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骸の騎士  作者: 雪民乃翁
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第七話 城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』その五

激しい叫び声も、怒気に満ちた気合の声も無い。

石畳を滑る足裁きの音と、無言で打ち合う剣と鉄鎚の音だけが響いていた。

お嬢様の放つ突きや斬り下ろしに織り交ぜられた、体勢や腕の関節を無視した角度で襲い掛かる魔剣の一撃。その不規則な攻撃を鉄鎚で弾き受け流しながら、ガンドボルトは小刻みに左右に回り込みそのまま反撃に繋げてくる。

躱すと同時に一撃目より早い二撃目を繰り出し、鉄鎚を打ち込むかと思えばすぐさま離脱し再び攻撃の機会を伺う。一度魔剣の死角に踏み込めば、身体に見合わぬ足の速さで間合いを詰め鉄鎚を打ち込んでくる。ガンドボルトの途切れることのない猛攻の前に、いつしかお嬢様は攻撃の手を塞がれ、次第に防戦一方となっていった。

直線的な打ち込みの速さと鋭さでは、お嬢様が勝っているのだ。しかし悉く鉄鎚によって受け止め流され、ガンドボルトに致命の一撃を入れる事が出来ないでいた。魔剣が鉄鎚に弾かれ、火花を散らすことも少なくない。二人が振るう魔剣と鉄鎚の打ち合いは速度を増し、遂には「僕」の目では追えなくなった。

深紅に輝く魔剣の刀身が描く斬撃に、鉄鎚の纏う碧の魔力が弧を描き重なり合う。

嵐のような打ち合いはしかし、唐突に終わりを迎えた。

一際大きく響いた鋼が打ち合う音と共に、お嬢様の魔剣を持つ腕が身体ごと大きく後ろに弾かれていた。仰け反る形に体勢を崩された所に、ガンドボルトの追撃が襲い掛かる。

鋭い踏み込みから繰り出される鉄鎚の横殴りの一撃。それを無防備な右脇腹に受けたお嬢様は、そのまま真横の階段に叩きつけられてしまった。

「お嬢様!」

激突と共に階段が砕け散り、破片を飛び散らせながら土埃が巻き起こる。跳ねる金属音を響かせながら、銀の兜が転がり出た。

鉄鎚を構えたまま土埃を睨み付けるガンドボルトは、微動だにしない。

崩れ落ちる階段の音と共に、土埃の中に立ち上がる騎士の影が浮かぶ。一歩また一歩と揺れる影。風に流れる土埃の中から、深紅に怪しく光る魔剣を手に首の無い騎士が姿を現した。

「首無し騎士のベルリアス・・・じゃあねぇんだったよなぁ?お嬢ちゃんよ」

首無し騎士は足元の兜の前で立ち止まると、屈み込んで銀の兜を拾い上げた。

「・・・故あってベルリアス卿の助力は得ているが、戦っているのは私だ」

銀の兜の中から声が響く。首無し騎士は器用に片手の指を操り、凹み潰れた兜をこじ開けた。軽い音を立てて蝶番が壊れ、銀の兜が二つに分かれて落ちる。騎士の手に、黄金色の髪を揺らす美しい少女の顔が現れた。

「・・・拾い物の兜は脆い」

お嬢様が愚痴をこぼす。

「随分手応えがねえと思ったがお嬢ちゃんよ、もしかしてその頭だけか?」

「如何にも、首から下は既に地に還った」

「勿体ねえなぁ、もうちょい齢がいけば良い女になっただろうに!」

「剣を手に騎士として生きると決めた以上、この様に成れ果てようと覚悟の上だ」

「そうかい」

「そうだ」

「騎士なんて、そんな良いもんじゃねえがな」

「良い女というのも、人次第だろう」

「そうかい」

「そうだ」

鉄鎚を下ろし、深く息を吐くガンドボルト。

「ところで!思いっきりぶっ叩いてやったが鎧が凹みすりゃしねえ。良い鎧どころの話じゃねえぞそれ!」

「そうだな、随分助けられている」

首を鎧に据え、確認するように手を動かす。

「涼しい顔しやがって。どんだけぶっ叩こうが凹みすりゃしねえ鎧に恐ろしい魔剣!しかもそれを操るのが、首だけの嬢ちゃんときたもんだ」

「頭だけの子娘と、貴公が高を括ってくれればこちらも仕事がやり易くなる。侮ってくれて結構」

「侮りゃしねえよ。戦場じゃあ嬢ちゃんみてえな死に損ないも随分見てきた、『化け物』の始末も手慣れたもんよ!」

ガンドボルトは鉄鎚を手に、腰を落とし身構える。

「・・・化け物、そうだな私は化け物だ」

呟くとお嬢様は剣を構え、魔剣の切っ先を突き付ける。

「まあまあ楽しかったぜお嬢ちゃん、記念にそこの隅に墓でも建ててやるよ。名は?」

「この首が落ちた時に身体と共に冥獄へ旅立った。今の私に名など無い只の骸、茨の魔女に仕える骸の騎士だ」

「そうかい、じゃあ骸の騎士様よ。叩き潰して綺麗サッパリ終わらせてやらあ!」

ガンドボルトは鉄鎚を構え、力ある言葉を解き放つ。

「碧息吹く鉄槌よ!その力を示せ!」

「ポードボーグ!」

再び吹き上がる二色の魔力。魔剣の柄頭で輝く八つの目は見開かれ、歓喜とも怨嗟ともとれる唸り声をあげる。解き放たれた深紅の魔力は刀身に渦巻き、騎士の黄金色の髪を激しく逆立たせた。

対するガンドボルトは鉄鎚の柄に浮かび上がる、蔓草の紋様から伸びる淡く輝く碧の蔦を太い腕に纏わせる。浅黒く日焼けした肌に、瑞々しい若葉が次々と芽吹いていく。

「芽吹け!根よ張れ!蔓よ巻け!大地に息吹く碧の若葉【新樹の鎚】よ!その力を示せ!その力を示せ!」

「汝が刃が切り裂くは我が敵か、我か。ポードボーグよ!」

お嬢様の呼びかける声に、魔剣は答える。

【我が切裂くは我が主の怨敵也。我が切裂くは我が主の怨敵也。主よ!主よ!我に怨敵を示せ、我が切裂者共を悉く示せ!】

渦巻く魔力で刀身を深紅に染めあげた魔剣を上段に構え、一刀の元に切り伏せるべく間合いを詰めるお嬢様。

ガンドボルトは再び鉄槌を下手に構え腰を落とすと、躊躇うことなく摺り足で踏み込んだ。

二人の間合いが狭まっていく。先手はお嬢様だ。魔剣の唸り声と共に上段から鋭く振り落とされる深紅の剣先の、刃の真下に身体ごと投げ出し半ば背を向けるガンドボルト。刃が届く寸前両脚を更に深く沈ませ、膝を擦りながら回転する。広げた両脚が大地を踏みしめ、碧の魔力で輝く鉄鎚で天を突き上げた。


この世の理を超える強大な二つの魔力が激突し、世界が悲鳴を上げ泣き叫んだ。


二人を包むように景色が歪み、行き場を失った力が破壊の矛先を求め奔り周囲に降り注いだ。砕かれた階段は崩れ落ち、石畳に大きな穴がいくつも穿たれていく。

耳を衝く轟音と共に魔剣と鉄鎚は弾かれ、二人は床石を踏み砕きながら衝撃で引き離される。しかし体勢を整え直ぐに間合いを詰めると、二撃三撃と打ち合い続けた。

互いに一歩も退かず、魔剣と鉄鎚は引き合う様に魔力の軌跡を幾度も重ならせた。

深紅と碧の魔力が破壊の暴風を撒き散らす様を、言葉を失い呆然と離れた壁際から見ていた兵士たちが慌てて下がり始める。城壁近くの出入り口に駆け込む者もいた。彼らが身を寄せる壁が大きく抉られ、崩れ落ちる様を目の当たりにすれば当然の行動だろう。

破壊の痕跡はそこだけに留まらない、周囲を取り巻く城壁にも被害が出始めていた。

大きく開いた穴から、砕かれた石材が雪崩の様に落ちていく。城壁とて安全ではないのだ。

手綱を握り締める僕は、お嬢様に言われた通りイシュカーンから離れず二人の戦いを見つめる事しか出来なかった。妖馬は鞍に乗れと促すように、首を振る。僕はそれに従いなんとか鞍によじ登り、手綱を引き寄せた。

周囲に瓦礫が降り注いだが、大きな破片は軽々と妖馬が蹴り砕いてくれていた。お嬢様が言う通り、ここにいる限り僕は守られ足手まといになることは無い。でも、それではどうやってお嬢様を、茨の魔女から解き放つことが出来るというのだ。

僕に出来る事とはなんだろうか。僕はどうすればいいのだろうか。

魔女の言う通り、簒奪王ベルクトとその配下たちを討つ。しかし、それで本当にお嬢様は解放されるのか。僕は契約を果たしたことになるのだろうか。

これまでは上手くやってこれた。お嬢様が苦戦することは無く、魔剣を携えた何人もの騎士や戦士を討ち果たしてきた。でも、あの鋼鉄のガンドボルトはどうなんだろう。今までお嬢様が苦戦することは無かった、まともに攻撃を受けたことなど無かったのだ。あんな風に弾き飛ばされ、首だけの無防備な姿をさらすことも無かったのだ。

僕は考える。お嬢様に『もしも』が訪れた時にどうすべきか。僕はどう行動すべきなのか。そして、茨の魔女との契約をどう終わらせるのか、断ち切るにはどうしたらいいのか。

僕は考える、考えなければならないのだ。


何度目かの激突の後、お嬢様は魔剣を下げ立ち止まった。ガンドボルトもまた足を止め、再び鉄鎚を下手に構えいつでも踏み込めるように備える。

言葉は無い。しかし、二人が放つ緊張感は消えていない。

ゆっくりと、魔剣の切っ先が上がっていく。両手で構えた剣が頭上高く掲げられ、魔剣の柄の八つの目がガンドボルトを睨み付ける。

「ポードボーグよ、汝が刃は如何な為にあるか。ポードボーグよ」

問いかけに、魔剣は応える。

【我が切裂くは我が主の怨敵也。我が切裂くは我が主の怨敵也】

「ならば魔剣よ、我が敵を切り裂け。我が敵を刺し貫け、我が敵を切り伏せよ!」

【然り!然り!然り!】

深紅の魔力が激しく吹き上がり、お嬢様を紅く燃え上がらせる。

「いいぜ、やって見な。切れるもんならな・・・」

静かに、ガンドボルトは息を吐く。

静寂の後、お嬢様は深紅の刃そのものとなって踏み込んだ。

一瞬だった。ガンドボルトは微動だにせず、深紅に染まる魔剣の刃を首筋に受ける。しかし魔剣の刃は硬質な音を放ち、首元から弾かれた。

目を見開き止まったお嬢様を、ガンドボルトの鉄鎚が狙い撃つ。下から掬い上げるように打ち込まれた鉄鎚が、お嬢様の左脇を捕らえる。そのまま身体ごと大きく弧を描き、無抵抗のままお嬢様は石畳に叩きつけられた。

轟音と共に床石が砕かれ、半ば埋もれるように穿たれた穴の底にお嬢様が横たわる。

「お嬢様!」

思わず僕は叫んでいた。

「っは!これが『鋼鉄のガンドボルト』と呼ばれる所以よ!見た奴はどいつもぶち殺してきたから知らねえだろうがな!」

ガンドボルトは手にした鉄鎚を高く掲げ、力ある言葉を解き放つ。

「碧息吹く鉄槌よ!大地に根ざす【新樹の鎚】よ!今こそその力を示せ!その力を示せ!」

碧の魔力を纏った鉄鎚が、ガンドボルトを包み込む。蔓草の紋様が絡まり、大きく枝を伸ばし根を張っていく。巨大な碧の大樹がそこに現れた。

「お嬢様!」

僕が叫ぶと同時にイシュカーンが飛び出した。鞍にしがみ付いていなければ、振り落とされていただろう。瞬く間に距離が縮んでいく。

「お嬢様!」

僕は再び叫ぶ、しかしお嬢様は横たわったまま身動きすらしない。

「ベルリアス卿!」

二度目の呼びかけに、鎧は応えた。

「こいつを喰らってもまだ立ち上がるってんなら、褒めてやらあ!」

お嬢様の頭に打ち下ろされる碧の鉄鎚の下に、駆けて飛び込むイシュカーン。僕は掴んだ手綱を突き出し、ベルリアス卿の腕がそれを掴んだ。


一瞬の出来事だった。

碧の鉄鎚が振り下ろされる。

突き出した手綱を鎧の腕が掴む。

鉄鎚が触れる寸前、身体ごとお嬢様が引きずられる。

僅かに鎧を掠め、碧の魔力を放つ鉄鎚が砕かれた石畳に打ち込まれた。


凄まじい破壊の衝撃が周囲を穿ち、石畳が基礎ごと掘り起こされ吹き飛んでいく。

妖馬が駆けるその後を、破壊の波が追って来ていた。

次々迫り出す床石を踏み砕き、走る。

イシュカーンは崩れ落ちる階段を跳ねる様に駆け上り、ガンドボルトを置き去りにして城壁へ向かった。

大地が揺れ壁がせり上がっていく。魔力を解き放った【新樹の鎚】の力なのか、鉄鎚が穿った穴を取り囲むように次々と城塞の床が砕け放射状に突き上がっていく。岩肌を露わにした断崖が幾重にも連なり、城壁を載せたまま山のように聳え立った。

行く手を塞ぐ断崖と化した城壁を、妖馬は躊躇うことなく駆け上る。

「お嬢様!」

僕の声にお嬢様は答えない。呆然と、虚ろな瞳は虚空を彷徨う。手綱を掴んだまま力無くぶら下がる鎧の魔剣を持つ腕が、今にも落ちそうな首を支えていた。

「・・・坊主と馬に助けられたなあ骸の騎士!」

勝ち誇る声が背後から投げ掛けられるが、その声は次第に遠のいていく。断崖絶壁を真横に駆け上がっていくイシュカーンが、不満気に鼻を鳴らす。僕は鞍から振り落とされない様に、必死にしがみ付く事しか出来なかった。

「・・・いつでも俺の首を取りに来な!・・・今度は茨の魔女とやらも連れてこい!・・・まとめて相手してやらあ!・・・」

逃げ去る僕たちを嘲笑う声が、遠くいつまでも響いていた。


城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』おわり

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