第二話 城塞都市攻略『鋼鉄のガンドボルト』その一
威圧感を放つ閉ざされた門扉。切り出した石材と鋼鉄と何千という戦争奴隷の死によって築かれた城砦を守護する門は、夕暮れにはまだ早いにもかかわらず堅く閉ざされていた。
城塞都市エルドの門は奴隷の血を漆喰とし屍を礎として建っている。エルドの土が赤いのは殺された奴隷たちの恨みの血が染み込んでいるからだと、従軍中に聞かされたことがある。お嬢様は馬鹿馬鹿しいとお笑いになられたけど、こうしてその赤い大地に建つ全てを拒む威圧を放つ門扉の前に立つと、恐怖とも畏怖とも取れる何かが湧き上がってくる。
歩みを止めた妖馬イシュカーンは冷静なままだが、門の向こう側で待っている危険を嗅ぎ取っている。それは手綱を引く僕にも伝わってきていた。
無数の敵意。そして、殺意。
僕はお嬢様を仰ぎ見る。
銀の兜の隙間からのぞく口元には不敵な笑み、青い炎を宿す瞳は揺るぐことなく巨大な門を見据えている。
『エルドの城砦にいかなる御用か!銀の騎士よ!ここは不落の関門、我らが太守の許可なき者を通すわけには行かぬゆえ、貴公の名と証を求める!』
「日が沈みきらぬ前から門扉を閉ざし、我が来訪を拒むは何ゆえか」
『門を閉ざすは我らが太守の命によるものなり。我らが城砦、不落の関門に来たりし災いを閉ざすためである!名と証、答えられよ騎士殿!』
「来たりし災いとはいかに」
『悪しき魔女の僕!愚劣なる奴隷!魂を売り渡した背信者!さあ、答えられよ騎士殿!』
「ならば、答えるまでも無かろう。急ぎ、汝らが主に知らせに走るが良い」
腰に佩く魔剣『ポードボークの悪魔』は主の闘志を受けて柄頭の八つの目を見開く。溢れ零れ落ちる不可視の魔力。お嬢様は無言で、僕を下がらせた。
「悪しき魔女の僕。愚劣なる奴隷。魂を売り渡した背信者が、そなたが首、落としに来たとな」
風を裂く矢の雨。夕日に染まる赤き空から降り注ぐ弓矢は、しかし、一本たりともお嬢様に届くことはなく粉々になって消えていく。
お嬢様が纏う銀の鎧『ベルリアスの悔恨』はあらゆる外敵からの攻撃を退け、纏う者を守護する。しかし、守護すると同時に身に纏う者を破滅へと導く呪いの紋様に覆われている。魔剣『ポードボークの悪魔』も同じだ。魔剣の名の示すとおり所持者に非業の最期をもたらす両刃の剣は、柄頭の八つの目から赤い妖光を放つ。魔剣はやがて訪れる殺戮の宴に身悶えしているのか、小刻みに鞘を震わせ唸らせている。
「ポードボーグよ、汝が刃は如何な為にあるか。ポードボーグよ、汝が刃が切り裂くは我が敵か、我か。ポードボーグよ」
呼びかける声に魔剣は答える。
【我が切裂くは我が主の怨敵也。我が切裂くは我が主の怨敵也。主よ!主よ!我に怨敵を示せ、我が切裂者共を悉く示せ!】
自ら鞘を抜け出し切っ先を前に向ける魔剣。大気が歪むほどの魔力の波動を放ちながら、魔剣『ポードボークの悪魔』はお嬢様の眼前に漂い出た。
(鞍の後ろに飛び乗りなさい、早く!)
慌てて僕がイシュカーンの鞍に飛びつくのと同時に、魔剣から迸る魔力が破壊の波と化してエルドの門に襲いかかった。
瞬間、僕の周りから全ての音が消える。閉じているはずの瞳を閃光が貫く。僕はただ必死で、お嬢様に、鞍にしがみついていることしかできなかった。
大地を揺るがす魔力の奔流、解き放たれた魔剣が破壊そのもを顕在化させ、文字通り一振りで、堅牢な城砦、不落の関門と呼ばれた巨大な正門が薙ぎ払われた。
舞い上がる粉塵の中、イシュカーンがゆっくりと踏み出す。
巨大な力で穿たれ崩れた石壁、鋼鉄の枠だけとなり捻じ曲がり半ばから千切れた門の柱と蝶番。魔剣の凄まじさを物語る破壊の痕跡は門だけにとどまらず、周囲の城壁や尖塔をも巻き込み粉砕していた。
ほんの少し前まで、この門の奥から呼びかけていた門番の人は・・・矢の雨を降らせた射手達は・・・
しかし僕はそれ以上の事を考えないようにした。今更考えてもどうしようもないことなのだと、自分自身に言い聞かせた。お嬢様と僕は魔女との契約に縛られている。決して逃れられない魂の契約、呪縛の鎖。それはお嬢様と僕を縛りつけ魔女との契約を遂行する以外の選択肢を与えてくれないものだった。
イシュカーンは器用に残骸の中を進んでいく。お嬢様は手綱を握っているが、その手が動くことは無くイシュカーンの歩みに任せていた。
お嬢様の後ろ側、なんとか鞍にしがみついていたのだけど、身体が重みを思い出したのかずるりと滑りそのまま僕は振り落とされてしまった。
あっと声を上げる間もなく瓦礫に足を取られ、両の手はとっさに掴む物を求めたがむなしく空振り、僕は顔から倒れこんだ。
ああ、どうして僕はこうなんだろう。ぼんやりとそんな事が浮かんできたけど、いつまでたっても瓦礫に倒れこむことは無かった。
「・・・しっかり握っていなさい」
僕の上着の襟元を掴んだお嬢様は軽々と、イシュカーンの鞍の上に引き戻してくださった。
「は、は、はい」
震えてる声。情けないと嘆く前にしっかりと鞍のベルトに指を絡ませる。これ以上お嬢様の足手まといになってはいけない。なぜなら『魔女との契約』がある限り、僕はお嬢様と一緒にいなければならないからだ。
それは僕自身が望んだことであっても、お嬢様にとっては望みでも何でもない。それどころかただの足手まとい以外の何者でもない。
「・・・すみませんお嬢様」
もう何度目なのかわからない、謝罪が零れ落ちる。
「・・・」
そしてお嬢様は無言。怒っているのか、呆れているのかわからない。
でもきっと、怒っているのだろう・・・勝手に魔女と契約を交わし、お嬢様を呼び戻してしまった事を。お嬢様を魔物にしてしまったことを。お嬢様にこんな、魔女の命じるまま破壊と殺戮を行わせてしまっていることを。
「すみません・・・お嬢様」
鞍に伏せたまま、声を搾り出す。
何度も、何度も・・・。
-つづく-