旅行(後編)
「晴佳、大丈夫?」
「あー、うん。随分良くなった。ありがと」
貸切風呂で裸の彩未に抱きしめられて、離れるのが勿体なくてしばらくそのままでいたら、逆上せた。なんて情けない……
なんとか部屋に戻ってきて、ベッドに倒れ込んで回復を待っているところ。
ベッドに腰かけている彩未を見上げれば、頭を撫でてくれた。好き。それに浴衣がとても似合っていてとても可愛い。
「はる、声に出てる」
「あれ? 出てた?」
「うん」
「好きだよ」
「私も」
照れたように笑う顔も、とても可愛い。同じ気持ちを返してもらえるなんて、こんなに幸せなことなんてない。せっかく気持ちを伝えられるようになったんだし、伝えていかなきゃね。
「明日にはもう帰っちゃうのか」
「明後日、晴佳仕事でしょ」
「そうなんだけど。1日がもっと長ければいいのにな。次の連休は長く帰るから」
「うん。楽しみにしてる。予定全部空けておくから」
「いや、お友達とも遊んで? 束縛したいわけじゃないから」
気持ちは凄く嬉しいけど、そんなことを言われたら離せなくなるのは確実だから。
「大丈夫。それまでにいっぱい遊んでおくから。晴佳とは遠距離なんだし、会える時に会わなきゃ。ねぇ、体調良くなった?」
「うん。お陰様でもうすっかり……あの、彩未さん?」
起き上がろうとしたら、にっこり笑って肩を押された。全然力は入っていないけれど、これは起き上がるなって事であってる?
「晴佳ばっかりずるいと思うの」
「え……?」
「私も晴佳に触りたい。だめ?」
そう言いながらも、頬を撫でられ、私の反応を確認しながら、そのまま下に下がっていき鎖骨を撫でてくる。
「触られるのは嫌? 色々調べたんだけど、触られたくない人もいるんでしょ。嫌なことはしたくないから。晴佳はどう? 爪もね、ちゃんと整えてきたよ。嫌なら、残念だけれど諦める」
「っ……嫌じゃない、けど……調べたんだ……」
「うん。嫌じゃないなら、遠慮なく」
私の返事を聞いてすぐにベッドに上がって私のお腹の上に跨って、浴衣の合わせ目から手が入ってくる。反応を楽しんでいる余裕が悔しいし恥ずかしいしで顔を背ければ、気に入らなかったのか頬に手が添えられて、唇が重ねられた。
彼女の向上心がありすぎて驚いている間に、あっという間に主導権を握られる結果となった。
*****
朝目が覚めて、彩未が隣で眠っていることに幸せを感じる。この幸せが当たり前になる日が待ち遠しい。
彩未に触られるのは嫌じゃなかったけれど、途中で触れたくなって、我慢するのが大変だった。その反動で何度も求めてしまったせいで睡眠時間が減ってしまった。起こすのは可哀想だけれど、朝ごはんも楽しみにしていたし、起こさなかったら怒られるのは間違いない。……起こしても怒られるかもしれないけれど。
「彩未、朝だけど起きられそう?」
「ん……はる……痛っ」
寝起きでぼんやりしているけれど、少しづつ意識がはっきりしてきて、起き上がろうとすれば腰が痛んだのか、顔を顰めた。大変申し訳ない……
「はる、だっこ」
怒られるかな、と様子を伺う私を見て呆れたように笑って、両手を広げてきた。
「喜んで!」
「ふふ」
彼女が可愛すぎてつらい。
*****
「晴佳、写真撮りすぎじゃない?」
「彩未が可愛いからね、仕方ないよね」
「もう」
チェックアウト後、近くの観光地ではしゃぐ彩未や、食べ歩きをする様子を撮影していたら、呆れたように撮りすぎだと言われたけれど、撮るでしょ。こんなに可愛いんだから。離れている間に眺める写真が増えて非常に嬉しいです。
「はる、こっち向いて」
「ん?」
買ったものを手にベンチに座ったところで彩未に呼ばれ顔を上げれば、スマホが向けられていて、シャッター音が聞こえた。少し前まで、写真を見てニヤニヤしていた自覚があるけれど、大丈夫そう……?
「私だって、晴佳の写真欲しいから」
「かっわいい」
何それ? 可愛すぎるんですけど……
「晴佳、あーん」
「……っ、待って、突然はよくないと思う」
「いらない?」
「……いただきます」
本当に、彼女が可愛いです。
「そうだ。ロック画面変えちゃったんだね」
「……ロック画面?」
私のロック画面は複数設定してあって、今は風景になっている。
「うん。ちなみに、私のスマホのロック画面はこれね」
「えっ!?」
これ、と見せられたのは運転中の私の横顔だった。昨日撮っていたやつの1枚だと思う。
「よく撮れてるでしょ?」
「ええ……恥ずかしいんだけど。変えてよ」
「嫌。晴佳だって設定してたの知ってるんだから」
「……え?」
設定がおかしくなってる? 急いでスマホを確認してみれば、特に変わったところは無かった。
「そんなに慌てたら、今も設定してるって言ってるようなものじゃん。付き合ってすぐの朝にね、メッセージが来た時に見ちゃって」
「うわ、バレてた」
まさかの。気づかれていたなんて、全然知らなかった。
「晴佳、大学の友達に大人気で」
「……え?」
「会えない間、よく写真を見てて、誰? ってなって」
会えない間によく見てた……?
「色々話したら、皆に鈍感、って言われて。晴佳は可哀想な人認定もされてて。会いたいって言ってるから、今度彼女って紹介させて?」
「うん……ありがとう」
彩未は本当に、真っ直ぐで眩しい。
「またしばらく遠距離になるけど、浮気しないでね」
「は? するわけないじゃん。私はずっと、彩未しか見てないのに。伝わってない?」
「ーっ、伝わってる、けど、やっぱり不安になるかな」
「うーん、そっか……どうしようかなぁ……彩未こそ、よそ見しないでよね」
「もちろん」
ずっと好きで、諦めようとしても諦められなくて。彩未から手を伸ばしてもらって、やっと掴んだ幸せを手放すなんて有り得ない。私が彩未を幸せにするから、そばにいて。
「帰りたくないなぁ」
「私だって、帰したくないよ」
「新幹線に乗ったら、一気に寂しくなりそう」
「うん。見送って泣いちゃうかも」
「えぇ、泣いちゃうの? はる、かわいい。ぎゅーする?」
「したいけど、しない」
「だよね」
さすがにね、観光地の休憩所ですからね。くすくす笑う彩未が可愛くて、2人っきりじゃないのが心底残念。まだ時間があるし、観光はもう切りあげて、2人になれる場所に連れ込んでしまってもいいだろうか。私がどれだけ彩未しか見ていないか分かってもらえたら、不安を少しでも軽くしてあげられたりとか、しないかな。彩未に触れたいっていう下心もあるけど。でも色々観光したいと言っていたし、怒るかなぁ……
「……る、はる? 聞いてる?」
「あ、ごめん。もう1回言って?」
「せっかく会えてるのに……」
「ごめんね。彩未と2人になりたいなぁ、って考えてて、上の空になっちゃった」
「えっ……」
「まだ時間あるし、ダメ?」
「……ダメじゃない」
「やった! 食べ終わったら、移動しよ」
私が話を聞いていなかったからちょっと不機嫌になってしまったけれど、正直に伝えて良かった。そして、ちゃんと小声で話した私、偉い。
またしばらく会えないし、好きだって沢山伝えよう。彩未だけだし、浮気なんてありえない、ってちゃんと信じてもらわなくちゃね。