第四話 城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』その二
「・・・止まりなさい」
お嬢様の声が、僕を引き戻す。妖馬の歩みは既に止まっていた。
「す、すみません」
追い越しかけていたイシュカーンの、鞍の後ろまで慌てて駆け戻る。長い銀色の尻尾が大きく振られ、僕の頭を二度三度叩いた。呆けるなとでも言うかのように、妖馬は金色の瞳で一瞥し鼻を鳴らす。
「申し訳ありませんお嬢さ・・・」
言い終わる前に、お嬢様は前に進み出る。崩れた壁越しに沈みかけた夕日が馬上の鎧姿を照らし、お嬢様と妖馬の影を長く伸ばしていく。
瓦礫と化した城門から続く広場の、真っ直ぐに敷かれていた石畳は道としての役目終えていた。妖馬の蹄が隆起しめくれ上がった石畳を穿ち、一歩ごとに難なく踏み砕いていく。瓦礫の中に、砕石を敷いた細い道が出来上がっていった。僕はお嬢さまの後について、その小道を躓きながら進む。
城塞都市エルドは国境沿いの高台にある城塞を囲むように、街と壁が交互に築かれていた。元々街とは離れていたが、戦が続いた結果城塞の敷地内に街が移されたのだ。住人が増える度に高台から下る様に街と壁が階段状に交互に築かれ、防護壁となって城塞を取り巻いている。不落の関門と呼ばれる頃には、街と壁は三重となって城塞を取り囲んでいた。
かつて訪れた時に見た景色を思い出す。城門から続く石畳で舗装された道沿いに立ち並ぶ、様々な露店。故郷では目にすることすらなかった品々、口にした事も無い果実や魚に獣の肉。鮮やかな色で染められた、風になびく旗や天幕。そして道を埋め尽くす人々が交わす言葉の騒々しさ。大通りは活気と喧騒に満ちていた。しかし魔剣のもたらした破壊の痕跡は城門だけでなく、その先の広場や城塞を囲む壁にも届いていた。
城門の外壁に積み上げられていた石材は崩れ落ち、倒れ崩壊した尖塔は道沿いに立ち並ぶ露店を押し潰し次の壁にもたれ掛かっている。広場を中心に立ち並ぶ店や家、そのどれもが崩れ、潰れ、もしくは燃えて煙を上げていた。人の気配はなかった。しかしそれは見えない、聞こえないからだ。
僕は堪らず下を向く、ほんの少し前までこの広場には人が溢れていた筈だ。何も知らない人々、彼らの生活を壊し、住処も命を奪ったのは僕だ。僕がお嬢様を蘇らせてくれと、茨の魔女に願ったからこうなってしまった。僕の責任だ、本当なら僕がすべきことをお嬢様にさせてしまっている。城門に集っていた衛兵たちと、この城塞都市に暮らす人々の命を奪うのも僕でなければならないのだ。この罪はどうやって償えばいいのだろうか、お嬢様にどう許しを乞えばいいのだろうか。
お嬢様は僕を責めるような事はおっしゃらない、一言も。
茨の魔女との契約の日から、お嬢様は淡々と魔女の命じるまま剣を振るわれる。もしかしたらお嬢様はもう、以前のお嬢様とは違うのかもしれない。だとしても、それは僕のせいなのだ。
こうなってしまった全ての責任は、僕にあるのだ。
だからこそお嬢様ではなく僕が、僕が何とかしなければならないんだ。
不意に、イシュカーンが嘶いた。お嬢様が魔剣の鞘で僕を後ろに下がらせる。ポートボーグの目は既に、開いていた。
僕が言葉を発する前に、衝撃が、次いで轟音が襲い掛かってきた。
何が起こっているのか、最初は分からなかった。すぐ横で何かが爆ぜて、瓦礫の壁が砕け散った。かと思えばかなり離れた後ろの方で、重い音と共に外壁の残骸が崩れ落ちる。
馬上のお嬢様が片手に携えた魔剣を振り、魔力を帯びた鈍く光る刀身を翻らせる。凄まじい衝撃の波が大気を震わせ、赤い魔力の残滓が僕の周りで消えながら散っていく。魔剣に払い落とされたソレはめくれ上がった石畳を砕きながら転がり続け、そして止まった。
「頭・・・石像の、頭だ」
所々砕け、割れてはいたがそれは石像の頭だった。短い頭髪の下に整った彫りの深い顔立ち、目尻が強調された切れ長の目が僕を睨みつけている。大人の男性が二人がかりで抱える程の大きさだった。
僕が石像に気を取られている間に、お嬢様は次弾を切り裂いていた。
衝撃に髪が逆立ち、身体ごと持って行かれそうになる。二つに両断され、転がりながら石像の頭を追い越し止まる左右の厚い胸。振り返る僕の目に、頭上の魔剣を振り下ろすお嬢さまの姿が映る。幾重にも赤い魔力の霧を放つ魔剣。お嬢様は次々と襲い掛かる石像の部品を切り払い、落とし、砕いていった。
転がる石材、大きな柱、飛んでくるのは石像だけではなかった。城塞を囲む高い城壁に据えられた投石機が、矢継ぎ早に投石を繰り返していた。
城塞を囲む壁の上で小さな人影が走り回っている。何台も設置された投石器が、慌ただしく稼働していた。こちらに向かって次々と崩した柱や壁、石像を弾として飛ばしているのだ。外れるものもあるが、多くは狙い通り飛んできた。それらを魔剣で軽々と薙ぎ払うお嬢様。
「これでは進めない、か」
飛んできた石材を切り払うお嬢様。銀の兜に開かれた隙間越しに、光りを失った瞳が僕を見る。
「ポードボーグよ、打ち返す」
「主よ、切らぬのか」
「ああ、切らぬ」
魔剣は不満気に、柄の目を細める。お嬢様は両手で剣を構え、イシュカーンを進ませた。
「鞍の後ろにしがみ付きなさい」
僕は言われるまま、妖馬の鞍に飛びつく。直ぐに、振り抜かれた魔剣の衝撃で周囲の大気が震えた。今までと違い、一瞬だけお嬢様の身体が固まる。赤い魔力の波動を刀身に纏った魔剣は力を抑えている、断たず砕かず重い音を立て石柱は打ち返された。
飛んできた時と同じ放物線を描き、打ち返された石柱は狙い違わず投石器を貫いた。木材が割れる音が遠くから届き、二つに折れてその投石機は城壁の上から消える。
そうしてお嬢様は進む、いくつもの投石を打ち返しながら。妖馬の歩みに臆するところはまったく無く、優雅に尾を振ってさえいた。
壁の上の投石機が次々撃ち抜かれていく。あるものは二つに折れ、あるものは後ろにゆっくりと倒れていく。やがて広場を通り過ぎる頃には、投石は止んでいた。
-つづく-