第六話 城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』その四
再び相対する二人。
お嬢様の剣先が届く間合いだ。持ち替えた鉄鎚を下げて構えるガンドボルトは、白髭の下に不敵な笑みを浮かべたままにじり寄る。
「さて、もういっちょやるかぁ」
言うなり地面に落下する様な摺り足で、腰を更に落とした体勢で踏み込む。魔剣ポードボーグの切っ先を潜る様に、刃の下に頭を投げ出す。
お嬢様がそれを見逃す筈も無い、無言で魔剣を振り下ろす。しかし、刃が白髪に届く前に鉄鎚が魔剣を跳ね上げた。
飛び散る深紅と碧の魔力。
ガンドボルトの狙いは、最初から魔剣だったのだ。強引に両の腕ごと剣を跳ね上げられ、お嬢様の上半身が仰け反る形に崩される。
鋭く息を吐き追撃を仕掛けるガンドボルトは、振り上げた鉄鎚をもう一度振り下ろす。さっきと同じ構図、お嬢様はこの攻撃を魔剣で受けて凌いだ。だけど今は姿勢を崩され、それは出来ない。僕が声を発する前に、ガンドボルトの鉄鎚が無防備な腹部に打ち込まれた。
鋼がぶつかり合う音が響き渡り、二色の魔力が激しく火花を散らす。大気を震わせる魔力の霧を払い、鉄鎚の一撃を防ぐ深紅の刀身が現れる。お嬢様の腕を包む銀色の甲冑が、肘から歪な角度に折れ曲がり鉄鎚の攻撃を防いでいた。
「おいおい、なんだそりゃあ!」
鉄鎚を引き、跳び下がるガンドボルトは驚きの声を上げた。声こそ上げなかったが、僕も驚いていた。
「ベルリアス卿の助力を得ている、と言った筈だが」
逆向きに腕をぐるりと戻し、魔力の残滓を払い剣を構えるお嬢様。
「そりゃ聞いたが、どんな助けだよ。普通そんなふうに曲がんねえだろ、腕ぇ!」
愚痴るガンドボルドは舌打ちし、再び鉄鎚を構える。今度は間合いを取り、慎重に様子を伺っているようだ。そうだろう、お嬢様のあの腕の動きを見て、無防備に剣が届く間合いには踏み込めない。どんな体勢であろうと、魔剣の切っ先が襲い掛かるのだ。鉄鎚で防ぐ事が出来なければ、致命傷を負うのはガンドボルトの方になる。
「ああそうかおめぇ、わざと見せやがったな」
口の端を吊り上げ、黄色い歯を剥くガンドボルト。
「貴公の気遣いへの返礼だ」
大きく息を吐くガンドボルト。
「かー、気ーつかわれちまったよ!この俺様がよお。情けねえ」
構えを解き、乱暴に床へ鉄鎚を降ろす。ぐるりと首を回し、もう一度溜息をつく。
「・・・声の感じからするとまだ若ぇ娘っ子だろうに。いくつもの戦場で暴れまわり、騎士も戦士も傭兵も手あたり次第ぶっ殺してきたこの俺が!小娘に手加減されちまうなんてなぁ、歳はとりたくねぇもんだ」
右手で鉄鎚の柄を逆手に取り、持ち上げて背後に。左手はだらりと下げたまま、腰を落とし構える。
「ようお嬢ちゃん。ちょっと良い剣と鎧持ってるからって俺を舐めてると、後悔するぜ」
鉄鎚の魔力、淡い碧の蔓草がガンドボルトの身体を覆っていく。魔力を纏う鉄鎚を後ろ手に構えたまま、一気に飛び出した。一瞬遅れて床石が跳ね上がり、倒れる前に鋼が打ち合わされる音が響き渡る。
開いた間合いを一瞬で詰め、お嬢様の眼前に迫るガンドボルト。片手とは思えない速度で打ち込まれる鉄鎚を、真紅の魔力を纏う魔剣が弾き返していた。
一撃目を防がれたガンドボルトは鉄鎚の柄に左手を添え、その場で軸足を起点に回転し二撃目を足元に放つ。再び鋼が打ち合わされる音が響く。
魔剣の剣先が鉄鎚よりも早く打ち込まれ、床を貫き二撃目を防いでいた。そのまま柄を引き倒し、突き刺した床石ごと鉄鎚を跳ね上げる。お嬢様は刺さったままの床石に構わず、大上段から一気に魔剣を振り下ろした。両脚を開き、深く腰を落としたガンドボルトは鉄鎚を下から振り上げ魔剣を迎え撃つ。
鋼が打ち合う三度目の、一際大きな音が響き渡った。
一歩も退かず、互いの武器を押し合う。魔剣と鉄鎚の間で深紅と碧の魔力が衝突し、篝火の明かりが霞むほどの光りが二人を照らす。そして弾かれたように離れる二人は直ぐにまた詰め寄り、互いの武器を打ち付け合う。
片手で振るっていた鉄鎚が、いつのまにか両手での重い一撃になる。一撃、二撃と魔剣で防ぐもすかさず追撃が襲い掛かる。かと思えば無防備な背中を晒し、お嬢様の攻撃を誘うや身を翻し横殴りの一撃を叩き込む。右からと思えば左、かと思えば右。腰を落とし、下から打ち上げると見せて突きに変化。僕の目ではもう追いきれない。目まぐるしく変化するガンドボルトの多彩な攻撃は、打ち合うごとに鋭さと速さを増していく。次第にお嬢様は防戦に追い込まれていった。
魔剣ポードボーグの破壊力は強大だ。あの不落の関門を一振りするだけで崩壊させた威力は、これまで見てきたどの魔剣よりも凄まじい。なのにガンボルトの虚実を織り交ぜた鉄鎚を防ぐだけで、攻勢に転じる事が出来ない。理由は分かっている、僕のせいだ。
僕がここにいるから、ポードボーグの力を解放できないのだ。
間合いを取り魔剣の力を解放さえすれば、ガンドボルトを討つのは可能な筈だ。いつも僕はお嬢様の後ろに呼ばれ、ベルリアス卿の加護に守られていた。今回はイシュカーンと共に離れてしまったため、お嬢様は僕を破壊の渦に巻き込まないように魔剣の力を解放しないでいる。ここからもっと離れれば、お嬢様はきっと力を抑える事無く魔剣を振るえる。そう考えた僕は、イシュカーンの手綱を引き城門へ走り出した。
「離れよう!ここにいちゃ駄目・・・だっ」
しかし妖馬はびくともせず、煩わし気に首を振り僕を引き戻した。堪らず手綱を握ったまま倒れる僕の上を、妖馬の後ろ脚が通り過ぎる。
何かが弾き飛ばされ、後ろの壁に激突する。顔を上げると、崩れた壁に血と肉片を飛び散らせた城兵の残骸が見えた。いつの間にか近づいていた数名の城兵が、引き攣った顔で立ちすくんでいた。
「イシュカーンから離れず、そこにいなさい!」
お嬢様の叱責が飛ぶのと同じく、ガンドボルトが怒鳴り声をあげた。
「余計なことすんじゃねえって何度いや分かるんだ!すっこんでろ!」
僕と城兵達に声を上げつつも、二人の攻防は止まなかった。
-つづく-