正解にたどりついた俺は久々に濡れた髪をかき上げ、霊技を繰り出した。

「邪指——廿にじゅう

 さっきの接触では足りなかった毒の量を、足も含めすべての指から放出することで、川全体に行き渡らせるようにした。除霊師と悪霊にしか見えないだろうが、三十秒ほどで川全体がどす黒く濁っていった。

「うわあああああ!」

 すると少し横のほうで、川悪霊の悲鳴が聞こえた。痛くはないはずなんだがな。自身の体が灰になっていくのに驚いたか。

 まだ幼い顔をした川悪霊が、水面からひょっこり出てきた。俺は久々に泳いで移動し、人差し指、中指、薬指、小指の四本をそいつの胸に当てて聞いた。

「ズヂボウの居場所を知っているか?」

 俺の毒に蝕まれている川悪霊が、消える前に過去を見せてくれる。

 ——三年二組と書かれた教室。水筒やお弁当を持つ周りの子供たち。遠足と書かれた黒板。川の周りで遊ぶ子供と先生たち。入ってはいけないよ、と注意をする先生の姿。無視して飛び込む水面に反射した悪ガキの顔。水中に生える木に引っ掛かる服。口に入ってくる汚い川の水。岸にぼんやり見える先生と子供たち。だんだん遠ざかっていく声と意識。

 ときおり投げ入れられる石。楽し気な雰囲気で入ってくる裸足の人間たち。川に入ってくる小学生くらいの女の子。その足を引っ張る水のような腕。口から空気を吐き出し、もがく少女。ついに力を使い果たして水中に引きずり込まれる少女。溺死した顔。


「——知らないみたいだな」

 それにしても、悪霊にはやはりろくなやつがいない。自分が勝手に溺死しただけなのに、それをなんの落ち度もない人間にやってしまう。なんで悪霊はそうなってしまうのだろうか。

 もやもやした心をよそに、俺は出てきた魂を金次に放り投げる。

「ズヂボウのことは、やっぱり知らないんだね」

「ああ」

 やはり俺たちの方法では、ズヂボウの居場所を見つけるのは難しい。俺が百年も探して一度もかすったことがない為、今更な話ではあるが。

 川から上がった俺は、濡れた学ランを脱いだ。久々の絞るという動作に少し感動していると、俺の正面に立った金次が唖然とした様子で言った。口が『あ』の形になっている。

「実際に見るとやばいねそれ。ドーナツくらいかと思ってたんだけど、予想のはるか上を行く風穴っぷりだよ」

「まあな。おかげで急所が減ったともいえるけどな」

 俺の、穴が開いたというより元からそうだったような上半身は、万田広治にやられたときの傷跡だ。例えるならダイ〇ンの加湿空気清浄機みたいな感じ。

 金次は隣でバスタオルを腰に巻いて、海水パンツを脱ぎ始めた。とそこで、脱ぎ捨てていたズボンのポケットから着信音が聞こえてきた。

 慌ててパンツをはいた金次がスマホを手に取った。

「おい、ちゃんとズボン履いてからにしろよ、みっともない」

「だってさ、見てよ、珍田さんからだよ! 出ないともったいないじゃん!」

 スマホの画面を見せてくるブリーフ姿の肉塊。ここが川のそばじゃなかったら通報されてたぞ。

 もしもし、と電話に出た金次は、屈託のない笑顔で会話している。内容は想像するしかないが、前に病室で二人きりで相談した話の続きだろうか。

「うん、わかった! 仕度出来たら急いでいくね!」

 スマホを川原の石の上に置いた金次は、急いでズボンをはき、海水パンツを絞った。

「ぼく、今から早めのランチに行くから。ついてきちゃだめだよ!」

「お、おう」

 珍田との時間を邪魔されたくないのか、金次は分厚い手のひらをこちらに向けてくる。しょうがない、本当は尾行したいところだが、今日のところはやめてやろう。

 俺は帰って昼ドラを見ることにした。


 やった! ぼくは電話で珍田さんからの返事があったとき、思わず心の中で叫んでしまった。ギンには悟られなかったと思うけど、ぼくはこれから珍田さんと、もう一人の友達候補さんとランチを共にする予定だ。ギンと別れた後、ぼくは待ち合わせ場所へと向かった。

 学校からちょっと遠い、あまり馴染みのないファミレスにぼくは入った。

 席を見渡すと、窓際の席で珍田さんが立って手を振ってくれた。か、かわいい!

 隣にはこれまた美少女がおとなしく座っていて、ぼくが思っていた友達候補とは性別が真逆だった。もっと楽しそうな男子だと思ってた。まあでも、嬉しい誤算だ!

「こんにちは、珍田さん」

「こんにちは玉丸君。……えと、彼女は、柿久恵子ちゃん。今日の主役だね!」

「初めまして、玉丸さん」

「は、初めまして柿久さん!」

 つい美少女を前にするとどもってしまう。ぼくは二人の正面に腰を下ろし、とりあえず水を一口飲んだ。

 珍田さんと雑談をするが、どうしても隣の柿久さんの胸に目がひきつけられてしまう。珍田さんも中々のものを持っているが、柿久さんは更に上。凶悪だ。

 質量のある物が重力に逆らえないように、ぼくの目も柿久さんのおっぱいの前では無力。万有引力によってどうしても引き寄せられてしまい、制御できない。

「玉丸君、さっきから目が泳いでるけど、どうかしたの?」

「い、いや、なんでもないよ!」

珍田さんに怪しまれてきたので、ぼくは本題を切り出すことにした。柿久さんに話を振る。

「あの、柿久さんは、ドラマとかよく見るんですか?」

「はい」

「どんなのを?」

「朝ドラ、昼ドラ、夕方の再放送、夜のドラマまで、ほぼすべてですね」

 おお、それはすごい! こんな美しく可愛い女の子が、寝る間も惜しんでドラマに夢中になっているのか! これなら、ギンと話が弾むかもしれない!

「恵ちゃんはね、すごいんだよ!」

 珍田さんがなぜか前かがみになってぼくの耳元に口を寄せてきた。よ、よせ、寄せてきたのはお、おっぱいもだった! 白地のシャツブラウスから谷間が挨拶をしてくる。ここ、こんにちは!

「恵ちゃんはドラマの話をすると止まらなくなるの。だからあんまり突っ込んだことを聞くと面倒なことになるから、気をつけてね」

「な、なるほど」

「優ちゃん、なに話したの今?」

「う、ううん、何でもないよ!」

 なんとかごまかしている珍田さんの慌てようから察するに、相当語り尽くすタイプなのだろう。オタクといってもドラマオタクか、なかなか珍しいタイプの人もいるもんだ。

 ぼくはドラマのことはよしとして、もう一つの条件について聞いてみた。

「ちなみにその、悪霊は見えるんですよね?」

「はい」

「除霊師ではなくて、ただ霊視できる人ってことでいいんですよね?」

「そそ! 恵ちゃんは、除霊師ではないんだけど、霊感が生まれた時から強くて、霊が見える体質らしいの! ね、ピッタリでしょ⁉」

 ピッタリというのは、友達としてピッタリだということだ。もちろんぼくの友達ではない。ギンの友達として、だ。

前々から思っていたけど、ギンはドラマのことを話すとき、とても目がキラキラしているのだ。だけどぼくがドラマに興味がないから、いつも不完全燃焼、という感じで会話が終わってしまっていた。

 だから珍田さんに相談して、友達になってくれそうな人を探してもらっていたんだ。

「うん、ギンの友達にピッタリだと思うよ柿久さんは! さすがは珍田さん、すごいね! ありがとう!」

「ううん、そんなことないよ。でも、恵ちゃん人見知りなところがあるから、前から趣味の合う友達を作ってあげたいと思ってたんだよね。だから、玉丸君からの提案を受けたとき、すごい、ちょうどいいタイミングだ、って思ったもん! こっちこそありがとね!」

「……ありがとうございます」

 柿久さんも友達が少なかったようで、お互いの利益が一致したみたいだ。それにしても、頭を下げた柿久さんの重そうな胸が、テーブルにずっしりのしかかって、ブハッ!

「どうしたの玉丸君?」

「いや、なんでもないよ! こちらこそありがとうって思ってた!」

「よだれなんか垂らして柿久さんのこと見てたから私びっくりしちゃった」

「ご、ごめんなさい柿久さん、そんなぼく見てたかな珍田さん?」

「見てたよ、ちょっといやらしい目で」

「いや、違うんだよ珍田さん。ぼくお腹がすいちゃってさ! いつもぼくごはん前になるとよだれが出て変な目になっちゃうんだよね! アハハ!」

 珍田さんのじと目と柿久さんのキョトンとした目がぼくの心に突き刺さる。片方は追及する目、もう片方は何にも気づいていない純粋な目。ああ、なんてやましいことを考えてたんだぼくは! ぼくの変態筋肉バカ野郎!

 ぼくが内心自分を反省させていると、二人はメニューを注文し始めていた。今時はもうタブレット端末から注文するのが普通らしい。あんまりファミレスに行くことがないから知らなかった。

 ぼくもメニューを頼んだ。たくさん食べるんだね、と珍田さんに言われた。女の子の前で食べる量じゃなかったかな。ちょっと引かせてしまった。

 やがて料理が運ばれてきた。ウエイトレスではなく、配膳専用のロボットに乗せられて運ばれてきた。

「大変お待たせいたしましたニャ。お食事をお持ちしましたのニャ!」

 耳もついていなければ青色でもないロボが、なぜか語尾を猫のようにしていた。

 トレーをとると、「ごゆっくりどうぞなのニャ!」と言って帰っていった。

「面白いですね。今時のファミレスは」

 はにかんだ柿久さんの笑顔は、脳内保存しておこうと決めた。

 食事を済ませたぼくたち三人は、会計を済ませて外に出た。

「じゃあ、明日の十二時に札幌駅でね!」

「うん、じゃあね」

 柿久さんは別の学校ということもあり、ぼくと珍田さんとは別の方向に帰っていった。

 打ち合わせの結果、明日はぼくとギン、珍田さんと柿久さんの四人で映画を観て、その後遅めのランチを食べに行くことになっていた。

 ぼくも珍田さんと別れる道に差し掛かった時、珍田さんがぼくの袖をつかんだ。

「ねえ、明日さ。私やっぱり、玉丸君と二人でどこか行きたいな」

「え?」

 上目遣いの珍田さんは、いつにも増して妖艶な雰囲気を漂わせていた。その小さく整った顔を近づけてくる。

「ギンってああいう可愛い子好きそうだし、せっかくなら二人きりにしてあげようと思って。ドラマの話も、私たち二人がいないほうが盛り上がりそうじゃない?」

 た、たしかに。いやでも、うまくいくだろうか。

「そうかもしれないけどさ、初対面で二人きりって大丈夫かな? ほら、柿久さんも人見知りって言ってたしさ」

「大丈夫だよあの二人なら」

「そ、そうかな?」

 いつもは見せない珍田さんの少し強引な誘いに、正直ぼくは困惑していた。体を寄せてくる。お、おお、この感触は!

「そんなに心配? それとも、私とのデート、そんなに嫌なの?」

 いつの間にか手まで握ってきている! ああ、そんなに近づいて可愛いとか、反則だよ!

「嫌なわけないじゃん! 行く、行くよ、俺! 珍田さんと二人きりのデート!」

「ありがと、玉丸君!」

 ごめん、ギン。そして、天国の父さん母さん、結衣。好きな子とデートする日が一日くらいあってもいいよね! ズヂボウ探しは明後日から再開します! 燃えてきたああああ!


 夕方の再放送のドラマを見ていると、目をトロンとさせて口がふやけた筋肉が帰ってきた。

「ただいまぁ」

「どうしたそのニヤケ面。きもいぞ」

「ん? そう? ……ああ、そうそう。ギン、明日ね、サプライズプレゼントがあるから」

「サプライズプレゼント?」

「昼の十二時に、札幌駅の変な石のところで待ってて」

「あ?」

 サプライズプレゼント? それに札幌駅の変な石? 一体どういうことだ?

 何か企んでいる、ようには見えないな。金次の顔を見ると、五秒に一回の頻度でニヤケ顔になっているのが窺える。

こいつが今更俺を陥れるようなことをするとは思わないが、悪霊の俺にプレゼントを贈るなんてことができるのか? 物には触れないぞ。

「プレゼントってなんだよ」

「それは明日になってのお・た・の・し・み!」

 きめえ。素直にきめえ。

「大丈夫、ギンが日ごろから欲しがってるものだから、絶対」

「そんなもんあるか?」

 考えてみるも、特に思い浮かばない。強いて言うならズヂボウの首だが。

 まあいい、あいつが用意したものなら信用できる。というか、欲しいものか、なんだろう。

 俺はこれ以上追及せず、ワクワクしながら明日を迎えることにした。

 

翌日。今日から始まる朝ドラ『アレはナニ?』を見た後、今日の昼ドラを録画するよう玉丸に指示をした。わかった、と言いつつ、金次もなぜか外出する仕度を整えていた。

 珍しくジーパンに襟のついたシャツを着て、どこから引っ張り出してきたのか、ベースボールキャップまで被ってきた金次。何度も鏡の前でポージングを決めている。そのマッスルポーズは外でしないでくれよ恥ずかしいから。

「お前も外行くのか?」

「え? うん、行くよ。ま、場所は違うけどね」

「一瞬おしゃれしたお前が俺へのサプライズプレゼントかと思った。そうなったら地の果てまでぶっ飛ばすことになってたけどな」

「違うよ! ギンにはちゃんと嬉しいプレゼントが用意されてるから、心配しなくていいよ!」

 そんなに念を押されると、逆に心配になってしまう。

 十一時を回ったところで、俺と金次は同時に家を出る。金次は俺と反対方向に歩いて行った。

 地下鉄には乗らないから、俺は適当なスピードで札幌駅に向かった。ゆっくり向かったとはいえ、予定より三十分も早く来てしまった。

 それより、なんであいつはあの変な石の前で待てなんて言ったんだ? すでに待ち合わせしている若い人間たちが大勢いる。俺は駅の入り口のところからそれらを見てうんざりしていた。どうせならもっと人がいないところで待ちたかった。

 というか、待つって、なにをだ? 自分で言って疑問を感じた。

いや、待つといったら人だろ。人が来るのか? それとも、悪霊? 考えてもそれくらいしかなかった。

 ま、あいつがここを待ち合わせの場所に決めたんだから、俺がそこにいなかったら相手も困るだろうしな。

 俺はおとなしく変な白い石の前、ではなくその石の上に浮かぶことにした。ちなみにこのオブジェの正式名称は妙夢みょうむとかいったか。

 待つこと十五分。入り口のほうから歩いてくる有象無象の中から、ひときわ俺の目を惹く女が現れる。サラサラの黒髪を腰のあたりまで伸ばした清楚女子が、遠目から歩いてくるのが見えた。

「めっちゃ可愛いなおい」

 もしかしてあれが俺へのプレゼントかな。だったら後であの坊主を死ぬほどなでなでしてやろう。そんな妄想をしていると、

「ギンさんですか?」

 と近づいてきたその女が声をかけてきた。

 周りの人間は、上を見てひとりごとを言う美人に戸惑って俺のほうを見てくるが、当然何も見えないので首をかしげている。しかし、その俺の心を鷲掴みにした美人は、俺のほうを——いや、目をしっかりと見ている。目が合っている。

 まさか、本当にこの美女が俺へのプレゼントなのか。

「お、おう、俺はギンだ」

 急激に脈拍が上昇(脈も血もないが)した俺は、ドキドキしながらその子の前に降りて行った。

「よかった。一瞬人違いかと思いましたよ。あ、悪霊違いですかね」

 目を細めて口角を上げる。その笑顔の所作が、いちいち俺のハートを射抜いてくる。か、完全に堕ちた、俺はこの子に。今この瞬間。

「じゃ、行きましょうか」

「は、はい」

 成仁優女と会話したとき以来の敬語が出てきた。だが今日の敬語は意識して出したものではなかった。純粋に緊張してでた敬語だった。

今の俺は、俺が死んだ高校二年生の頃の心に戻っている。思わず手を心臓のあったところに持っていってしまう。もうないはずの心臓が、バクバク音を立てている気がした。

 しばらく緊張しながら歩いたなと思っていたが、いつの間にかマックの店内にいた。注文をする彼女の後ろ姿、いや、そのむき出しにされた足に見とれてしまっていた。美脚にもほどがある。

 商品を受け取って微笑みかけてくる彼女の後についていく。席に座ると、彼女はその小さな口を開いた。

「ギンさん、大丈夫ですか」

「え? は、はい。何がでしょうか?」

「あ、ギンさん、やっと聞こえたみたいですね」

「え?」

「歩いている途中に自己紹介やドラマの話をしたのですが、全然聞こえていなかったみたいなので」

「え⁉ そ、それはすみませんでした。感動して緊張して、なんにも考えられなかったんだと思います!」

 そんなに俺は緊張していたのか、恥ずかしい。

「じゃあ、もう一度お話ししますね」

 ニコ、と笑う彼女に、俺はもうメロメロだった。目が離れない。引力を感じる。

「私は、柿久恵子といいます——」

 彼女は喧騒の中でも透き通って聞こえるその綺麗な声で、自己紹介をしてくれた。

 話によると、彼女はドラマ友達が欲しかったらしい。そこに、友人の珍田から、悪霊でもいいなら、と言う話が来たそうだ。霊視ができたので条件に合うと思い、今日俺に会いに来たという。

 そしてその珍田からの話はどうやら金次が提案したものらしい。ナイス金次、珍田。お前ら大好きだ。俺は心の中でガッツポーズを作る。

「なるほど。たしかに自分もドラマをよく観ています。玉丸君に、あのシーンはこうだったよね、とか振るんですが、彼からの返事はいつも適当で、困っていました。ドラマのことを語り合える友人が欲しかったのは自分も同じです」

「やっぱりそうなんですね。わたしもそうなんです。家族にも友人にもドラマ好きの人があまりいなくて……。だから今回、ドラマ好きのギンさんと会えて本当に嬉しいです」

 それから俺は、マックのハンバーガーを口いっぱいに頬張る恵子さんのことをずっと見ていた。たまに視線を下にずらすと、大きなメロンが二つ熟しているので、思わず収穫したくなってしまった。

 昼食の後は、映画館に向かった。道中のドラマ話も、ものすごく合った。お互いに見ているドラマが同じにもかかわらず、恵子さんの考え方と俺の考え方が違うところもあって、すごく新鮮な気分だった。

 ドラマのことになると情熱的になる恵子さんも、やはり超絶可愛すぎてやばかった。語彙力が女子高生になってしまう。マジ半端ない。神。

 見る映画はもちろん今話題の映画などではなく、過去の月九のドラマの映画版だ。恵子さんも迷わずそのチケットを選んだ。

 席もしっかり二人分とってもらい、俺は久々の映画を堪能した。隣の恵子さんを何度もチラ見したのはここだけの秘密だ。

 本当に金次には感謝しかない。俺は映画館の赤いカーペットを歩く恵子さんの横顔を見てそう思った。可愛いし、綺麗だし、スタイルもいいし、声も好きだし、なによりドラマの話ができる。こんな素晴らしい相手を見つけてくれた珍田にも感謝だ。ありがとう。

 映画を観終わった後は、二人とも外の空気が吸いたくなって、札幌駅から出た。散歩することになったのだ。空は橙色に染まっており、真夏にしてはなんとも心地よい風が吹いていた。

 とはいってもここはコンクリートジャングル。灰色が支配する街は、歩いても歩いても人や車だらけで、恵子さんは少し疲れてきたようだった。

「ちょっとあそこの公園で休みたいのですが……」

 申し訳なさそうに言う恵子さんも、可愛い。水でも買ってあげたい。

「行きましょう」

 俺と恵子さんは暗くなり始めた、都会にしては大きめの公園に二人で入っていった。雰囲気も良い。カップルもちらほらいる。まさか目を閉じてもらってもいいですか、という展開になってしまうこともありえるのか⁉

 俺は自分が、好みの女を前にするとこんなにテンションが高くなるという事実を、今日初めて知った。


 ぼくは今、幸せの真っ只中にいる。なぜなら、隣にいるのが天使だからだ。

 ギンを送った後ぼくは珍田さんとの初デート(付き合ってもいないのだが)の待ち合わせ場所、すすきのに向かった。

 女の子とのデートは初めてで、何をすればいいのか、どこに行けばいいのか全く分からなかったけど、珍田さんはぼくを何気なくリードしてくれた。

 最初に入ったのがラーメン屋さんだったのはびっくりした。しかもけっこう匂いの強いラーメン屋さんだ。

 ぼくはラーメンが大好物だったけど、珍田さんもおいしそうに食べていたからきっとラーメン通なんだろう。

「珍田さんもラーメン好きなの?」

「うん、大好きなの!」

 大好き、というワードがラーメンに向けられているのにもかかわらず、ぼくは思わずニヤケてしまった。ラーメンを啜る珍田さんの横顔は、なんというか官能的だった。

 ラーメン屋の後は『極安の殿堂』と銘打った店に行った。普段すすきのに来ることはないから、この店も噂でしか聞いたことがなかった。

 各階には本当に何から何まで、いろんなものが売られていた。珍田さんは前から欲しかったという、ミニ扇風機を購入していた。ぼくはといえば、何も思い浮かばず、適当にマッスルと書かれた力こぶの形のストラップを購入した。

「なにそれー!」

 と珍田さんが笑ってくれたので、買った意味があったんじゃないかと思った。

 夕方になると、ぼくたちはカフェに入った。カフェなんて入ったことないのに、初めてでこんなに可愛い女の子と一緒に来ることができるなんて! 

ぼくはつい周りの様子を見ながら席についてしまった。みんなやっぱり珍田さんのことを気にかけているようだ。一つでも視線を外せればと思って、ぼくはさりげなく椅子の位置をずらして背中で珍田さんを隠した。すると、

「ありがと。気になってたんだ」

 と耳打ちしてくれた。ボフッ、と頭が爆発した気がした。

 コーヒーを飲みながら、学校の話や普段の何気ない話に花を咲かせていると、窓から見える外の景色が少しずつ暗くなってきていることに気づいた。

「そろそろ帰ろうか」

「うん」

 カフェを出た後、珍田さんは急に口数が減った。どうしたんだろうと思い隣を盗み見ると、両手の人差し指をモジモジさせていた。心なしか耳まで赤くなっている気がした。すると、

「玉丸君。……あのさ、ちょっと二人きりになれるところに行きたいんだけど」

 キャ―! つ、ついに⁉ いや、まだぼくたち高校一年生ですけど、しかも付き合ってないよね⁉ え、え? いいのか——⁉

 ぼくはぎこちない作り笑いで「うん」とだけ言った。


 恵子さんが公園の蛇口から水を飲んでいる。CMに出てきそうなくらいサラサラな髪を耳にかける仕草に、俺は思わず口を開けていた。そうしないと呼吸が止まりそうだったからだ。

 それから恵子さんがベンチに座ろうと言ってきた。移動して二人で座る。

 何も喋らない、ちょっと気まずい空気が続いた。俺はどうしたんだろうと思って、視線だけを横にずらした。

 恵子さんは深呼吸したり、指をモジモジさせたりしていた。心なしか、頬から耳にかけて赤く火照っているような気がした。恵子さんは緊張しているみたいだった。

 その時間が一分ほど経ったとき、いきなり恵子さんがベンチから立ち上がった。そして座っていた俺の顔をしっかり見据えてきた。

何か話そうと口を開きかけたと思ったら、目線をすぐに外してしまう。その動作を二回ほど繰り返す恵子さん。

か、かわいい。なんでそんなことできるんだ? 天才役者なのか?

「ギンさん。……あ、あの」

「は、はい」

 こちらまで緊張してしまう。何を言われるのか。

「ちょっとの間、目をつぶっててもらえないですか?」

 手のひらで顔を隠しながら言う恵子さん。指の隙間から見える顔色は、今にも火が吹き出そうなくらい真っ赤になっていた。

 そ、そういうことなのか⁉ ついに俺にも来てしまったのか⁉ モテ期というやつが!

「わ、わか、わかりまし、ました」

 あまりの緊張に俺まで噛んでしまった。やばい、これはやばい。今までは人間とそういうことをするなんて考えたことがなかったけど、たしかに霊視できる人ならあれもできるんじゃないか。そうだ、さっき肩が触れ合ったり、手と手が一瞬触れあったりしたぞ。ということはそういうことなのか。 

 俺は鼻の穴が膨らんでしまったのをごまかすため鼻をいったんつまみ、それからゆっくり立ちあがる。頬を赤らめる恵子さんのほうを見て目を閉じた。

 深呼吸する音。そして、ザッ、という公園の砂を踏みしめる音。俺の目の前にいるであろう恵子さんの息遣いが聞こえてくる。両肩に手が置かれる。や、やばすぎる!

「——死ね」

「え?」

 唇に柔らかい感触が来ると思っていたのに、ところがどっこい。俺の眼前にいるはずの恵子さんの位置から、聞いたことのない女の低い声がした。と同時に、俺の穴の開いた上半身になにかが貫通した感触がした。

 恵子さんが通り魔にでもやられたのか⁉ 慌てて目を開けると、そこにいたのは犯人でも恵子さんでもなく、仮面の女だった。

 そして俺の胸を貫いているのは仮面女の膝だった。膝を覆っているのは見覚えのあるお札。

 じゃあ恵子さんはどこへ行ったのか。その答えは、両肩に置かれた手が一度も離れていない

ことからすぐに明らかになった。

「私は柿久恵子。ギン、あんたを倒すために雇われた刺客だよ」

「……そうか。はぁ、そうだよな。こんないい話あり得ないと思ったよ」

 俺は飛び退り、仮面女と距離をとる。

 せっかくの超ど級美人が台無しじゃないか。好みだったのに……。俺はだいぶ悲しい気持ちになったが、俺の命を狙う相手ならと、頭を切り替えていく。

俺は仮面女のことを思い出す。

 最初に見たのは、交通事故悪霊を殺した時の走馬灯。次に見たのは、金次に化けて襲撃してきたときだった。そして最後は、ストーカー悪霊との会話の中で耳にした。お面をつけている除霊師が、俺に恨みがないか聞いて回っていたと言っていた。そういえばあのストーカーが言っていた特徴ともピッタリ合うな。

「あんた、その体はどうしたんだ? 驚いたよ」

 声色がまるで違う。さっきまでデートしていた恵子さんとは別人みたいだ。

「色々あってな。突貫工事したんだ。それよりお前、本当に恵子さんなのか?」

 フ、と笑った彼女がお面を少し外す。さっきまで見とれていた顔が露わになる。が、表情も作っていたようだ。さっきまでの可愛さが嘘のように消えている。……こっちが本来の柿久恵子というわけか。

「あんたは絶対に許さないと決めていた。だからこの場と、絶対に祓える状況を作り出させてもらった」

 なんだ? 俺は首の後ろがゾワゾワした。公園内を見回すと、なるほど、悪霊の気配が多数存在している。後ろ側に十匹、左右に五匹ずつ、そして正面にも十体。それにどの個体も強いのが分かる。よく集めたものだ。

「あんたに恨みを持つ悪霊たちだよ。ここにいる誰もがあんたを憎んでいる。私も含めてね」

「お前とは会ったことないぞ」

「たしかにあんたには面識がないかもな。私が一方的に見ただけだから。……あの、私の親友だったキーチを殺したのは絶対に忘れない」

「キーチ? 誰だ?」

「無理もない。あんたは無差別に悪霊を殺しまくっていたんだからね。私にとっての親友は今も昔も悪霊だけだったのに。それをあんたは意味もなく殺戮した」

 腹が立ってきているのが伝わってくるが、俺は別に悪いことはしていない。悪霊は総じて悪いことをしているから悪霊なのだ。例えまだ悪事を働く前の悪霊でも、将来的に悪いことをする可能性があるなら、殺して然るべき存在なのは変わらない。

他の悪霊はおそらく、仲の良い悪霊が俺に殺されたとか、出会った瞬間殺されるかもしれない恐怖を俺に常に感じていたとか、そんなくだらない理由だろう。実にくだらない。人を殺している悪霊が、敵討ちだとか死にたくないだとかほざかないでほしい。

「全くの逆恨みってやつだな」

 俺はあえて挑発する。すると、仮面越しにも聞こえてくる女の歯ぎしりの音が聞こえてきた。悪霊たちの表情も変わる。

 相当俺を憎んで生きてきたのかもしれない。だが関係ない。俺にかかってくる奴は容赦せず殺すだけだ。

「ギンを殺せ——!」

 柿久の指示により、憎悪が四方八方から押し寄せてくる。

後ろに退いた柿久はまだ仕掛けてくる様子がない。悪霊たちで俺を弱らせて、最後に祓おうって肚だな。万田のときと似ているやり方だな。まあいいか、とりあえず久々に暴れることにしよう。


——俺の周りに飛び交うハエどものレベルは、いつも道端で殺すやつらとは比べ物にならなかった。一匹一匹が相当強い。しかも数も多い。殴り掛かってくる拳の数も多く、霊技で遠距離攻撃を仕掛けてくるものもいた。火、水、雷、酸などが降って来る。

だが俺は全員の力量を見るために攻撃を食らい続けていた。ハエどもからすると、あたかもダメージが蓄積されているように見えたかもしれない。

全員の分析を終えた俺は、結論付けた。

「所詮俺以下だな」

束になっても勝てる相手じゃないということを教えてやろう。俺は悪霊たちに囲まれていた地上から、空中へと瞬時に移動する。眼下のハエどもは俺を見失ったのか、右、左、と首を回している。

「邪指——飛」

逆さになり、両手の十本の指を胸の前に構える。同時に体を捻じり、高速で回転する。そしてデコピンの要領で、連続で毒を弾き飛ばしていく。

悪霊たちの眉間に寸分違わず毒が命中する。

ジュ、ジュ、と毒が付着して、悪霊たちはどんどん灰になっていく。

全員の眉間に毒が当たったことを確認した俺は、回転を緩め、地上に降り立った。

「ふぅ」

 三十匹いたハエどもを、数秒で片づけた。そこら辺の雑魚とは違い、こちらの動きに反応して避けるやつもいたが、それはそれで面白かった。

「このサプライズプレゼントは誰が考えたと思う?」

 遠くで今の攻防を見ていた柿久が、急に唐突な質問を投げかけてきた。

「あ? そんなもん、お前かズヂボウに決まってるだろ」

 今更そんな質問をされても、わかりきっていることだ。ここまで仕組めるのはズヂボウだけだ。それに、万田のときのシチュエーションとほぼ同じ。大勢の悪霊で俺を囲い、弱ったところで俺を除霊師が倒す。そういう作戦。だが前回も今回も、俺を手こずらせるような強敵は一匹もいなかった。そういう意味では、ズヂボウも間抜けだといえる。

「ズヂボウも詰めが甘いよな、前回も今回も。結局俺を倒しきることができないんだから」

「違うよ。この作戦を考えたのは……ああ、そうか」

 身振り手振りを大きく使い、柿久がゆっくりと近づいてくる。

「分からないのも無理はないね。だって自分の過去の話をするくらい信用してるんだもの」

「あ? どういう意味だ?」

「このサプライズプレゼントを考えたのは、玉丸金次だってことだよ」

 ……は? 何を言ってるんだこいつは。馬鹿じゃないのか? 作戦が失敗した腹いせなのかは知らないが、負け惜しみにもほどがある。

「寝言は寝てるときに言うものだって知らないのか? ——金次が俺を嵌めるわけないだろうが」

「アハハ、ここまで信じ切ってるってすごいな。さすが玉丸さんだ」柿久は続ける。「玉丸さんは本当に演技がお上手だ」

 は? こいつは何を言ってるんだ? 玉丸さん? それに演技? バカバカしい。

それなら、あのつっ立ちとの命がけのバトルは演技だったというのか? あいつは死ぬ寸前までいったんだぞ。それに、あんな脳筋が俺を騙せるとも思えない。家族を殺された話だってとても作り話だとは思えない。

「残念だったな。その作戦には乗らないぞ。どうせそれもズヂボウの作戦なんだろ。これが金次の考えた策だ、と俺に聞かせて動揺させる気だろうが、そんなものは俺には効かない。あいつはズヂボウとは繋がっていない」

「動揺させる作戦? そんなことしてあんたを倒せるか? 違う、違うよギン。本当にこれは玉丸さんが考えたことなんだよ。もっと言えば、お前と出会ったときから玉丸さんはお前の命を狙っていたのさ、ズヂボウの差し金で」

 柿久がもう俺から二メートルの位置まで来た。不用意に棒立ちしている。戦う姿勢すらしていない。動揺させて祓おうってことでもないのか? なら、どういうことだ? 

ここで嘘をつく理由を俺は考える。だが、何も思いつかない。やはりただの負け惜しみなのか。

「信じないなら、証拠もあるよ。例えば万田広治との過去の話とか、あんたの死ぬ間際の話とかな。玉丸さんは面白おかしく話してくれたよ」

「ふざけんな!」

 玉丸金次という男のことを何も知らないくせに、勝手なことを言うな。

 パートナーを侮辱されて腹が立った俺は、仮面をつけた柿久の胸倉をつかんだ。

「あいつが俺の過去を言いふらすわけないだろ! 大体、そんな話はズヂボウだったら知っていて当然だ! 万田のことも、俺を殺したときも、あいつが関わってたんだからな!」

「フッ。……じゃあ、これはどうかな? 『銀が死ねばよかったのに』」

 ……なん、だと……。なぜその話をお前が知っているんだ?

 俺は驚きのあまり、柿久の胸倉から手を離してしまった。地面に降り立ち、服を払う女。

「驚くのも無理はないか。お前の兄貴が死んだとき、両親が夜中にこっそりしていた話らしいからな。この話は両親とお前、そして玉丸さんしか知らない話だ。だろ?」

 そんな……そんなはずはない……。金次が俺の過去を敵に言いふらすなんてあり得ない。きっと誰かが聞いていたんだ。……そうだ、病室で俺の過去を金次に話したときに誰かがこっそり聞いてたんだ。そうだ、それしかあり得ない、きっとドアの近くで誰かが盗み聞きして——

『絶対にあり得ない』

俺の腹の底で、闇が勝手に口を開く。

「……なんでそんなことがいえる……」

『お前は本当は分かっているはずだ』

「……やめろって……」

『病室では、俺の過去の話を誰にも聞かれないよう、細心の注意を払った。小声で、しかも周りに人の気配がしないときに、玉丸だけに話を聞かせた。だから誰かに聞かれたというのはあり得ない。玉丸が裏切ったんだ』

「違う、俺はそんな注意なんてし——」

『玉丸金次は裏切り者だ。ズヂボウからの刺客だ。お前を祓うために雇われたんだよ。最初からお前を灰にするためだけにな。それに、お前だって疑っていただろう?』

「……そんなことない……」

「何を一人で喋っているんだ?」

 柿久が口を挟んできた。

「……うるせえ。黙ってろ」

 俺は考えた。あの最悪な言葉と兄貴の死。そして両親と俺がズヂボウに殺された話を、誰かに聞かれる隙があったんじゃないか、と。

 考えろ、考えろ。あるはずだ、金次以外にも俺の過去の話を聞かれた瞬間が。

……あっ。あった。……もう一つ可能性があった。安心だ、これで金次が裏切り者じゃないということが証明できる。

「ズヂボウが聞いてたんだ。兄貴が死んだとき——俺の両親が愚痴を漏らしていた時に、偶然ズヂボウが俺の家で話を聞いたんだよ」

「フッ。まあ可能性はゼロではないな。たしかに話をズヂボウがたまたま聞いていた、ということも、あんたの頭の中ではあり得る話だ。だがそう反論してくると思って、あらかじめ決定的な証拠を用意しておいた」

 そう言った柿久は、スマホでどこかに電話をかけた。女の声が出たと思ったら、柿久はスマホの画面を俺に向けてきた。ビデオ通話だった。

「あら久しぶり、ギン。何年ぶりかしら」

「……。……。……は?」

 その画面に映っていたのは、まぎれもなくズヂボウだった。俺を殺した張本人。百年探し続けて一度も姿を見せたことのない最悪の悪霊、ズヂボウだった。

「じつはあなたに報告したいことがあるの」

 画面の向こうのズヂボウが、憎たらしい顔で俺の全身を舐るように見てくる。

「あなたのパートナーの玉丸くん。アレね、あたしのだから」

「何言ってるんだお前」

「あれ? 恵子に聞かされたんじゃないの? 玉丸君はあたしが雇った刺客だってこと」

「聞いた。……だから何だ。そうやって俺を動揺させる気か? 俺は自分の目で見たものだけを信じる。お前らが口で何を言っても無駄だ」

「そう。じゃあ、見てもらおうかしら」

 そう言ったズヂボウは「おいで、玉丸」と画面外に向かって手招きをした。

 嘘だ。金次がズヂボウと一緒にそこにいるわけがない。

 そう思ったのも束の間、画面外から歩いてくる影が一つ。

「ギン、悪いね、こういうことだよ」

 そこには正真正銘、玉丸金次がいた。隣にはズヂボウがいる。仲睦まじそうな視線を交わす二人が、画面の中に映っていた。

 ズヂボウがいるということは、金次が憑依されて操られているわけでもないということ。

 開いた口が塞がらなかった。

「ズヂボウにはちっちゃい頃お世話になってね。恩を借りたままなのは嫌だったんだ。だから、ギン、お前を祓えば一番の恩返しになる。そう思ったんだ。だからぼくはお前を祓う、何があっても。……あ、その顔、裏切ったぼくが憎いんでしょ。なら、殺しにでもくる? 万田広治のようにぼくも殺す? 来たいなら来なよ。それともぼくとズヂボウに負けるのが怖くて逃げる? まあ逃げてもぼくが追いかけて殺してやるけどね。アハハハハハ」

「上等だ。ぶっ殺しに行ってやるよ。首洗って待ってろ」

「それは手間が省けて嬉しいよ! じゃ、また後でね。逃げるなよ?」

 そこで画面が消え、電話が切れた。

 体が熱くなってくる。怒りのあまり、爆発しそうだ。殺す、殺す、絶対に殺す。俺を裏切りやがった! 絶対に許さない! ぶっ殺して後悔させてやる!

 俺はすぐに玉丸を殺しに行こうと公園から出ようとしたが、柿久が立ちはだかった。

「行かせると思った? 私は私であんたが憎いのよ。悪いけどここであんたを祓わせてもらうわ」

 柿久は距離を取り、懐から数枚のお札を取り出した。そして、

「影——あっ!」

「おまえごときに俺が倒せるとでも思ったのか?」

 俺は、仮面から覗く女の瞬きを見逃さなかった。目を閉じたその瞬間に距離を詰めた。お札を持っている両腕を強く握り、強制的に手を開かせお札を落とさせる。女の細い首を絞めながら持ち上げる。

「殺したい気分だが、人を殺すのは本来好きじゃないんだ。——眠ってろ」

持ち上げた手と逆の拳で、柿久のみぞおちを殴って気絶させた。俺は女を公園の地面に置き去りにし、玉丸のところへ向かうことにした。

「裏切り者は躊躇なく殺せるがな」

 怒りのままに上空を高速移動していると、大通公園のつっ立ちが見えてきた。ちょうど直線上にいた。 

 気にせず俺は横を通り過ぎようとしたのだが、つっ立ちに声をかけられた。

「ギン」

 思わず止まってしまった。こいつから話しかけてくるなんて思っていなかったからだ。

「お前、玉丸と一緒にズヂボウを倒すんじゃなかったのか?」

 まるで今から俺が玉丸を処刑しに行くことを知っているかのように感じた。

「あいつは裏切った。だから殺すことにした」

「そんなことだろうと思ったよ」

「やはり上空から見てたか。じゃあ、止めるなよ。俺は今最高に頭にきてるんだ。それにあの場にはズヂボウもいた。二人まとめて殺せば何もかも終わりだ」

 じゃあな、俺はそう言ってその場を後にしようとした。だが、

「待て!」

 巨大な手のひらが俺の進行方向を遮った。ズシン、と周囲を揺らすような大きな音が起こり、つっ立ちが座った。久々に見た顔が、俺と同じ目線にあった。

「玉丸が本当に裏切ったのか?」

「あ? そうだ。というかお前には関係ないだろ。どけよ」

「あの玉丸が裏切るとは思えない。あいつはズヂボウを本気で倒したがってた」

「なんだよお前。わかった口を聞くなよ。部外者だろ」

 俺は構わず行こうとするが、つっ立ちの腕が邪魔をする。

「部外者じゃない! ……僕も玉丸を知ってる。だから言える、玉丸が裏切ったなんてあり得ない。お前の勘違いだ」

「何をもってそんなこと言えるのかは知らないが、こっちには明確な根拠があんだよ!」

 事情を少しも知らないくせに、つっ立ちがしゃしゃり出てくるので、俺はさすがに腹が立った。それでもつっ立ちはなぜか引かなかった。

「明確な根拠? 言ってみろよ!」

 なんで関係のないつっ立ちが怒っているのかが理解できなかったが、俺は俺の考えをつっ立ちにぶつけた。

「あいつは俺の過去、秘密にしていたことを敵にバラしたんだぞ! そして俺を悪霊と刺客に襲わせた! ……それだけじゃない。さっきビデオ通話で、あいつがズヂボウと一緒にいるところを確認した。あいつは最初から俺を祓うために送られてきた刺客だったんだよ!」

「なにが刺客だ! 玉丸のことを何も知らないくせに!」

「あ? お前が玉丸の何を知ってるんだよ!」

「知ってるさ! 散々玉丸と戦ったからね!」

 戦った? ……どういう意味だ?

 ……ああ、たしかにあった。俺が玉丸とのパートナーを解消したときの話だ。俺は玉丸に二択を迫り、あいつはつっ立ちと戦うことを選んだ。

だがその時になにか言葉を交わしたということだろうか。俺が成仁優女とストーカーの事件に巻き込まれていた、あの半日の間で。

「あの半日だけであいつの何が分かったっていうんだ?」

 俺は一応聞いておくことにした。普段つっ立ちがこんなに感情を露わにすることがなかったからだ。こうまでさせるようなことがあったのか。

 つっ立ちは語りだした。

「……玉丸はあの日、僕に何度も殴り掛かってきた。もちろん痛くも痒くもなかったから、最初は相手にしなかったさ。でも、だんだんうざったくなってきたから、僕も反撃した。ダメージを与えて心を折れば、帰ってくれると思ったからね。でも、玉丸は帰らなかった。それどころか何度も何度も攻撃を仕掛けてきた。あんな攻撃じゃ僕を倒せないなんて分かっているはずなのに」

 塩で殴る、というのはたしかに雑魚悪霊には効く。だがつっ立ちや俺のような強い悪霊には効かない。それはあいつも知っているはずだ。

「夕方になるにつれ、僕はイライラが限界になってきた。いい加減に気絶させようと思って、何度も強めに蹴ったよ。でも何度やっても、どれだけボロボロになっても、玉丸は僕を倒そうと向かってきた」

 つっ立ちはなぜだか声を震わせていた。

「僕は死にかけの玉丸を何度も、これで終わりだ、と思って気絶させる威力で蹴った。でも、その度に、玉丸の記憶や思いが僕の中に入り込んできたんだ」

「お前も走馬灯が見えたってのか⁉」

「走馬灯かは知らないけど、とにかく玉丸の強い思いが伝わってきたんだ。必死にお前とパートナーを組みたがってることや、家族を殺された復讐のため、家族が安心して帰ってこられるように、ズヂボウを倒さなくちゃいけないこと。玉丸の過去のことも、お前をどれだけ信頼してるかも伝わってきた」

 つっ立ちは目に大粒の涙を浮かべていた。

「だから、そんな玉丸が……! お前を裏切るわけないだろう——!」

 話を聞いているうちに、さっきまで俺の頭を支配していた憎悪がどんどん薄まっていくのを感じた。俺を嫌っているはずのつっ立ちが、こんなに感情をむき出しにしてまで伝えようとしてくれた。

 それに、走馬灯——つまり記憶を見たという話にも、信じざるを得ないところがある。俺自身、人の心というのは、一番偽れないところだと思っているからだ。

「お前の話は分かった。人の内面の想いってのはそう簡単に他人がいじれるもんじゃないからな。信じよう」

 だがつっ立ちの話を信用できるといっても、それはそれ。こっちも強い自信があって玉丸を疑っている。どこまで行っても俺は、自分で信じたものしか信じられないのだ。だが、と続けた。

「玉丸しか知らないはずの俺の過去の秘密が、敵に知られていたのはどう説明できる」

「知らないよそんなの! 誰かが盗み聞きしてたんじゃないの⁉」

「……そんなヘマ俺がするわけないだろ。それにビデオ通話でズヂボウと一緒にいた玉丸のことも、俺はこの目で見てるんだ」

「それはっ……! 直接見たわけじゃないだろ! ビデオ通話なら細工はいくらでもできる!」

 細工、か。その可能性は低いと思うが、もちろんある。だが、そんな感じでもなかったんだよな。俺は俺の感じたものを直感で信じている。あれが嘘や偽装されたものであったとは思えない。

「とにかくお前の話は分かったし、信用した。だが、俺にも確固たる理由があってあいつが俺を裏切ったと思ってるん——」

「いい加減にしろよ!」

 ゴオッ。横から突風が来た。そう思った瞬間、俺は宙に浮いていた。しかし、飛ばされたわけではない。圧迫される感覚。正面にはつっ立ちの怒った顔面。俺は手のひらに握られていることを遅れて理解した。

「何すんだ」

「ふざけんな! お前はいつまで自分の殻に閉じこもってりゃ気が済むんだ!」

「……なに?」

「お前が人を信じられないのは知ってるけど、そろそろ変わるときだろ! 玉丸が広治兄ちゃんみたいな人じゃないって、ほんとは分かってるだろ!」

 握りしめられながらも、俺は言い返す。

「理解できないな。人は必ず裏の顔を持っている。信じていても、それが裏の顔で、表の顔が見えていないってこともある」

「なんにも分かってないんだなお前ってやつは——!」

 つっ立ちはふわっと俺を手のひらから解放した。だが次の瞬間、両手で挟み撃ちにされる。圧死しそうな威力。顔を真っ赤にしたつっ立ちが俺をにらみつける。

「いいか、よく聞けよ! 『信じあえる関係になるためには、まず自分からとことんまで信じぬかなければならない』んだぞ!」

「……は? 誰の言葉だよ」

「お前、知らないのかよ! チャミえもんの名ゼリフだろうが——!」

チャミえもんの名ゼリフだろうがチャミえもんの名ゼリフだろうがチャミえもんの名ゼリフだろうが——!

大通公園に木霊するその謎のセリフ。俺はその久しぶりに聞いた『チャミえもん』というワードと、眼前の一生懸命なつっ立ちの表情とのギャップを目の当たりにして、「ぷっ」と思い切り吹き出してしまった。

「なに笑ってんだ!」

 本気で怒っているつっ立ちが、俺にもう一度攻撃しそうになったので、俺は「わかったわかった」と言った。

「まず自分からとことん信じぬく、ね」

 俺は目の前のつっ立ちを見ながら、考えた。信じぬく、か。それは、『たとえ死んでも』ということなのか。

——そんなことが俺にできるだろうか。俺は兄貴が死んだあの日から、他人を信じられなくなった。それに悪霊になってからも、裏切られてきた。そんな俺が、誰かを信じぬくなんてこと、できるとは思えない。

 いや、違う。違うな。そうじゃないんだ。できるかじゃない、やるんだ。

 今変わらないと、きっと俺は、一生人を心から信じることができないまま終わってしまう。

これまでの人生、俺は自分で信じていると思っていても、必ずどこかで相手が裏切るんじゃないかと疑っていた。……そんなの、俺だって嫌だったんだ。

 本当は、俺だって、信じ合える人が欲しかったんだ。

 それが、玉丸金次であればいいと思ったはずだ。

今、俺はつっ立ちに言われてそれに気づけた。つっ立ちの言葉は、思ったよりも俺に染みた。

「分かった。お前がそこまで真剣に言うなら、やってやる。死ぬまで信じぬいてやるよ!」

 鼻をすすったつっ立ちが、樹齢一万年の木のような太い腕で目元をゴシゴシと拭いた。

「うん、分かったならいい。……ごめん、やりすぎた」

 握った指の跡がついた俺の体を見て、つっ立ちは謝った。

 それにしても、と俺は思う。つっ立ちのこんな姿は初めて見た。万田を殺したときもこんなに泣いてはいなかった。

それだけ玉丸の想いに共感したってことなんだろうな。そして、俺にも強く言ってくれた。

「ありがとうな」

 俺の口から、するりとそんな言葉が流れ落ちてきた。

 その勢いのまま、万田広治を殺してしまったことを、もう一度つっ立ちに謝った。

「いいんだ。僕も本当は広治兄ちゃんが悪いって分かってるんだ。ただ、あのときの僕はもっと子供だったから、殺したっていう事実だけが僕の中でぐるぐる消化できずにいて、それでギンに当たっちゃったんだと思う。僕こそ、ずっと無視してきてごめん」

 ずっと口をきいてなかったのに、喋り始めると今までの時間が嘘だったかのように会話できた。

 まだまだ話したい事が山ほどあったが、俺は行かなければならなかった。

「金次、待ってろよ。俺はお前を絶対に疑わない。お前を死ぬまで信じぬく、そう決めた」


 金次の鼻の中につけた俺の毒を頼りに、俺は金次の場所を特定し、その場所に向かった。そう遠くないところに、その廃工場はあった。

 近づくと、中から異様な雰囲気がするのを感じた。俺を祓うための用意が整っている、ということだろうか。

だが俺は決めた。金次が本当にズヂボウの仲間だったとしても、俺はあいつを信じる。信じぬく。脅されて仕方なかった、生きるためだった、家族のためだった。なんでもいい。理由なんかなくてもいい。でも、俺はあいつを信じる。そう決めた。

 雲がかかって、より一層暗い空。

俺は一度空を見上げた後、深呼吸した。そして不気味な雰囲気が漂う廃工場の入り口を、俺はすり抜けていった。

 屋内に入ると、廃工場内は明りに包まれていた。正面には、久しぶりに見る顔と、いつも見ていた顔が混じっていた。予想していなかった人物もいたので、正直驚いた。

 ズヂボウ、金次、そして珍田の姿もあった。珍田もズヂボウの仲間だったとはな。……ともかくズヂボウがいるってことは、やはり金次は憑依されているわけでもなさそうだ。

 俺はズヂボウと珍田には目も向けず、金次に話しかけた。

「おい金次、サプライズプレゼント、受け取ったぞ。ありがとうな、まさかあんな美少女とデートできるとは思ってなかったからよ」

「それはよかった。じゃあ、ちゃんとドラマ友達になれたってことだね?」

「いや、それが、ちょっと気が合わないところがあって、だめだった」

 話をする金次は、いつも通りの金次だった。だが少し素ではない気もした。こっちが素だったってことか。

「ギン。ぼくがこっち側にいること、指摘しないみたいだけどいいのかい? それに、僕の裏切りに対してもっと『ぶっ殺してやる!』って怒って来るかと思ってたよ」

 たしかにつっ立ちと会う前までの俺は、金次への殺意で満ち溢れていた。だが、今は違う。

「べつにお前に対してはもう怒ってない。——俺はお前を信じることにしたからだ」

「……は? 信じる? バカじゃないの?」

 そう言って笑う金次。

「ぼくはギンを殺すために送られた刺客なんだよ? それを信じる? バカなの?」

「バカじゃない。俺は本気で言ってるんだ。お前はどんな理由があるかは知らないが、そっちにいたくているんじゃない。本当は俺と一緒にズヂボウを倒したいんだ」

「まだこの状況が見えてないんだね、ギン」

「ああ見えないね。お前が本心からそっちにいたい、そう思ってないことだけはお見通しだけどな」

 そんな俺の挑発めいたセリフに、金次の雰囲気が変わった。

「じゃあ、思い知らせてやるよ」

 ズヂボウ、珍田は動かない。玉丸本人が祓え、というのが向こうの方針なのだろう。金次が勢いよく突っ込んでくる。

「塩——殴り」

 巾着袋に手を突っ込んだ金次の右拳が、俺の左頬にクリーンヒットする。やはり筋肉は伊達じゃない。俺は少しの間宙に浮いた。

「なんで抵抗しない……?」

 怒っている様子の金次が、当たった拳を見ながら言った。

「俺がお前を信じてるからだ」

「ちっ——」

 再び金次が俺のほうへ突進してくる。痛くはないが、ダメージは体に蓄積されてゆく。正直あまり食らいたくないんだが。

「塩——蹴り!」

「うっ——」

 左わき腹にもろに食らう。凄まじいスピードで繰り出された横薙ぎの蹴りは、俺の皮一枚で繋がるわき腹を分断するかと思うほどの威力だった。勢いあまって廃工場から飛び出てしまった。

「おいおい、お前飛ばしすぎだろ。というか、金次お前、めちゃくちゃ強いな」

 廃工場内にすぐに戻った俺は、金次に対して率直に思ったことを告げる。ガードしていないとはいえ、俺をここまで吹っ飛ばせる人間など、なかなかいない。左わき腹を見ると、半透明の体にひびが入っていた。修復は始まっているが。

「うるさい! ぼくはお前を祓うんだ! 反撃して来いよ! この負け犬が! 塩——連打ぁ!」

 猛烈なパンチが俺を襲う。これが他の誰かからの攻撃だったら、完全にブチギレて反撃していたところだったが、不思議と金次相手だと怒りが沸いてこない。それよりも一撃を食らう度に、こいつの今までの頑張りを褒めたくなってくる。

 ラッシュは続く。こいつの鍛え上げた体から繰り出されるパンチは重い。それをズヂボウに向けたかったに違いないのに、こいつはズヂボウに利用されて……。

 殴り続けるのも疲れたのか、拳が飛んでくるのが止んだ。肩で息をしている。俺の視界は既にほぼ塞がれている。

「お前、そのパンチ、本当はズヂボウに入れたかったんだろ? なんで俺なんかを殴ってんだ」

「そこまでやられて……まだそんな口が利けるのか?」

「なあ金次、俺はお前を信じてる。お前はズヂボウなんかに負けちゃだめだ。あそこにいる、あいつこそがお前の仇だろ?」

 指をさす先にはニタっと笑うズヂボウ。金次を自分の駒みたいに扱いやがって。

「はぁ、もういいよ、ギン。そんなにぼくを信じたいんなら、信じたままあの世に行けばいい。ぼくは正真正銘、ズヂボウの仲間なんだよ」

 優子、と呼んだ金次の元に、珍田がスタスタ歩いてきた。そして禍々しいお札を手渡した。『滅』と書かれたそのお札は、俺にも効く強力なやつだった。でも悔いはない。俺は今初めて、誰かを信じぬいている。

 金次がなんの躊躇いもなく、俺の首にそのお札を貼る。

「じゃあな、ギン」

「死ぬ前にもう一度言わせてくれ」

 ジジジ、と俺の首から音がしてきた。もう喋れるのも時間の問題かもしれない。焼けるような感覚がしてきた。

「——俺はお前を信じてる。ズヂボウを必ず倒せ。お前なら絶対できる」

 最期に言いたかったことを言えた。前の俺なら絶対にこんなことは言えなかったし、思いもしなかった。首が焼けていく感覚の中、俺は目を閉じて考えた。

 人を信じられない俺だったなら、きっと裏切った金次を殺していた。そしてズヂボウには逃げられ、送られてくる刺客と戦う疑心暗鬼の日々が続いていただろう。本当に、つっ立ちの一言がなかったら、俺はどうしようもないやつのままだった。

『信じあえる関係になるためには、まず自分からとことんまで信じぬかなければならない』だったな。少し遅かったかもしれないけど、俺は金次を信じることができた。信じ切った。だからもう悔いはない。俺はお前がズヂボウを絶対に倒すってこと、信じてるからな——。

 死ぬ前のひとときというのだろうか。それを味わった俺は、金次が今どんな顔をしているか気になって目を少し開けた。最期にお前の顔を焼き付けて逝きたい。

「うおおおおお——!」

 涙を浮かべた金次が、俺の首に手を当てていた。ベリっという音を立て、首からお札をはがす。その時、驚いた表情のズヂボウが、金次の中から出てきた。背中からするっと上空に出ていった。

「ギン! ギン!」

「な、なんて子なの、あたしの憑依を破るなんて」

 泣きじゃくる金次が必死に俺からお札をはがしてくれた。何が何だかわからないが、とにかく命は助かったらしい。金次が正気に戻った、ということか?

 首に手を当てると、みるみる再生していく。お札は除霊術と違って一旦はがすと効力を失うようだ。悪霊には剝がせないから、知らなかった。

「ギン! ギン! よかった生きてて!」

「あ、ああ。……どうなってんだ、一体」

 俺の視界には金次、珍田、そしてなぜかズヂボウが二人いる。

「ぼくは……ズヂボウに憑依されていたんだ……」


——話は一時間前、ぼくが珍田さんとのデートの終わりに、『二人きりになれるところに行こう』と誘われたところに遡る。


ぼくはてっきりピンク色の街の中を歩くことを想像していたけど、歩いている方向からして違った。珍田さんに案内された場所は、すすきのから少し離れた所にある廃工場だった。見た目もボロボロで、数年は使われていなさそうだった。

二人きりになれるところって、もしかしてここなのか? ……そう考えると妄想がムクムクと成長してきた。

「さ、入ろ」

「う、うん」

 珍田さんはまるで、勝手知ったる廃工場とでもいうように、すんなりと入り口の錆びた扉を開けた。ギギギ、とドアが鳴く。錆の臭いが漏れ出てきた。

ここがピンクのホテルだったら、入ろ、と言われた時点でぼくの頭は熱でショートしていただろうけど、正直ちょっと怖い気持ちも出てきた。

 不気味だ。先に入っていった珍田さんが何をするのか、ぼくは注視しながら足を踏み入れた。

 中は真っ暗で、人の気配一つない。しいて言うなら錆の臭いに混じって少し獣臭がするくらいだった。

「ごめん玉丸君、ずっと騙してたことがあるの」

「え?」

そう言った珍田さんは、後ろ手に扉を閉めると同時に、パチ、とどこかのスイッチを押した。電気だけはまだ通っているのか、廃工場の室内がだんだん明るくなっていく。

「多分今しかチャンスないと思うから、言っておくね。……私なんだよ、安言くんを殺したのは」

 ……は? アイウクンヲコロシタノハワタシ……って、どういう意味だ? 今、なんて言ったんだ?

「私のことを陰でバカにしてたみたいなんだよね、安言くん。私、自分の名前のことをからかわれるのは我慢ならないの、昔から。だから悪霊を脅して安言くんを殺したの。今までと同じようにね。……ごめんね、玉丸君。友達だったみたいだし」

「な、なに言ってるんだよ珍田さん……」

「そうだよね、何言ってるか理解できないよね。それに、こんなこと誰かに話したら、私殺人犯として逮捕されちゃうかもしれないしね。ま、その点は大丈夫。玉丸君にも死んでもらうからさ」

 いつの間に取り出した仮面を、珍田さんは放り投げた。

「もういらないよね、これ。今回でケリをつけるんだから。ね、ズヂボウ?」

ず、ぢ……。凍っていたぼくの喉がその言葉にだけは反応した。そしてゆっくりと、珍田さんの視線のその先に目を向けた。

「そんな……どうして、珍田さん」

 珍田さんは答える代わりに、ぼくが見ている相手のところへ歩いていく。そして肩をすくめるように手のひらを上に向けて嗤った。

「こういうこと」

「あら久しぶりじゃない、玉丸金次くん」

 歪んだ笑みを浮かべた珍田さんの隣にいたのは、ぼくが長年探し続けてきた家族の仇、ズヂボウだった。ズヂボウ、ズヂボウ、ズヂボウ、ズヂボウ——!

「ズヂボウォォゥッ!」

 いきなり現れた宿敵を前に、ぼくは怒りで我を忘れてしまう。左右の巾着に両手を突っ込みながら突進していく。

「あらら、あたしってこんなに嫌われてたのね」

「塩——殴りぃ!」

 ぼくの右拳は空を切る。ズヂボウは最小限の動きでぼくを躱す。もう一度殴り掛かろうとすると、ズヂボウは手を前に出して言った。

「まず話を聞いてちょうだい」

「話? そんなものする必要ないだろ!」

「まあまあ、そういきり立たずに、ね?」

 ぼくは構わず突進していくも、ズヂボウにはかすりもしない。ギリギリのところですべて躱されてしまう。体力が消耗していく。

ズヂボウはやれやれと首を振り、続けた。

「あたしと優子は、家族みたいなものよ。そして、ギンはあたしの天敵。あいつさえいなくなればあたしは自由に生きられるの。でも中々ギンは仕留められない。そういう日々が何年何十年も続いたわ」

「塩——突肩!」

「でもある日、万田広治という男が現れた。ま、この辺の話は聞いたわよね。あたしは万田を利用してギンを襲わせた。でも失敗した。風穴を開けることはできたけど、それじゃあ意味がないのよ。完全に息の根を止めなきゃね」

「塩——蹴り!」

「あたしは万田のような利用しやすい除霊師が出てくるのを待ったわ。でも、中々好都合な奴は現れなかった。基本的に除霊師は悪霊を憎んでいるから、あたしの言うことは聞けないって突っぱねるのよ。もちろんそんな奴らには死を与えたわ。でも、そんなうまくいかない日々を終わらせてくれる存在が出てきたのよ、最近ね」

「塩——頭突き!」

「それがあなた。玉丸金次くんよ。あたしが関わらなくても、あなたはあたしを倒すためにギンとパートナーを組みたがった。そしてギンもそれを受け入れた。これは利用するしかないと思ったわ。あたしが指図しなくてもうまく運んでくれるんじゃないかってね」

「塩——がっ!」

「もういい加減飽きたわ、あなたのその塩なんとかっていう体技は」

 ぼくが次の技を繰り出そうとすると、ズヂボウはぼくのみぞおちに見えないくらい高速のパンチを入れてきた。

 廃工場の汚い壁までぶっ飛ぶ。背中に強い衝撃が走る。背中とみぞおちが痛くてたまらない。

「優子、呼んでちょうだい」

「了解!」

 パンパン、と手を叩いたかと思うと、ズヂボウは物陰に姿を消した。

 そして十秒ほど経った。物陰から、ズヂボウと、知らない少女が出てきた。ぼくは目を皿にして、よくその子を観察した。なぜなら、妹の結衣にそっくりだったからだ。

「お、兄ちゃん?」

「……結衣なのか?」

 声までそっくりだった。というより、ぼくの小さい頃の記憶通りの声だった。その少女はぼくに向かって真っすぐ歩いてくる。

懐かしい顔が、ぼくにどんどん近づいてくる。

「結衣だ。……結衣……本物の、生きてる結衣、だ……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 信じられない……。だって、あいつはぼくの目の前で足や腕を折って、窓から飛び降りたはずだ……。父さんと母さんとあの日、天国に行ったはずだ。ズヂボウに、殺されたはずだ……!

「ほら、顔汚れてるよお兄ちゃん」

 しゃがみ込み、うつぶせに倒れているぼくの頬を拭いてくれる。そのひまわり柄のハンカチにも、見覚えがある。

「あ、あ……」

 ぼくの視界が、揺らめいて、ぼやけていく。

「もう、お兄ちゃんはいくつになっても泣き虫なんだから」

「ゆ、結衣! 結衣ぃ!」

 その笑顔と、優しさは、紛れもなく結衣本人のものだった。

 ぼくは思わず抱きしめた。結衣は戸惑うも、すぐに受け入れてくれた。懐かしい匂いがする。ぼくの自慢の可愛い妹、結衣が帰ってきてくれたんだ! 本物だ、本物なんだ、結衣は生きていたんだ——!

「あ、れ? ……でも……」

 おかしい、と思ってしまった。結衣のその小さい体に抱きついたせいで、気づいてしまった。ぼくは抱きついていた腕を離し、結衣の全身を見る。

「結衣、——まだ四歳なのか?」

 結衣が生きているなら、こんなに小さいままのはずがない。ぼくと二つ離れているから、中学二年生になっていなきゃおかしい。なのに、目の前の結衣はまるで成長していない。

それによく思い出せば、死んだあの日の服と同じじゃないか。そう気づいたとき、結衣の体に異変が起こった。

「お、にい、ちゃん……い、いた、いたい……よ」

 血がぽたぽたと床に落ちるのが見えた。ぼくは視線を上げる。

結衣の膝から下がギシギシと音を立てて捻じ曲がっていく。バキッ。肘から下もぐるぐると回る。ついには一回転してしまった。

「あ……あぁ……っ! うわあああああぁ!」

 あの日の出来事が、また目の前で実際に起こってしまった。目と鼻と口と耳から血を流す結衣が、倒れこみ、ぼくの肩にあごを乗せてきた。耳元で囁かれる。

「お、兄……ちゃ……、なん、で。なんで助けて……れなかった……の」

「や、やめろ……やめてくれ……」

——あの日の光景が徐々にフラッシュバックしてくる。父の変な笑い声、母が殴られる音、結衣の醜悪な顔……。もうやめてくれ、いやだ、いやだ、いやだ——!

お兄ちゃん助けてお兄ちゃんお兄ちゃんどうしてお兄ちゃん助けてお兄ちゃん見殺しお兄ちゃん助けてお兄ちゃんお兄ちゃん……。

「やめろ、やめろおおおお!」

「あら思ったより壊れるのが早かったわね」


「——まあそんなことがあって、ぼくはズヂボウに憑依され、操られていたんだ」

「そうだったのか」

 金次がズヂボウに憑依されていたことは分かったが、ズヂボウが二人いることの説明にはならない。俺は目をこすってもう一度前を見た。自分が死にかけたせいで幻覚を見ているのかと思ったからだ。だがそこにはしっかりとズヂボウが二人いた。どういうことだ。

 金次から出てきたと思われるズヂボウが珍田に言った。

「優子、もういいわ、そいつ消して」

「わかった」

 珍田がフッと息を吹きかけると、もう一人のズヂボウの姿が変わった。

「誰だあれは?」

 全然知らない悪霊が現れた。もしや、変化能力を持っているやつなのか?

 俺の疑問を拾ったのか、ズヂボウが言った。

「もうバレちゃったから言うけど、あれは恵子のパートナー、変化悪霊よ。あたしが玉丸君に憑依したのがギンにバレないように、もう一人あたしが必要だったの。もう要らないけどね」

 そうか。たしかに俺はビデオ通話の時もここに来たときも、ズヂボウがいたから、玉丸が憑依されているという可能性をハナから消してしまっていた。それにあの悪霊、柿久恵子のパートナーというのも頷ける。俺が玉丸の家で偽玉丸に攻撃を仕掛けられたときも、そいつの能力を使ったんだろう。ズヂボウが続ける。

「それと、今回の作戦では、本当は怒り狂ったギンが玉丸君を殺すはずだったんだけどね。そうしたら憑依していたあたしが出てきて、ネタばらしをする。本当は玉丸君は純粋にあたしを祓いたい人間で、ギンは無実のパートナーを殺してしまったのよ、とね。動揺するギンは必ず隙をさらす。そこで優子が祓う、という予定だったのよ。……なのに、なぜかギンは殺意を完全に喪失していた。邪魔が入ったのかしらね……」

 ズヂボウの作戦は恐ろしいものだった。実際、そうなっていてもおかしくなかった。もし俺がつっ立ちに出会っていなかったら、確実にその作戦にはまっていただろう。

 変化を解かれた柿久の悪霊は、自分が消されることを察知して、地面に潜って逃げようとした。だがそれをズヂボウも珍田も止めようとはしない。落ち着き払って、まるで逃げることを容認しているように見えた。

「優子、早くやりなさい」

「はーい」

 しかし、そうではなかった。

 珍田が半透明の、悪霊の体の一部のようなものを懐から取り出し、それを握りつぶした。

「祓印——遠」

 すると手に握られていた半透明の物質がみるみるうちに灰になっていった。少しすると、逃げた悪霊の気配がさっぱり消えたのが分かった。除霊されたのか。

「はい、完了!」

 笑顔で敬礼のポーズをする珍田。ズヂボウは満足そうにうなずいた。

「さて、邪魔者も消したことだし、さっさとやっちゃいましょうか」

「うん! やっちゃおうー!」

 こちらに向き直り、戦闘態勢をとる二人。ズヂボウも今回で決めるつもりなのだろう。軽い言葉とは裏腹に、俺を射抜く眼光は鋭い。俺は金次の肩を借りて立ち上がる。

「ごめんギン、ぼくのパンチが効きすぎてるみたいだね」

「バカ言え。あんなへなちょこパンチ、なんぼくらっても痛くも痒くもないわ」

「そうだったの⁉ さっきはめちゃくちゃ褒めてくれてたのに⁉」

 今二人に襲い掛かられたらあっさりとやられる状況だというのに、不思議と俺には危機感が生まれなかった。隣に立っている頼もしいパートナーのおかげだろうか。

「ずいぶん余裕そうだけど、状況分かってるわよねえ?」

「こっちは無傷、そして強い二人に対して、そっちはダメージ食らいすぎてろくに動けないバカな悪霊と、パンチを振り回すことしか能のない肉塊だってこと、分かってる?」

 普段の様子からは一変してしまっている珍田が、ズヂボウの言葉をより分かりやすく説明してくれる。

「分かってる、そんなことは」

 それでも、今の俺たちなら負けない気がした。理由はないけど、理屈じゃないんだ。そんな気しかしない。俺たちは負けない。

「やるぞ、金次」

「おお、やろう、ギン!」

 ぼろぼろの二人で立ち上がり、向かって正面に立つ悪霊と悪人との戦闘が始まろうとしている。正直俺はダメージを食らいすぎて、体が思うように動かない状態だ。俺がズヂボウを速攻で倒せば終わると思っていたのだが、そうもいかない。どうやって勝とうか……。

 どっちが仕掛けてくる。そう思った矢先、ズヂボウが動き出した。空を蹴り、一直線にこちらに向かってくる。

「あたしは悪霊を倒せないからね、人間をやるわ」

 隣の金次に向かって凄まじいスピードで突っ込んでいった。

「があああ」

 コンクリートの地面に靴を滑らせながら、金次はズヂボウの攻撃を食い止める。常人なら腕がもげているだろう。それほどズヂボウのタックルは重く、強い。

 後ろの金次の心配をしていると、迸る殺気を背後から感じた。振り向くと、珍田が俺に向かってきていた。いつもの優しい表情はなく、狩人の目をした珍田が襲い掛かって来る。

「私はギンを祓う!」

「なめるなよ。お前に俺を祓えると思ってんのか?」

 両手の人差し指を交差させた珍田は、その指先に霊力を集中し始めた。俺との距離が縮まっていく。

「祓印——刻」

「うあっと!」

 避けるまでもないとギリギリまで動かなかった俺は、その技の危険を直感し、横に飛んで避けた。おそらくあれが当たっていたら、俺の体は一瞬にして灰になっていただろう。

「避けて正解だよ」

 凄まじいエネルギーを発する珍田の指からは、煙のようなものが出ている。

「そんな強力な除霊術を使えるとは知らなかった」

 なめていたとはいえ、避けると判断してからの俺の体の反応速度がいつもよりのろかった。金次に受けたダメージが相当来ているのだろう。あまり逃げ回っている体力はなさそうだ。だが人間を殺すわけにもいかない。

「この状況は相当ヤバいな」

 金次のほうも期待はできない。いくら筋力があっても、ズヂボウの動きにはついていけない。当たらなければ意味がない。逆に、ズヂボウの攻撃で金次が死ぬこともそうそうないだろうが、やはりガードする腕が上がらなくなったら、やられてしまうだろう。あっちも短期決戦に持ち込まないと勝機がない。

「祓印——波」

 相棒の戦況を分析していると、珍田がかかってくる。今度は避けても追って来る放出タイプだ。バッテンの形をした光る霊力が時速二百キロほどで飛んでくる。

「うわ! ほえ! やべ! どぎゃ!」

 かろうじて避けるも、俺の息はどんどん上がっていく。どうやって珍田を無効化して金次のところに応援に行けるかを考えようとするも、思考がまとまらない。それほどまでに珍田の除霊術は強力だ。

「波! 波! 波! 波ァ!」

 徐々にかするようになってきた。髪がジュっと燃え、わき腹からも焦げたにおいがしてきた。痛くはないが、確実に追い詰められてきた。

 だが、急に珍田は動きを止めた。あいつも所詮人間。俺を追いかけ回すので体力を消耗したようだ。肩で息をしている。

「どうした? もう終わりか?」

「はぁ、はぁ……。うるさいな。そんなに終わりたいなら、終わらせてやる」

 また胸の前で指を交差させる珍田。同じ攻撃を繰り返そうとしているのか。とそう思ったのだが、

「祓印——念!」

 ズキッ、と膝の裏に痛みを感じた。思わず膝が落ち、正座の格好になってしまった。何をした? そう思ってそこを見ると、破れたズボンの隙間から、薄っすらとバッテンマークが覗いていることに気づく。

「お前、それはずるいだろ」

 まさかとは思ったが、直接俺の体内に除霊術をかけてきたのか。威力は決して強くはないが、着実に体の内部が削られていく。

 息を切らしていると、珍田の奥で戦う金次とズヂボウの姿が目に映る。ズヂボウが押している。金次は防戦一方か。とにかくズヂボウの手数がすごい。まるで腕が意志を持った蛇のようにしなっている。金次のむき出しの肌から血が滲み始めている。音も痛そうだ。

「よそ見してんじゃねーよ! 祓印——刻!」

 珍田が祓印をまた直接狙ってきた。今度もなんとか避けたが、そろそろ本当に足がついていかない。やばい。肩、太もも、頬にかすりながらも、なんとか致命傷は避け続ける。

俺は後ずさりながら、珍田の攻撃を避けていく。だがだんだんと避けきれなくなってくる。後ろを瞬刻覗き見ると、同じように追い詰められている大きい背中が見えた。ボロボロの俺たちは、猛攻をなんとか凌いでいた。やがてお互いの背中が近づき、金次と背中合わせになった。

「おい金次、大丈夫か」

「いや、正直やばいね、これは」

 珍田の技が飛んでくる。俺はそれを躱し、後ろを盗み見た。すると、笑顔のズヂボウが余裕の表情でラッシュしていた。それをギリギリさばき続けている金次。ズヂボウはきっと遊んでいるに違いない。

 俺のほうもかなりやばい。バッテンを作り向かってくる珍田の攻撃を今度は避けられない。避けたら後ろの金次に当たってしまうからだ。俺は避け続けるのを無理だと悟り、珍田の直接攻撃に合わせて蹴りを入れた。

「祓印——うっ!」

 顔面すれすれを通る珍田の腕。それを仰け反って躱し、右胴に足の甲を入れ込む。珍田は横に吹っ飛んでいく。

 死なないように手加減したが、かなり痛そうだ。壁に激突した。よろよろと珍田はわき腹を抑えながら立ち上がる。

「いってーなぁ」

「ぐあああっ!」

 珍田が呟いたとほぼ同時に、俺の背中から金次の声がした。

「金次!」

 振り向くと金次は力なく寄りかかってきた。俺はそれを受け止める。鼻血を垂らし、ぐったりしている。まだ意識は飛んでいないが、重症だ。ズヂボウの拳の跡がくっきり体中に残っている。

「ギン……ぼく……死ぬのかな……?」

「バカ! 死ぬかよ! ……死なせてたまるか!」

 弱音を吐く金次を鼓舞する。こんなところで死なせてたまるか。できるならこの体、俺と交換してやりたい。悪霊の俺ならどれだけ殴られても痛みを感じることがない。

 それ以前に、俺がダメージを受けていない状態だったなら、すぐにズヂボウをぶっ殺して二対一で珍田を仕留められたんだがな。だがそんなことはできそうにない。まさに満身創痍だ。

 追撃をやめたのか、ズヂボウと珍田は俺たちから少し距離をとった。

「アハッ。あなたたち、もう死にそうじゃない」

「そうね。干からびる寸前のミミズみたいだわ」

「ミミズってあんたね……」

 ワハハハハハ、と爆笑するズヂボウと珍田。

「さ、とどめを刺してあげようじゃない」

「うん」

 二人が悪魔のような顔をしてこちらに近づいてくる。俺は抱きかかえた金次を見て思う。ちくしょう、ここで終わってしまうのか——。

 両手を交差させ大きなバッテンを作った珍田と、憑依体制に入ったズヂボウ。それぞれが技を繰り出した。

「祓印——」

「憑依——」

 俺たち二人の命を今まさに刈り取ろうとしていた——その時、

「なんだ?」

「え? ……すごい……」

 凶悪な面をした二人が目の前で止まった。時間が止まったのか? 一瞬そう思ったが、そうではないとすぐに分かった。なぜなら視界から二人は消え、脳内が走馬灯を映し出し始めたからだ。

「自分の走馬灯は初めて見た」

「これ、ぼくの記憶だ」

 走馬灯のように流れる記憶が、一瞬にして通り過ぎて行った。

 生き残るために見ると言われている走馬灯だが、俺は意味がないと思っていた。毎度悪霊を倒すとき、俺の手から逃げられたやつがいないからだ。だが、俺の場合は違った。一つだけ試してみたいことが見つかった。もしかしたら起死回生の一手になるかもしれない。

「これ、金次の過去か……?」

「これはギンの過去……?」

 俺の過去を見終わったと思ったら、今度はなぜか金次の過去も流れてきた。隣の金次も同じようだ。

 どうやら二人は自分の走馬灯と、相棒の走馬灯の両方を見られているらしい。今、俺には玉丸金次の過去、金次には島鳴銀、そしてギンの過去が見えている。

 瞬きも息をすることも憚られるほどのスピードで流れる過去。それらが流れ去って、今に戻ってきた。絶命するほんのコンマ一秒前。そして——、

「死んでたまるかああ!」

「おらああああ!」

 俺と金次は眼前の脅威に立ち向かっていた。祓印の構えをして突っ込んでくる珍田を金次が、憑依しようとしているズヂボウを俺が抑えた。

「なっ! まだ動けたの⁉」

「しぶといわね!」

 走馬灯を見たことで、俺たちの中に、この状況を脱する可能性を見つけた。だから最後に力を振り絞って二人を止められた。

「ぼく、もう限界だと思ったのに……動けてよかった……もう限界」

「俺もだ。電池切れそうだ……あ、やばい」

 俺たちは互いに寄りかかるようにして座っていた。

「フッ、最後の悪あがきだったみたいね」

「まだ動けるなんて、ちょっとびっくりしちゃった」

 口角を上げて怪しい笑みを浮かべるズヂボウ。全然驚いていない珍田。なんでもいいが、二人が今手を止めた。俺は隣の金次に目配せし、『やるぞ』と合図した。

 金次もうなずいた。伝わったみたいだ。

 走馬灯を見た中で、使えそうな情報があった。昔、飽馬が語っていた伝説のことだった。飽馬の家で、飽馬と万田が酒を飲みながら話していた。

「今から千年前、伝説の除霊師がいたって言われてるわ。その除霊師は悪霊という悪霊を次から次へと祓っていった。敵なしだったらしいわ。でもある時、そんな伝説の除霊師が、何でもない雑魚悪霊を祓えなかったことがあった。周りの除霊師たちはどうしたんだ、と聞いた。その除霊師は答えた。『喧嘩しちゃったから』。これがどういう意味か分かる? その除霊師はね、信頼できる悪霊とパートナーを組んでいたのよ。伝説の除霊師によると、『自分は霊力が無い人間だったから、悪霊をまとうことができた』んだって。どう? 信じる? この話」

「うーん……正直あまり信じられないかな僕は。つまり逆憑依ってことでしょ?」

「うん、そゆこと。その後試す人が当然現れたんだけど、結果は失敗ばかり。霊力のある除霊師には悪霊は入れなかったし、霊力のない除霊師も、結局は人間の体が欲しい悪霊に利用されただけだった」

「利用されたって?」

「うん。そのまま意識を乗っ取られて、体だけ悪霊に奪われることになったそうよ。おー、こわっ」

「なんかそこまで具体的だと、ちょっと本当かなって思っちゃうよ。信頼できる悪霊がいないとできない芸当だったってことね。他にできる除霊師がいなかったから、そいつは伝説の除霊師と言われるようになったんだね」

「そーゆーこと。で、あたしが今それを二人の前で話したのは、もし広治が霊力無かったら、あんたたちも逆憑依できるんじゃないかって思ったからよ。二人とも信頼し合ってるし、ギンも広治の体を乗っ取ったりするとは思えないしね」

「信頼してるのは間違いないな。俺が広治の体を乗っ取るのはあり得ない」

「僕ももしできるんだったら、やってみたいな。ギン以外だとできないと思うけどね」

「んもう! あたしの前でのろけ合うのはやめてって言ったじゃない~」

「「のろけてないわ!」」

 ——その走馬灯を見たとき、俺は確信した。これは今の俺たちならできる、と。そして、きっと金次も分かったのだ。もし今の状況を打破できるとすれば、これしかない、と。

「金次、見たよな」

「うん、あれだけなんか、特別印象に残った」

「ならお前、俺に憑依してみろ。霊力のないお前なら、できるはずだ」

「で、できるかな、ほんとに……。塾長の作り話だってことない?」

 たしかにあの時飽馬は酒を飲んでいた。……もしや作り話、なのか? いや、ここで疑ってどうする。走馬灯は生き残るための活路を切り開くために流れるものだ。信じるしかない。

「大丈夫だ。お前ならやれる。霊力がなかったのも、この時の為だった。俺はそう思うぞ」

 ふぅ、と息を深く吐き出す金次。

「わかった。ギンが信じてくれるなら、ぼく、やってみるよ」

「憑依のコツは相手に覆いかぶさるんじゃなくて、相手の中に入るイメージだ」

「うん、わかった!」

「やるぞ!」

 こちらの会話を律義にも待ってくれている二人の敵は、俺たちの試みをニヤニヤしながら見つめている。

「し、失敗したらどうなっちゃうかな?」

「木っ端みじんだな」

「バ、バカ言うなよ!」

「行くぞ」

「うん」

「なにしてるのかしら」

「さあ? とにかく面白そうじゃない?」

『『逆——憑依!』』

 俺の背中から、金次が体の中に入ってくる。いつも俺から憑依しているときの感じとは違い、くすぐったい感じがした。溶けて混じり合っていく、そんな感じだ。

意識が一瞬遠のく。——そして、目を開いた。

「なんなの⁉」

「まぶしっ!」

 視界には、目を押さえているズヂボウと珍田が映った。

「光ったみたいだね」

『そうだな』

 ん? なんだ?

 金次の声が自分の口からしたことに驚いた。それに、俺の声は喉から出ないことにもだ。本当に逆憑依、ということなんだな。俺は自分の体を見てみる。いつもの学ランに、半透明の手。だが動かそうと思っても指一本動かない。完全に金次の支配下にあるということだ。

「おおー! すげー!」

 俺の意思とは関係なく、俺が小躍りしたり、飛び跳ねたりしている。

『やめろよ金次、恥ずかしいだろ』

「いいじゃん! 力も漲ってるしさ!」

『そうか? ダメージは残ってるだろ』

「ダメージ? ああ、このちょっとだるい感じのこと?」

 金次はその場で肩を回し、準備運動も兼ねてジャンプした。すると、まるで月でジャンプしたかのように高く飛び上がった。ダメージも無さそうだし、何より力が何倍にも膨れ上がっている。

さっきまでの俺と金次は、ボロボロだった。なのに逆憑依した途端、なぜか受けたダメージがほぼ消えてしまった。俺たちが受けたダメージが、ただのだるさ程度になっている。

「あんたたち、何をしたの⁉」

 ズヂボウが声を張る。

「逆憑依さ! ま、ぼくたちにしかできない芸当だろうけどね!」

「逆憑依? なによそれ?」

「いいよズヂ! ただ弱った二人が一人になっただけだよ。さっさと潰しちゃおう?」

「……それもそうね。じゃ、行きましょうか」

 ズヂボウと珍田の顔つきが変わった。再び戦闘が始まる合図だ。

「まず私から行く」

 珍田が両手のすべての指を交差させて、先ほどとは比べ物にならないほどの霊力を手に集中させて走って来る。俺はこのエネルギー量はまずいと思った。さっきまでの珍田の除霊術でさえ、食らったら一発KOという感じだったのに、今の珍田のあれは相当ヤバい。だが、

「今なら受け止められそうな気がするよ」

 この場に似合わない楽観的な声音で、金次が喋る。宣言通り、金次は俺の体を動かそうとはしなかった。ただぼうっとつっ立っているだけだった。

『おい、マズいんじゃないのか⁉』

 金次は無造作に右腕を前に突き出した。

「祓印——凶!」

 計り知れない霊力が詰まった珍田の両の手が、俺の手のひらに当たった。

 だが、シュウ、と音が少し出ただけで、すべての勢いを無効化させてしまった。

「——っ! なんで⁉」

 動揺する珍田。あれだけの霊力だ、よほどの大技だったのだろう。

 だがこちらは何一つ小細工をしていない。ただ、力で止めただけ。

「ごめん珍田さん、ちょっと寝ててね」

 金次は珍田の頬に裏拳をお見舞いした。吹っ飛び、ガン、という衝撃と共に珍田は気を失った。

 俺はその異常なまでの強さを自身で体感して、気づいた。お互いのダメージが消えて、ただのだるさになったカラクリ、そして急激にパワーアップした金次のことについてだ。

 まずダメージがほぼなくなったこと。それは、俺の体——つまり悪霊の体は、痛みを感じないから。金次が抱えていた痛みは、俺の体に憑依したときに消え去った。

そしてパワーアップ。逆憑依したことによって、金次は一時的に肉体を失った。今まであった鎧のような肉体が急に無くなり、精神体——つまり重さがない体になった。重さがある中であれだけの動きができる金次から、重さを取っ払った。つまり、金次は身軽になったことで、肉体があったころの何倍もの速度、力を出せるようになったということだ。 

「フッ。死にぞこないの二匹が合体しただけじゃない。優子は倒せても、あたしには通用しないわよ」

 長髪を垂らしたズヂボウが殴りかかって来る。右、左、右、左。今ならその攻撃がスローに見える。俺は最小限の動きでパンチを躱す。

 お返しとばかりに、自分の目でも残像しか見えないパンチをズヂボウの顔面にお見舞いする。

「ぐえっ!」

 一歩後退したズヂボウは顔を手で押さえている。その目にはまだ鋭い光が存在している。

「……たしかに強くなったみたいね。でもね、あたしにも策はあるわ」

 そう言い、ズヂボウはコンクリートでできた地面を見た。直後、ボコボコと床から何かがでてきた。

「なんだなんだー⁉」

 金次がそう叫ぶのも仕方がない。あたり一面のコンクリートの地面が膨らんだと思ったら、そこから穴をあけて、犬やら猫やら虫やらが、ワラワラと大量に出てきたからだ。

「うわっ!」

 その動物や虫たちの目は異様に赤く光り、こちらに敵意をむき出しにしている。

 ズヂボウはニヤッと笑い、俺たちに向かって一歩距離を詰める。

「これがあたしの真骨頂、憑依——散!」

 動物や虫たちが、俺の体をとり囲むように大きな円を作る。薄っすらとしていた獣臭はこいつらが原因だったのか。

「憑依って分散できるものなの⁉」

 金次が俺の口から言った。

『いや、こんなことができるのはズヂボウだけだ』

 ズヂボウの言葉はハッタリではないだろう。確実に動物たちは操られている。

「行くわよ」

 ズヂボウが指示を出す。よだれを垂らした犬どもが前方から襲い掛かって来る。同時に、足元には凶暴な猫、首元にはスズメバチ、頭上からは大型の鷲が迫って来ようとしている。さらにズヂボウも戦闘態勢でいつ襲ってくるかわからない。

「ヤバくない⁉」

『まあ落ち着け、幸い全員スローに見える』

 どうやら身体能力の他に、動体視力、思考速度などまで強化されたようだ。今にも襲われそうだが、全然そうじゃない気もする、不思議な感覚。

『金次、腰の巾着に手を入れろ!』

「……あっ、なるほどね!」

 俺の口が動き、両腕もその通りに動く。腰に下げている巾着の中に手を入れ、塩を手に染みこませた。

 これなら操られている動物たちを殴ると同時に弱体化させられる。塩がズヂボウの能力から動物たちを解放できるかもしれない。そうなればもう相手はズヂボウ一人に絞られる。

 金次が俺の体を超高速で移動させ始めた。

「邪指——突——塩連」

 蜂一匹一匹の眉間に、塩のついた人差し指をぶち込んでいく。足元の猫、歯をむき出しにしている犬の鼻にも当てていく。最後に上空から俺のつむじを狙っている鷲の腹にも指を突き刺して、地上に降り立つ。

 周りの景色がスローモーションで流れる中、俺たちだけが普通の速度で動けている。

 次第に周りの動物たちはバタバタと気絶し、地面に倒れていった。

 口をあんぐりと開けるズヂボウの間抜けな顔が正面に見えた。何が起こったのか見えていないのだろう。

「終わらせよう」

 金次は空を蹴り、離れていたズヂボウとの距離を一気に詰める。圧倒的スピードについてこれていないのは明らか。これでとどめだ。

「邪指——伍——筋」

 両手の五指すべてに力を込め、金次の身体能力を使う。ズヂボウのがら空きの腹に二発お見舞いさせようとしたが、

「させない!」

 珍田が手を広げて俺とズヂボウとの間に割り込んできた。

「っぶね!」

 俺の体は辛うじて勢いのついた手を引っ込めることに成功した。判断が遅れていたら、珍田の胸を貫いていた。

「優子、いいタイミングだわ」

 俺が突然の事態に驚いていると、ズヂボウが横の壁から抜け出ようとした。こちらに笑みを向けながら退場しようとする。

「待て!」

 だが、ズヂボウは外に行けず、廃工場の汚い壁にぶつかった。いや、違う。悪霊は人間界の物体に弾かれることはない。……ということは。

 誰かがこの建物全体を覆う強力な結界を張ったということだ。それができるのは——。

 ふと視線を感じて後ろを振り返ると、ドアの隙間から見知った顔が見えた。

「塾長!」

『飽馬!』

 手をひらひらと振ってウインクする飽馬が、廃工場の外にいた。あいつが俺たちの戦いに気づき、ズヂボウが逃げられないように結界を張ったのか。さすがはつっ立ちの兄貴。

「な……くそっ! 誰がこんな結界を張りやがったんだぁ!」

 怒るズヂボウ。だがキレてるのはこっちも同じだ。突き刺しそうになった五指を丸めて拳にし、金次はフラフラの珍田のみぞおちに一発入れる。今度こそ気絶した。

 ガクっと膝が折れた珍田を支えわきにそっと避けるとき、「ズヂ……」と小さい声が聞こえた。気絶してもなおズヂボウの身を案じているとは。

「珍田さん……」

 金次が何か思う所があるのか、呟いた。

そして金次はズヂボウを睨みつけ、怒りを露わに吠えた。

「ズヂボウ! お前、今珍田さんを見捨てて逃げるつもりだっただろ!」

「それがどうかしたの?」

「こんなにお前のことを大事に想っている子に、何も感じないのか!」

 腕を組み、少しの間考えている。やがて口を開いた。

「何も感じなくはなかったわ。あたしのために役に立ってくれてありがとう、とは思ったわ」

「ふざけんな——!」

 俺の足は空を蹴った。金次の怒りが俺にも伝わってくる。一瞬のうちにズヂボウの顔が目の前に来る。顔面すれすれ、もう少しでぶつかる距離になったとき、金次はすべての指に力を集中させた。そして巾着に手を突っ込み塩をたっぷりつける。準備は一瞬で整った。

「邪指——拾——滅!」

 ズヂボウの体中が、俺たちの力で穴だらけになっていく。

「父さん、母さん、結衣、そしてギンの分だ! ついでに珍田さんの分も!」

『俺自身と、両親の仇——』

「「うおおおおおっ——!」」

 邪指で毒を流し込むと同時に、塩殴りで除霊させていく。見る見るうちにズヂボウの体積が減っていく。

「こ、これが……死」

 激しいラッシュの中、ズヂボウの魂と俺たちの魂が触れ合った。走馬灯が流れ込んできた。

 ——衝動に震える手。台所の包丁。脅える母。飛び散る血。鉄の檻。臭い飯。

澄んだ空気と青い空。ヘルメットをかぶった男たち。運ぶ木材。怒鳴る禿頭の男。ホームセンター。手ごろなナイフ。禿頭の男に突き刺さったナイフ。ナイフ。ナイフ。駆けつけ、取り押さえようとしてくる男たち。腹、胸、顔に突き刺さったナイフ。血。血。血。

裁判所。鉄の檻。臭い飯。開かれる扉。看守の死刑執行宣告。ロープが垂れ下がる四角い部屋。視界を覆う黒。

下に見える吊られた死体。半透明の自分の手。人。血。人。血。人。血……。

「うわあっ! これ、ズヂボウの記憶……?」

『そうだ。やっぱり胸糞悪いな』

 体が灰になっていく中、ズヂボウの口元が最期、なぜか嬉しそうに笑ったのが見えた。

 最後にその顔面を殴り、消滅させた。俺たちの手で、完全に除霊することができた。


 戦いを終えた俺たちは、外で待っていた飽馬に結界の礼を言った。飽馬によると、つっ立ちがこの場所を教えてくれたらしい。俺はつっ立ちに、後で必ずお礼をすることを決めた。

 珍田のことを含め、事後処理は飽馬が引き受けてくれたので、俺たちはボロアパートに帰ることにした。まだ逆憑依は続いていたので、金次は俺の体を宙に浮かせ、飛んで帰った。

 玄関のドアをすり抜け、狭い部屋にたどり着く。とそこで、逆憑依の効力が切れた。

「うわあ!」

「おお」

 分離する二人。それと、遅れてやってきた疲労、ダメージ、痛みが俺たち二人に襲い掛かってきた。俺たちは倒れこみ、気絶するように眠った。

 

 翌朝になって目を覚ました俺は、隣の金次を見た。金次も今起きたようで、こちらに首を回してきた。その目を見て分かった。きっと同じことを考えていたのだろう。

 そう、俺たちは、仇であるズヂボウを倒した。だから俺も金次も目的を達成したことになる。二人がもうパートナーを組んでいる必要は無くなったわけだ。

「金次、やっととれたな、仇」

「うん」

 声はいつも通り元気だが、少し浮かない顔をしている金次。

「本当にギンのおかげだよ。ギン、ありがとう」

「お、おう」

 目を真っすぐに見つめられて『ギンのおかげ』と言われ、ちょっと恥ずかしくなった。

「でもさ、ぼくもギンも目標を達成しちゃったわけだからさ、これからどうするのかなって……」

 その質問を待っていた。解答は既に決まっている。俺はまじめな顔をして言った。

「これからどうするって? ……まずドラマを見るだろ。で、お前に憑依してうまい飯食べて風呂に入る。明日になったら学校に行って、悪霊を——そうだな、狩っても狩らなくてももういいか。で、帰ってきてドラマをしっかり見る。ま、そんな日常を繰り返したいな」

「え?」

「そうだろ? パートナー」

 横を見ると驚いたような嬉しいようなそんな表情の金次がいる。その子供のような瞳に映る俺の表情も、なかなか良いと思った。

「うん! よろしく! パートナー!」


おわり


自分用


成績

GA文庫、一次落ち

反省点

良い所 下ネタ コメディ部分 主人公のドラマ好き

悪い所 情景描写……少なすぎるから景色が見えないし、内容が頭に入ってこない 構成……話に興味が湧く前に長い回想に入っている ミッドポイント後、主人公の気持ちが変わりすぎている キャラ……ストーリーに振り回されている感が否めない。キャラがどう動くかを考えて描くべきだった 喋り方が変わったり、前後半で態度が変わりすぎて不自然さを感じた。キャラが固まってなかった カタルシス……読者にカタルシス(快感)を与えられていない 悪をもっと憎たらしく、主人公サイドをもっと怒ったり泣かせたり苦しめたりしてから敵を倒すべきだった

感想……面白いところが下ネタやコメディ部分だけで、ワクワク感もカタルシスも無かった。総じて面白くなかった。

次回作へ向けて……情景描写や設定の説明描写をまず勉強する。キャラがどう動くかを考えて描く。面白い要素を入れる。回想を入れるタイミングなど、構成のお勉強はいつかする。

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