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骸の騎士  作者: 雪民乃翁
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第五話 城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』その三

夜の帳が降りる。広場を抜け、投石機の残骸が散らばる第二の門に入る頃には、夕日は既に壁の彼方に沈んでいた。辺りは暗闇が広がっている。不落の関門で受けた矢の洗礼も、衛兵の誰何すいかも無く静まり返っていた。

「静か、ですね」

お嬢さまは無言。妖馬の蹄がたてる音のみが、響いていた。暫くして明かりに照らされた空間が現れた。城壁の上に向かう階段や、奥の城塞に続く階段が集まる広場。踊り場というには広すぎるその空間にはいくつもの篝火が据えられ、揺れる炎が煌々と周囲を照らしていた。

「よう、待たせるじゃねえか。骸の騎士殿」

低く響く声が掛けられる。篝火の前に佇む、一人の戦士の姿があった。

歴戦の兵士、頑強な騎士、強者。いくつもの戦士像が頭に浮かぶが、篝火の明かりに目が慣れるに従いそれが間違っている事を知った。白い顎髭に、日に焼けた刀傷だらけのがっしりとした顔。厚みのある肩を覆う毛皮の下から伸びる、山の様な筋肉を集めた分厚い腕。だからなのか一見短く感じる胴と脚、しかしそうでない事は男に近づくにつれ嫌でも分からされる。全身に異様さを纏う男の名はガンドボルト、そうこの城塞都市エルドの太守『鋼鉄のガンドボルト』がただ一人待ち構えていた。


「部下共が言う事聞かねえもんでな。余計なこたぁすんなつったんだが、おかげでいいもん見れたぜ」

愉快そうに目の前の男が笑う。傷だらけの顔が割れたように感じたのは、僕だけだろうか。

「進むだけなら容易だったが、同行人がいる」

お嬢様が妖馬から降り、握っていただけの手綱を渡される。イシュカーンは分かっているのか、僕を引っ張る様に第二城壁に向かい下がっていく。

「そんな細こい剣で、よくもまあ見事にぶち当てるもんだ」

「魔剣であれば、容易だ」

音もたてずポードボーグが引き抜かれる、柄の目は既に開き切っていた。

「そうかも知れねえがな。並みの魔剣なら折れはしねえがまあ、ひん曲がるわな」

ようやく、男は手にした鉄槌を持ち上げる。

「貴公がドリクス砦で行った戦法を思い出したのだが、不興を買ったか」

だとしたらすまぬ、とお嬢様は詫びる。

「はっはー!んな必要はねえよ、おもしっれえっつってんだろうが!俺と同じことをやる馬鹿はいねえってのによ」

ドリクス砦攻防戦。砦の守備側に参加していたガンドボルトが、攻め手の投石攻撃を砦の上から打ち返した噂話だ。傭兵が酔うと必ず話し出す武勲話の定石の一つだった。

「俺のはトンカチだったからまだ出来ねえ話じゃねえが、お前さんは剣だぜえ?おもしれえじゃねか」

片手で軽々と鉄鎚を振り回し、投石を打ち返す振りを見せる。

「しかも下から打ち返して、見事城壁の上の投石機にぶち当てやがった。俺にだって出来やしねえよ!どんな力してんだよってな」

降ろした鉄鎚越しに、ガンドボルトの射貫く様な眼差しがお嬢様に向けられる。

「魔剣だけじゃねえよな、その鎧もか?」

「いかにも、ベルリアス卿の助力を得ている」

「ああん?ベルリアス、まさかおめえ首無し騎士のベルリアスってんじゃねえだろうな?」

「違う、私は茨の魔女に仕える骸の騎士だ」

「ほおん?まあいいさ、俺のトンカチをどいつだろが何だろうがぶちかますだけよ」

「では、始めるとしよう」

「ああ、やろうや」

赤い魔力の波動を放つ魔剣を翻し、両手で柄を握り上段に構えるお嬢様。振り下ろせば剣先が当たる距離までにじり寄る。

対するガンドボルドは鉄鎚は片手で、だらりと下に下げたままそれを余裕の表情で迎え撃う構え。

じりじりと、二人の間合いが狭まっていく。

「おっと、そういや聞き忘れてたな。不落の関門ぶっ壊したのは、お前さんでいいんだな?」

男はちらりと、妖馬と僕を見る。

「魔剣ポードボーグ。切れ味は如何なる剣に勝り、破壊に関しても他の魔剣の追随を許さぬ」

然り、と魔剣が応える。

「なんでそこの門、上の投石機ごとぶっ壊さなかったんだ?その気ならやれただろう」

「門を通り過ぎるのにわざわざ壊す必要はない。それだけだ」

お嬢様の答えにガンドボルトは溜息を漏らす。

「はあー、だから余計なことすんなっつったんだ」

「・・・」

「済まねえな手間取らせてよ。噂の骸の騎士様がいよいよこの首取りに来るってんで、部下共が張り切っちまってな」

「謝罪は不要だ」

「ああそうかい。だがよ、あいつらは長年俺に従ってきた仲間だ。言う事聞かずにおっ死んだっつってもな、仇は討たなきゃならねえ」

「であろうな」

二人の距離が縮まる。

「その首頂くぜ。兜ごとぶっ潰しちまうかもしれねえが、まぁしょうがねぇよな」

「気遣い無用。そうなる前に、この剣で貴公の首が落ちる」

白い口髭の下に獰猛な笑みを浮かべるガンドボルト。鉄鎚を持つ手の筋肉が軋み、そして爆ぜた。

響く鋼と鋼が打ち合う音。振り下ろしに合わせ、下から跳ね上げられたガンドボルトの初手を火花を散らしながら流し、返す手で喉元に打ち込むお嬢様。それを鉄鎚の柄の先で跳ね上げ、そのまま振り上げ上段から振り下ろすガンドボルト。その一撃を刃に手を当て受けきるお嬢様。魔剣の放つ赤い魔力の波動と、鉄鎚から放たれる碧の魔力が篝火よりも眩しい火花を散らす。

「確かに!曲がらねえなあ!」

「ポードボーグよ!汝が刃は如何な為にあるか。ポードボーグよ、汝が刃が切り裂くは我が敵か、我か。ポードボーグよ!」

【我が切裂くは我が主の怨敵也。我が切裂くは我が主の怨敵也。主よ!主よ!我に怨敵を示せ、我が切裂者共を悉く示せ!】

柄の八つの目を見開いた魔剣は、主の呼びかけに答え深紅の魔力を解き放つ。かつて、これほどにかの魔剣が力を解放したことはあっただろうか。

「我が鎚!碧息吹く鉄鎚よ!その力を示せ!その力を示せ!」

対するガンドボルトも鉄鎚の魔力を解き放つ。力ある言葉の呼びかけに応じ、鉄鎚は碧の魔力を纏って蔓草の紋様を柄に浮かび上がらせた。

迸る魔力の奔流、ぶつかり合う二つの力。深紅と碧の波動は激しく火花を散らし、せめぎ合う。そして、ガンドボルトは鉄鎚を振り降ろし切った。

衝撃が床を穿ち、破壊の衝動は波となって周囲に伝播していく。巨大な床の石材が放射状に起き上がり、次いで弾き飛ばされていく。城壁の壁に突き刺さる石材の中、飛んできた一つをイシュカーンが軽々と蹴り砕く。僕はその様子を、ただ見ている事だけしか出来なかった。お嬢様は弾き飛ばされ、数度転がったが既に起きあがっている。

「このトンカチのみで戦場を渡り歩き、立ち塞がる連中を叩き潰してこの城塞を勝ち取った」

誇るガンドボルトは、まだ余力を残している。僕が見てもそう読み取れるのだから、お嬢様もきっとそう思ってらっしゃる。

「ベルクトの小僧を簒奪王にまで押し上げたのも俺様よ!」

簒奪王ベルクト。この国の末の王子でありながら先代王崩御の後、王位継承一位の王子を弑逆し王位を簒奪した男。

「分かってんだぜ。お前さんが、いや茨の魔女とやらが狙ってんのがあの小僧だってのはな」

その通りだ。この鋼鉄のガンドボルトの後、茨の魔女が示した最後の一人が簒奪王ベルクト。

「ベルクトが魔剣を与えた連中も悉く討たれ、残すところは俺様一人。他のやつらと同様に見積もってたらおめぇ、宣言通りこいつで挽肉になるぜ」

僕に何ができるのだろうか。

茨の魔女との契約、彼女が示す人物を討つこと。簒奪王ベルクトとその配下たちを、倒さなければならない。魔女の標的となる人物は皆、この世の理を外れた武器を携えている。お嬢様の魔剣ポートボーグは、そのために茨の魔女から貸し与えられたと聞いた。首無し騎士ベルリアス卿の鎧も、妖馬イシュカーンも。

でも、僕には何も無い。

ただただ、お嬢様に付いていくしか出来ない。戦いになれば足手まといで、戦い以外でも足手まといで。お嬢様の為に何か出来る訳でもなく、そもそも必要とされているのか。

僕なんかが今のお嬢様に、必要とされるわけない。

あの魔女との契約の夜から、この地で長い冬季を二度越えた。お嬢様が魔女が示す人物を討ったのも、両の手では数え切れない。その間僕はお嬢様に助けられれてばかりで、何もお役に立ってはいないではないか。魔女との契約を終わらせるその日が来た時に、お嬢様を骸の騎士から解き放つのだ。僕に出来る事を、僕がしなければならない時の為に。僕はもっと強くならなければならない。

「・・・お嬢様」

イシュカーンの手綱を握りしめ、目を凝らす。立ち上がったお嬢様は魔剣を左右に切り払い、切っ先をガンドボルトに向け構える。

「・・・気遣い無用と言った筈」

気遣い。ガンドボルトは手加減していたのか?お嬢様は剣を構えたまま進む。穿たれた床を迂回し、鉄鎚を肩に預けたガンドボルトの前まで戻った。

「門に次いで、投石打ち返して疲れてちゃあ話にならねぇからな」

不敵に笑うガンドボルトは、肩に預けた鉄鎚を下げ両手に構えた。


-つづく-


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