第十三話 骸の騎士、出陣その二
魔剣は呼びかけに答えた。触れてもいない筈なのにその刀身を露わにし、お嬢様の眼前に漂い出る。柄頭に刻まれた八つの目が見開かれ、その眼差しを武器を手に迫る者達へ定めた。
「魔剣だ!」
「おのれ!」
「簒奪王め!」
怒りに満ちた声を放ち荒々しく駆け寄る男達。手斧や剣に槍を構え、勢いもそのままに数本の槍の切っ先が鞍上のお嬢様目掛け突き上げられた。
刺される!殺される!恐怖よりも先に驚きで身体が強張り、迫る槍先に僕は固まってしまった。そんな僕の前を、凄い速さでなにかが通り過ぎた。
大地を穿つ衝撃に地響き、砕かれる鋼の音、血飛沫を上げて飛散する男達の肉片。僕の前を通り過ぎたお嬢様の掌には、魔剣が握られていた。
魔剣ポードボーグの一振りで迫り来た男達は大地諸共切り裂かれ、大きく穿たれた裂け目に肉片と化して腸を散らし吸い込まれて行った。悲鳴ともとれる驚愕の声を上げながら、後続の何人かの男達が止まり切れずそのまま裂け目に転がり落ちて行く。どこまで深いのか、落ちていく男達の声が段々と遠のいていき、そして聞こえなくなった。
お嬢様が刻んだ裂け目は飛び越えるには広く長く、まるで突如荒れ地に断崖絶壁が現れたように見えた。僕はすぐさま辺りを見渡した。こちら側に誰も居ない事を確認する。「お嬢様、これであの者達は追ってはこれません!」これ以上争わず先を急ぎましょう。そう続ける前に、何気なく、まるで小さな穴を跨ぐかのように、妖馬は裂け目に向かって軽く飛び出した。
ふわりと浮く感覚に、背筋を寒気が走り抜ける。底が見えない裂け目に僕は堪らず叫びそうになったが、声を発する前に妖馬の蹄は向う側へ到達していた。この程度なんとも無いとでも言いたげに、妖馬は小さく鼻息を鳴らした。
「ななな、なんで飛び越えるんだよ!」僕の憤りを聞き流し、興味無さげに妖馬は男達に向かって歩き出した。
「・・・」
お嬢様は無言で、魔剣を手にしたまま男達を見つめている。妖馬はお嬢様の意図を察して、こちら側へ跳んだのだ。それはつまり、戦いはまだ、終わりでは無いという事だ。
「お嬢様・・・」
お嬢様の眼差しは冷たかった。故郷での厳しくも思いやりに溢れていたころとは違う、都に出てからの騎士修行の合間に見た、険しい眼差しとも違う。今のお嬢様の瞳に感情は無かった、茨の魔女の命に従って剣を振るう、骸の騎士としての冷徹さだけがあった。
後ろから見上げる僕は、その視線の冷たさに耐え切れず目を伏せた。
「戦士達よ、勇気を示せ!山の神よ我らに加護を!怖れるな!退くな!ここで魔剣使いを討ち果たすのだ!」
足を止め怖気づく男達の後ろで怒声を上げる若い戦士が剣を振り上げ、檄を飛ばす。
戦え、戦え、山の神の戦士の名に恥じぬ戦いをするのだ。勇気を、誇りを示せ、と。
しかし、その言葉に従う者はいなかった。
重い足を引きずる様に下げた武器を震わせながら、男達は一歩また一歩と下がっていく。その顔からは怒りと勇ましさは消え、恐怖に引き攣りながらも目を逸らす事で逃げ出さず、なんとかその場に踏みとどまっている様に見えた。
「怖気たか!簒奪王の配下だぞ!あの魔剣から我らが地を、家族を守らねばならぬ!戦うのだ!戦え!戦え!!戦えぇっ!!!」
声も限りに叫ぶ男の声からは次第に怒気が消え、懇願にも似た叫びに変わっていた。
「・・・」
お嬢様は無言のまま魔剣を構え、妖馬は叫び続ける男に向け一歩を踏み出した。その瞬間なんとか踏みとどまっていた男達の多くが、悲鳴とも取れる叫び声を上げ山へ向かって駆けだした。逃げ出したのだ。
「お、お前達!・・・」
慌てて呼び戻そうと逃げ出した男達に向かい、若い戦士が声を上げようと振り返ったその時、お嬢様の手の魔剣が咆哮し横薙ぎに振り抜かれた。
魔剣から放たれた衝撃は逃げる男達の背後から襲い掛かり、一人も逃さずその体を悉く粉砕し肉片の一つも残さず血煙に変えた。凄まじい轟音を上げ荒れ地を穿つその斬撃は、山へと続く道無き地を見える限り砕き進む。石礫交じりの土埃りが吹き抜け納まる頃には、荒れ地は山へ続く崖下まで岩肌を剥き出しにした平地へ変わり果てていた。
【・・・我に怨敵を示せ、我が切裂者共を悉く示せ!】
魔剣が脈動し渦巻く魔力を刀身から放つ。僕は初めて魔剣の声を聞いた、その刀身から迸る赤い魔力を初めて見た。
「・・・魔剣ポードボーグ」
思わず呟く僕を、魔剣の柄に開く八つ目の一つが見据えた。その目は歓喜に震え細められ、そして直ぐ残る標的へと向けられた。
唖然とする若い戦士と、逃げ出さず僅かに残った男達はただ無言で立ち尽くしていた。
「・・・」
ゆっくりと振り返る若い戦士の目は恐怖で見開き、震えていた。直ぐに青ざめた顔で揺れる感情が、恐れから怒りに変わる。そう、彼はまだ抗う意志を失わず、戦う意志を奮い立たせたのだ。
「・・・おのれ・・・おのれ!魔剣使いめ!」
怒りを込めた声を絞り出し、剣を振り上げる。
「戦士達の無念に!我らが誇りで報いるのだ!報いねばならぬ!」
側にいた戦士達はその叫びに、信じられないものを見る目で若い戦士を見た。
「勇気を奮い起こすのだ戦士達よ!今こそ我らが誇りを呼び起こせ!魔剣ごときに屈してはならぬ!簒奪王に平伏せば父祖の地を失うのだ!」
目を血走らせ、若い戦士は振り上げた剣を何度も振り下ろし繰り返し叫ぶ。戦え!戦え!戦え!と。しかしその足は一歩もその場を動かず、自らが進み出て先頭を走ることは無かった。
乾いた風が土埃を纏い流れる。お嬢様は無言で魔剣の切っ先を下げ、その意を汲んだ妖馬は静かに歩き出した。戦士達はたじろぎつつも踏み止まり、若い戦士は叫ぶのを止め思わず手にした剣を引き寄せ身構えた。その時、緩やかに下る荒れ地を駆けて近づく影があった。
僕は振り返り何が駆けて来たのかと目を凝らす。
土埃を巻き上げ駆ける細身の四肢には長い獣毛がなびき、身体に比べ大きな頭には幾重にも広がる二対の角を備えている。その角を激しく振り、飛び跳ねる様な走り方で真っ直ぐ駆けて来るその背に、戦士が一人跨っていた。
「お嬢様、一騎近づいてきます。武器は構えていませんが武装はしています」
目を離さず報告しながらも、駆け寄る戦士の腰の剣以外に何か装備しているかもしれない。見た事のない動物は馬では無い、あれは何だ?いや今はそれはいい。それより騎乗している戦士の鎧には見覚えがある。戦士達を率いていたあの若い戦士が纏っていた鎧に似ていた。
少し離れた場所で手綱を引き止まろうとする戦士は崖の様な裂け目に驚きつつも、荒い息を吐き前足を振り上げ荒ぶる乗騎を手で宥めながら声を上げる。
「・・・待たれよ!」
なんとか落ち着かせると戦士は降り立ち、敵意は無いと何も持たない方の手を広げ手綱を引き歩み寄る。
「騎士殿とお見受けするが、ここで何を?・・・!」
そこで初めて立ち竦む戦士達と青い顔色の若い戦士に気が付いたようだった。
「!?お前達・・・何故ここに来ている。村の守りはどうした?」
訝し気に問いかける戦士に、若い戦士は枯れた声で答えた。
「あ、兄上。その・・・加勢しようと・・・」
叱られることが分かっている子供の様に、若い戦士は言い淀みながら訴える。
「その数でか?数人増えたところで加勢にはならんといった筈だ、それより・・・」
そこで戦士は改めて周囲を見渡し、弟を問い質す。
「この有様は何だ?何が起きた、この様な裂け目など無かった筈・・・」
深さを確かめるかのように覗きこみつつ、戦士は弟たちの背後に広がる出来たばかりの平地に言葉を詰まらせる。
「・・・何があった」
そこで戦士はようやくこちらに目を向け、改めて口を開いた。
「騎士殿、無礼は承知だが何が起きたのか聞いても構わないだろうか?」
警戒しつつも、戦士はまだ腰の剣に手を伸ばさなかった。お嬢様との間に口を開く裂け目が安全な距離を保つ、と考えたのだろう。
「・・・そこの者達に行く手を阻まれ、手を下したまで」
僅かに顔を動かし答えるお嬢様に合わせ、妖馬はぐるりと向きを変え裂け目に近寄る。
「・・・それは・・・魔剣」
戦士は近づくお嬢様の手に握られた魔剣に気付き、その顔に浮かぶ警戒の色を濃くする。
「その魔剣で、この裂け目を?」
「いかにも」
「背後に広がる、あの・・・惨状も?」
「いかにも」
「もしや、かの簒奪王が配下では?」
一層険しくなる戦士の顔に、初めて敵意が浮かぶ。
「それは違う。簒奪王が配下の魔剣使いとその一団を討つ為に、我が主の命によって遣わされた」
「いかな国の騎士殿であらせられるか」
訝し気に問う戦士の顔から幾分か敵意は薄れつつも、警戒は消えない。
「いかな国にも仕えてはいない。我が主は茨の魔女、霧吹き山の麓に広がる魔女の森の女主人だ」
お嬢様は首を巡らせ、ここからは見えない森の方角へ目を向ける。
「霧吹き山の魔女の森・・・あの森の、そうか茨の魔女殿と言うのか」
「いかにも」
お嬢様は再び戦士に目を向け、静かに待つ。
戦士は警戒を解いたのか、頭を下げ深く息を吐く。何かを考えているのか、しばらくして顔を上げた。
「騎士殿、まずは我が血族の無礼を侘びねばならない。愚弟が無礼を働き騎士殿の邪魔をしたようだ、如何様にもしていただいて結構」
若い戦士が抗議の声を上げようとしたが、兄に無言で睨み付けられその言葉を呑み込んだ。
「お前には前から言い含めてきた筈だ、その言葉と行動には責任が付きまとうと」
見捨てられた幼子の様な表情で、若い戦士は縋る様に力無く歩き出す。
「に・・・兄さん・・・」
「我が弟は死んだ。その最期が誇りあるものである事を願う・・・これ以上恥を晒すな」
その言葉に愕然とし、膝から崩れ落ちる弟。
「・・・騎士殿、我が山神の民の中に魔女殿の森に敵対する者はいない。先先代の長より魔女殿の森で無礼を働いてはならぬ、ときつく言い伝えられております故。今回知らぬ事とはいえその者の行った無礼は、己が命で償う事でお許しいただきたい」
頷くお嬢様。
「・・・それでは」
一度だけ項垂れる弟を見た後、振り払うように踵を返して鞍に跨る戦士は手綱を握り締め振り返った。
「騎士殿が討伐に向かわれる簒奪王が配下とは、ここを下った先に居座る者共か?!」
頷くお嬢様。
「そうか、では要らぬ忠告と思うが気を付けられよ。彼の者が振るうは炎と嵐、二振りの魔剣。我が率いし角鹿騎兵千と手練れの戦士達二千を炎の嵐で焼き払った。しばらく進めば焼かれた畑と村々を目にするだろう」
「忠告感謝する」
お嬢様の言葉に、戦士は頷き駆けだした。
「・・・お嬢様」
二振りの魔剣を携えた、確かグラウ・・・ベリンドという戦士だった筈。
無言で振り返るお嬢様に合わせイシュカーンは踏み出し、項垂れたままの若い戦士へ歩を進める。
「あ・・・」
そうだ、まだ終わってはいなかったのだ。
-つづく-




