きぐるみ・戦争
ようこそ
ハピーランドへ
今夜は素敵な夢をあなたにプレゼントしてあげよう
おっといけない。大事なことを忘れるところだった。
ここでの大切なルールを教えよう。
その1
きぐるみを着ること
少なくとも殺されなくてすむ。
その2
きぐるみを着た人間に手を出すな
命が惜しければ。
その3
泣いて、叫んで、逃げ惑え
それでもあなたはここから逃げられない。
ファイル1 血まみれバニーちゃん
「僕は一生、あなたのことを守りますから」
「何、ばか言ってんの、たかがお化け屋敷で」
僕は額の汗を拭った。社のアイドルである亜希子をデートに誘ったのだがことごとく断られ続けた。
今年で40代も半ばに突入するとならば、お腹も出てくる。女性社員には煙たがられる始末だ。
そんな僕に訪れたチャンス、夏期限定、絶叫必至のお化け屋敷の特別招待券を手に入れたのだ。即日完売でネットオークションで3万の値がついた。
「こんちくしょー」
「なんかいった?」
「いえ、べつに」
双葉山山頂にある遊園地の売りはなんと言っても今いるお化け屋敷にある。中世ヨーロッパの路地をイメージした部屋にお化けに扮した役者が驚かせる。偽物とわかっていても背筋が寒くなり、ぞっと冷や汗が流れるのだ。言葉では強がっている亜希子でさえもさっきから僕の腕に胸を押し付けるぐらい接近している。
(いっそここから出れなくてもいいかも)
僕は鼻の下を伸ばした。
薄暗い通路を壁づたいに歩くと右手が何かに触れた。白くてふわふわしたもの。冷たい壁とは違う生温かい感触に僕は情けない声を上げ、尻餅をついた。
「ただの人形じゃない」
たしかにそこにいたのはよく遊園地などで風船を配っているウサギのきぐるみだった。
「なんだ。おどろかせやがって」
僕はウサギの胸元を軽くこついた。ウサギはよろめくがまた何事もなかったように静止している。
「ちょっと早く」
「ああ、まってくださいよぉ」
亜希子は僕が差し出した手を払いのけて口を押さえた。
耳を劈くような叫び声が上がる。
振り向くとウサギのきぐるみが斧を振り上げているところだった。
風を切る音が耳からではなく、頭蓋骨を伝って脳に響く。
空振りしたウサギが大げさに躓きその場に手をついた。
左の頬を生温かい液体が滴る。
手斧が左耳を切り裂き、あふれるような血が噴き出す。
手が震える。
体が動かない。
僕はその場にしゃがみ込む亜希子を見ていた。
手で頭をおおいぶるぶると震えている。
体勢を立て直したウサギが亜希子に迫った。
叫び声とともに鈍い音が響いた。
骨の砕ける音とともに叫び声もやんだ。
振り向いたウサギの顔は笑顔だった。
血を浴び、真っ赤に染まったウサギが笑っていた。
思わず身体を縮る。
ウサギが僕に近づく。
今度は左の肩に鋭い斧が食い込む。刃が左の肺を押しつぶしているのが自分でもわかった。
左手の甲が地面に力なく垂れ下がっている。
口から大量の血を吐き出す。
僕はゆっくりと視線を上げた。
血に染まった真っ赤なウサギが再び斧を振り下しているところであった。
ファイル2 双葉山の殺人鬼
「それが双葉山の殺人鬼?」
「いや、血まみれバニーちゃん」俺はハンドルを握りながら答えた。
「殺人ピエロもいるぜ」助手席の香具師が身を乗り出していった。
僕は香具師とナンパした女の子を乗せて山道を走らせていた。
時刻は夜の9時を回ったところだ。
「でもそれっておかしくない」後部座席に乗っていた茶髪のウエーブヘアーが言った。
「なにが」
「だって2人とも殺されたんなら誰がこの話を伝えたの」
いい判断だ。
車がトンネルの中にさしかかる。
今までうるさいぐらいに泣いていた虫の音がぴたりとやんだ。
この話には続きがある。
血まみれバニーちゃんは夜な夜なお化け屋敷から抜け出し、街で獲物を探しているというのである。
ちょうど今日みたいに風もなく、蒸し暑い夜は要注意だ。
車がトンネルを抜け、再び虫の音が響いた。
「Friend of friend」黒髪のショートが言った。
「なにそれ?」
「ともだちのともだち」
「よく怖い話って、ともだちのともだちから聞いた話なんだけどって言うでしょ。結局、誰も直接経験したことないってこと」
「へー勉強になった」僕はうわの空で言った。
眼前には双葉山の遊園地『ハピーランド』がその姿をあらわした。
ファイル3 鹿坊主・つの男
黒髪の女の名前をあずさといった。
名前なんてどうだって良かったが、黒髪の女と呼ぶのも面倒なので名前を聞いたのだ。
「あなたは?」
「化粧師」もちろん偽名だ。
殺人鬼には厳格な掟がある。
殺人鬼の掟 本名は名乗らない
獲物に接触する際は必ず偽名を使うのが鉄則だ。
「化粧師かわってるね」あずさは笑って答えた。大きな目が細くなるぐらい笑っている。
遠くに風船を持った犬の着ぐるみがこっちに向かって歩いてくる。
バッグからうさみみのカチューシャを取り出し頭につけた。
「何それ?」
「うさみみ」俺はそれだけ答えた。
犬の着ぐるみは会釈して俺たちの横を通り過ぎてゆく。
犬以外にもネコや大仏のきぐるみをきた人間がうろうろしている。
「みんな仮装をしているのね」
「今日は年に一度のハピーマダー祭だからね」
「そして閉園した遊園地に集まるのね」
「それも深夜にね」俺は笑った。
ハピーランドの大時計が10時を指し示す。
いよいよ年に一度のハピーマダー祭が開催された。
一斉に遊具の明かりが消される。
「停電」
俺はカバンの中から懐中電灯をとりだした。
ぼんやりとした明かりの中、静寂だけが辺りを包み込む。
そんな中、女性の叫び声が闇夜を切り裂いた。
『ハピーマダー祭』が始まったのだ。
俺は高まる興奮を抑えつつ、悲鳴の方へとかけていった。
鈍い音とともに人影が確認できた。
上半身裸の黒人男性で、腹にはたっぷりと肉がついている。
背中側なのでわかりにくいが、マウントポジション、馬乗りになりながらなにかを必死になぐりつけていた。
拳が振り下ろされる度に肉を押しつぶすような鈍い音がする。満足したのか、ゆっくりと立ち上がると、こっちに振り向いた。
悪役外国人レスラー顔負けの筋肉に、スキンヘッド。
目は血走り、両手は真っ赤に染まっている。
しかし一番恐ろしいのはあの角だ。
頭に鹿の角のカチューシャをつけている。
(どこかで見たことあるんだよなぁ)
俺は必死で彼の名前を思い出そうとしていた。
鹿男が大きく口を開け、威嚇しながらこっちに向かってくる。
(どうしても名前が出てこない)
俺は首をひねった。
鹿男が鋭い目で早く名前を当てろと訴えている。
凶悪な殺人鬼のはずだが、
こんな情けない鹿の角をつけた殺人鬼なんてほんとにいただろうか。
鹿男が雨に打たれたチワワのような目で俺を見つめてくる。
たった今、1人の人間を素手で撲殺したはずなのに
この哀愁漂うなんともいえない状況はいったいなんなんだ。
「せんど君!」
あずさの言葉に思わず手を叩いた。
せんど君とは子供向けのヒーロー番組の主人公で
平城京を舞台に悪の結社ワルモンダーと戦うキモキャラだ。
あまりの視聴率の悪さに3週間で打ち切りが決定し、
4週目の最終回では敵の幹部が最初のあらすじで葬られたというもはや伝説の特撮ヒーローものである。
ちなみに仲間に『まんど君』がいる。
「すっごい。あれも演出なの」あずさが寝ぼけたことを言う。
「へいじょう、せんとぉ」鹿男は口をいっぱいに広げて叫びながら追いかけてきた。
ファイル4 殺人ピエロ
10時きっかりに遊具の電源が落ちた。トイレでバッチリメイクを決めると殺人ピエロは外に出た。
いよいよ待ちに待ったハピーマダー祭が始まったのだ。
ここでにぶちんの君たちにこのピエロさまがハピーマダー祭について説明してあげよう。
ここ双葉山には閉園された遊園地『ハピーランド』がある。
どうして閉園された遊園地にいるのかって?俺たち殺人鬼は普段、表立って人を殺せるわけじゃない。
こそこそ人を殺して逃げ回ってる。
そんなのはもうやめだ。
俺たちはどうどうと人殺しをする。
そんな奴らが集まったのが『ハピーマダー』
通称、『幸せ殺人鬼クラブ』の面々だ。
『幸せ殺人鬼クラブ』の主宰するお祭が『ハピーマダー祭』ってわけだ。
わかったかなぁ
ここで簡単にルールを説明しよう。
その1
きぐるみをきること
殺人鬼たるものむやみに素性をあかすんじゃねぇってことだな。
その2
自分の獲物は自分で用意しろ
他人の獲物を殺ってるようじゃ一人前の殺人鬼とはいえねぇ。
その3
殺人鬼たるもの美学をもて
ただ殺すんじゃねぇんだ。殺しは美学。芸術なんだよ。
ってことでそろそろ殺っちゃいますか。
目の前にいる獲物に焦点を定めた。
「じゃーん」ベンチに座っている裕美にピエロ姿で声をかけた。
「びっくりした?」
返事はない。
「ちっとは驚けよう。なんでピエロなのとかさ」やっぱり返事はない。
「おい、いい加減に」裕美の肩に手を乗せるとずるりと力なくベンチから落ちた。
口から大量の血を流している。
「ひーぃ。死んでるぅ」ピエロはその場に尻餅をついた。
普段ならこのあたりで殺人鬼仲間からツッコミが入るのだが、当然なんの反応もない。
「まぁ、冗談はこのへんにして」手でホコリを払い立ち上がり、周囲を見渡した。
「普通、人の獲物に手を出すかぁ」あたりにきぐるみの姿はない。
すでに逃げられた後のようだ。
「しゃーない。他の獲物を探すかぁ」深いため息をつこうとしたとき、くぐもった声が漏れた。
自分の胸元に深々とナイフがつきたてられている。
「冗談だろ」ピエロは刺された右の胸を押さえた。呼吸をするたびにヒューと胸から空気が漏れる音がする。
「すっげぇ。肺が破けてるよ」
肺が機能していないため、うまく言葉がでない。
間髪置かずにもう一度ナイフが突き立てられる。今度は左胸だ。
口を必死に動かすが空気が入らない。耳にはヒューと空気の抜けるような音が聞こえるだけだ。
地べたをはいずり、首をかきむしった。
それもなんだがめんどくさくなって最後には辞めてしまった。
そして静寂が訪れた。
ファイル5 トカゲ男さん
現場付近には『幸せ殺人鬼クラブ』によって黄色の警戒テープがひかれていた。
『幸せ殺人鬼クラブ』からのメールで速報が流されたのは5分ほど前である。
同士が殺られたというのである。
『幸せ殺人鬼クラブ』で同士ごろしは重罪だ。
報復は避けられない。
テープを超えようとすると警視庁のマスコットに扮したきぐるみが制止する。
「馬鹿やろう。所轄の殺人鬼の顔ぐらい覚えとけ!」俺はぴーぽ君の頭を平手で殴ると現場の中へと足を進めた。
現場にはすでに『オオカミ男』と殺人外科医の異名をもつ『トカゲ男』の2人が到着していた。
「血まみれウサギさん。遅いですよ」トカゲ男が近寄ってきて声を掛けた。
そこには横たわる殺人ピエロの変わり果てた姿があった。
(ピエロのメイクをしているが香具師に間違いない。)
「すでに絶命している」オオカミ男が淡々とした口調で言った。
「死因は肺に穴をあけられたことによる窒息死」
「窒息死」
「それで誰がピエロをやったんだ」オオカミ男が聞いた。
「この手口に見覚えがありますよ」
「見覚え」
「ええ、通常ナイフで人を刺す際に肋骨が邪魔して肺には届かないんです」トカゲ男が自分の胸を親指で胸を刺す。
「この傷、アメリカ軍が使っていたスティンガーという細身の両刃ナイフに間違いないです」
「で、」
「私が知る限り1人しかいませんよ」トカゲ男はうれしそうに言った。
「伝説の殺し屋、ジャック・ザ・リバー」
「ジャック・ザ・リバー。こいつは大物の名前が出てきたねぇ」ウサギは手斧を振り上げて笑った。
「殺人鬼の掟を忘れたわけじゃないよな」オオカミ男が言った。
殺人鬼の掟 殺られたらやり返す
「私はごめんね」トカゲ男は首を振った。「相手は伝説の殺し屋、切り裂きジャックよぉ。私たち趣味で殺しやってるね。楽しければいい。でも、あいつ違う。金もらって殺しやる。この違い大きいよ」
トカゲ男はそういって2人に背を向けて出て行った。
オオカミ男がウサギの方を見る。
(ムリ、ムリ)ウサギは首を振る。
そんなとき、どこかで聞き覚えのある音楽が流れてきた。
「ほう、いいところにやってきた」オオカミ男がにやりと口もとを緩める。
悪巧みに関してオオカミ男の右に出る男はいない。
マイケル・ジャクソンのスリラーに合わせて現れたのは彦根城のマスコットキャラクターとして一躍メジャーデビューしたピコにゃんだ。後ろにはバックダンサーの黒猫、黒之助を連れている。
「よくきたな」オオカミ男がピコにゃんに話しかけた。
ピコにゃんは愛くるしい笑顔をむけた。顔が身体の半分を占めているために頭を動かすだけで大変そうである。
「兄弟の一大事に、駆けつけるのは当然のことだ。と言っている」バックダンサーの黒之助が肩に背負っていたCDコンポを地面に置き、肩で息をしながらピコにゃんの言葉を通訳する。
(こいつもなかなか大変だな)
オオカミ男はピエロが殺されたこと、犯人は伝説の殺し屋『ジャック・ザ・リバー』であることを告げた。
ピコにゃんは腕を組み、悩む素振りを見せるが、右手をぽんと叩くと黒之助に耳打ちする。
黒之助はどこから持ってきたのかショットガンをピコにゃんに手渡す。
「やはり伝説には伝説だな」オオカミ男はにやりと笑う。
「任せろ。ジャックの死体を引きずり出す。と言っている」黒之助は再びコンポを肩に背負うとピコにゃんの後をついて行く。
音楽のリズムに合わせてジョットガンが発射されるのが気がかりだが、伝説の殺人鬼ピコにゃんと伝説の殺し屋ジャック・ザ・リバーの戦いに目が離せない。
ファイル6 ピコにゃん
「ちょっとどこ行ってたのよ」裏路地で突然声を掛けられたので俺はびっくりして振り向いた。後ろに立っていたのはあずさだった。
(こいつまだ生きてたのか)
鹿男のせんと君に追いかけられていたのでてっきり死んだものと思っていたが、なんともすばらしい悪運だ。
「せんと君は?」
「さぁ、どこか行っちゃったみたい」あずさは笑って答えた。
それよりも問題はジャック・ザ・リバーとピコにゃんだ。
時々、ショットガンの爆音が響くのでピコにゃんがどこにいるのかはわかるのだが、ジャックの動向はまったくつかめなかった。
空を見上げると黒い塊が空からこちらに向って一直線に降ってくるところだった。
「危ない」俺はあずさを見捨て自分だけ逃げた。あいつがぺちゃんこになったところでどうでも良かった。
「危ないじゃない。こんな大きなものをなげたら」
やっぱりと言うか、こんな状況でもまったく動じない。
問題はこれをなげてきた人間が明らかに俺たちに殺意を抱いていると言うことだ。
そんなことをする人間は1人しかいない。ジャックだ。
「キャー。これ人間よ」あずさが落ちてきたものを見ていった。
確かに人間だった。目の前の廃ビルを模したアトラクションの屋上から投げ落とされただけにきぐるみの中はぐちゃぐちゃになっているだろう。
「これってトカゲ男ね」
たしかに先ほどまでオオカミ男と一緒に話をしていたトカゲ男に間違いなさそうだ。生きた状態で毛布で簀巻きにされ、突き落とされたのだろう。
となるとジャックはこのビルの中にいることになる。
俺はビルを見上げた。
ファイル7 ジャック・ザ・リバー
屋上でトカゲ男を投げ落とすとジャックは再び戦闘配置についた。
足音は2つ。白猫と黒猫のツーキャッツと見て間違いない。遠方でショットガンの音が聞こえるが、それは囮と判断して間違いなさそうだ。
屋上から階段をくだり、敵の侵入を待ち構える。
壁一枚隔てて敵の呼吸を感じる。
こちらの動きを伺っているのだろう。
10秒、20秒、30秒。
これからが正念場だ。
先に動き出したほうが負け。
痺れを切らしたのか膝の高さからぬっと顔1つ分が抜きに出た。
そのこめかみに向ってナイフを突きつける。
何の抵抗もなく、まるで豆腐に箸を突き刺すかのようにナイフはこめかみに深々と刺さって男がその場に崩れ落ちる。
ジャックの頭目掛けて鉄パイプが振り下ろされるのを紙一重で交わす。身体を反転させ、ナイフを男の咽元に向って投げつけるとぐっと声を上げてそのまま仰向けに倒れた。
「しまったこっちも囮か」
鉄パイプの男は大仏の覆面を被っていたからだ。
窓ガラスが割れ、辺りが光に包まれた。
フラッシュ・バング。警察が犯人逮捕の際に使用する閃光弾のひとつだ。
視界が光に包まれたとたん。身体に鈍い衝撃が伝わった。
ファイル8 オオカミ男
俺たちは階段を駆け上がるとそこには男たちが横たわっていた。
その中に見覚えのある人物がいた。
黒之助だ。
耳が半分欠けているがまだ息はあるようだ。
「ジャックは」
ゆっくりと黒之助の手が上を向いた。
「屋上だな」
俺たちは屋上にあがると2人の死闘はまだ続いていた。
ピコにゃんとジャックが一進一退の攻防を繰り広げている。
ピコにゃんが刀を突きつけるとジャックがはらりとかわし、ジャックが攻めるとピコにゃんが紙一重でそれをかわして見せた。
「あれがジャック」俺は息を飲んだ。
「ぬっくん」あずさが叫んだ。
『ぬっくん』と言うのは枯れキャラでブレイクした温野水洋一というキャラクターで髪の薄くなった中年男性が腹巻とステテコを履いたような姿をしている。渋谷の女子高生がこぞって『ぬっくん』のまねをして歩くと言う怪現象が起きたぐらいだ。ちなみにそういった女子高生たちを総称して『ぬくラー』と呼ぶらしい。
ぬっくんははらりとピコにゃんの攻撃を交わし、奇声を上げてピコにゃんに襲い掛かった。
「きえぇえええ」
危うし、ピコにゃん
このままやられてしまうのか
そこへ再び鈍い銃声が響いた。ぬっくんの身体が吹っ飛び、屋上からまっさかさまに地上に向って落ちていった。
「まさか、ぬっくんが伝説の殺し屋ジャック・ザ・バリーだとは恐れ入った」
振り向くとショットガンを構えるオオカミ男の姿がそこにあった。
オオカミ男は落ちていったぬっくんを確認すると満足そうに微笑んでいる。
「よくやった。我が同胞たちよ」そんな勝ち誇ったオオカミ男の胸にピコにゃんが日本刀を突き刺した。
「はがぁ」刃はオオカミ男の腹から背中を貫通し、オオカミ男も力なく屋上から落ちていった。
「なぜ。オオカミ男を」俺はピコにゃんに向って言った。
ピコにゃんはゆっくりと被っていたきぐるみを脱いだ。
「お、お前は・・・」
ファイル9 切り裂きジャック
ピコにゃんは被っていたきぐるみを脱いだ。
そこに入っていたのは茶髪のウェーブヘアーの女だった。
「裕美」あずさがさも親しげに言った。
「えっ、裕美って誰よ」
「忘れたの。今日、一緒にここまで連れてきてくれたじゃない」
俺は記憶を探ってみる。
後部座席にいた茶髪の女。
確かに・・・。
「でも確か、お前は死んだはずだ。殺人ピエロがそれを目撃している」
俺は読者の声を代弁して言った。
「ああ、それ血のり」裕美は懐から小さな袋を投げつけた。
「中身はカキ氷のイチゴシロップよ」
「それでも俺たちはお前の死体を確認して」
「どこにそんなシーンがあるのよ。あなたたちが確認したのは間抜けなピエロだけ。そばに私の死体があったなんてどこにも書いてないわよ」裕美はA4に印刷された小説を俺に向って投げつけてきた。
「た、たしかに・・・」俺は隅々まで小説を読み返したが裕美の死体を確認するシーンは一度も描かれていない。
「じゃぁ、その君が生きていたのはわかった。話を変えよう、どうしてオオカミ男を殺したんだ」
俺は格好良く人差し指を突きつけた。
「私がジャック・ザ・リバーだからよ」
「はぁあ?」
「ピコにゃんのきぐるみを私があいつから引っぺがしたのよ。まさか中身が『ぬっくん』だったとはさすがの私も驚いたけど」
つまりジャックだと思っていた『ぬっくん』がピコにゃんで、ピコにゃんと思っていた『ピコにゃん』がジャックだったわけだ。
(ややこしい)
「つまりオオカミ男はジャックと勘違いしてピコにゃんを撃っちまったってわけか」俺は合点が言ったと言うふうに手を叩いた。
(つまり今の状況は非常にまずい。1人の殺し屋相手にチーム殺人鬼が全滅してしまった。果たしてこの状況をどう打開すべきか)
そんなことを考えている間に左のわき腹が熱くなってきた。
ジャブジャブと熱い液体が噴出してくる。
白いふわふわしたきぐるみがどんどんと赤く染まっていく。
ジャックは微動だにせず手を腰に当て悠然と立っている。
俺のわき腹に再度ナイフが突き立てられた。
振り向くと鹿のカチューシャを頭につけたあずさがナイフを片手に立っていた。
「ごめんね。ジャック・ザ・リバーは2人組の殺し屋なの」あずさが人差し指を頬に当て笑って言った。
俺は薄れ行く意識の中で思った。
(意外にかわいいじゃない・・・か)
きぐるみ・戦争 【完】
神木蓮司です
もしきぐるみが動いたら
そのきぐるみが襲ってきたら
こわいだろうなぁってのがはじめの構想だったんですが
最後にはとんだ笑い話になってしまいました