旅行(前編)
年始に彩未と想いが通じて、遠距離恋愛がスタートした。
少ない時間でも毎日ビデオ通話をして顔を見て、声を聴いて、逢いたい想いが募る一方。先月は連絡すら取っていなかったことを考えると、間違いなく幸せだけれど。
彩未が春休みに入ったし、近々帰ろう。有給を付けさせてもらって2泊で帰れそうなタイミングがいいかな。この後、都合を確認してみようと決めた。
「寮って誰かを泊めたりできるの?」
「え? 寮? 申請すれば呼ぶことは出来たはずだけど、宿泊は無理だったと思うな」
今日もいつも通り、寝る前に画面越しではあるけれど、彩未との時間を過ごしていれば、唐突に話題が変わった。
「そうだよね。それなら、ホテル取ろうかな。駅前がいいかな?」
「……ん?」
今、ホテル取るって言った?
「あの、彩未? もしかして来てくれるの?」
「うん。春休みに入ったし、バイト代も貯めてるから晴佳の休みに合わせて行きたいなって。いい?」
「えぇ……嬉しい」
「晴佳も一緒に泊まろ?」
ちょっと彼女が可愛すぎて心臓が持たない。画面越しでこんなに可愛くて、実際に会ったらどうなるんだろう? 心臓止まらない? 大丈夫?
付き合った次の日にはもう遠距離になっちゃったから、付き合い始めてから直接会うのは2回目なわけで……
「晴佳?」
「あ、ごめん! 一緒に泊まろう」
「やった!」
「ホテルは私が予約するね」
「え、いいの? ありがとう」
お金は払うからね、っていう言葉は聞こえなかったことにして、せっかくだからいいホテルを予約しよう。今から待ち遠しいな。
*****
「彩未」
「晴佳! 会いたかった!」
「……っ、私も。来てくれてありがとう」
改札で待っていた私を見つけるなり、駆け寄ってきた彩未が可愛すぎてどうしようかと思った。もこもこの彩未、可愛すぎない??
「こっちは寒いね」
「雪も多いしね。足元気をつけてね」
「気をつける。晴佳、手繋ご」
「!?」
私の返事を待たずに指が絡められて、言葉が出なかった。腕を組んでくることはあっても、こんな風に触れられたことなんてない。
「晴佳? なんか変じゃない?」
「え? あ、いや、そんなことないよ。うん。行こうか」
「変なの」
あなたのせいでね?
「送ったリンク見た?」
「うん。HP見たら凄く良さそうだったし楽しみだなぁ。貸切風呂とかもあるんだよね」
「……そうだね」
繋いだ手を振りながら、うきうきした様子の彩未がただただ可愛い。
今までどうやって接していたんだっけ……
それにしても、貸切風呂? 入るの? 一緒に??
「ホテルまではバス?」
「ううん。車」
「え? 免許持ってたっけ?」
「こっちに来てから取ったんだ。すぐそこの駐車場に停めてるよ。赤いスポーツカーの横の黒い車なんだけど……見える?」
休みの日に誰かと会うこともほとんどなかったし、時間は沢山あった。
「うん。見えた。知らないことが沢山あるんだろうなぁ……誰か乗せた?」
「え?」
「助手席」
「あー、うん。同僚を」
「ふーん。ねぇ、何笑ってるの?」
拗ねた顔すら可愛くて、思わず笑っていたみたい。
「可愛いなぁ、って思って。彩未を乗せたいな、ってずっと思ってたよ。だから嬉しい。どうぞ」
「ありがと」
助手席のドアを開けて、先に乗ってもらって運転席に移動すればじっと見つめてくるからなんだか落ち着かない。
「なに?」
「好きだなぁ、って」
「すっ……!?」
この子、本当にどうしよう??
私が好きって伝えるのにどれだけかかったことか……
「晴佳、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
「かわいい」
「はぁー、彩未がね。シートベルトした? 出るよ」
「はーい」
彩未に勝てる気がしなくて車を走らせれば、横でくすくす笑っている。こんな風にまた一緒に過ごせるなんてね。
*****
「ひろっ! え、こんなにいい部屋取ってくれたの?」
チェックインをして部屋に入れば、和洋室ツインと伝えていなかったから、彩未が驚いたような声をあげた。喜んでくれたみたいで嬉しい。
「うん。初めての旅行だし」
「ちゃんと請求してよ?」
「えー? あ、ベランダ出てみようよ」
景観も良いと聞いていた通りで、ゆっくりできるようにテーブルと椅子も用意してあった。
「綺麗だね。露天風呂も写真で見る限り良さそうだから、入ってくる? 私はシャワー使うけど」
「貸切風呂空いてるか聞いてみようよ。フロントにかければいいのかな」
とりあえずかけてみる、と私の返事を待たずに中に戻って行った。行動力……
「20:00から予約取れたよ。ご飯食べてゆっくりして、ちょうどくらいかな?」
「……そうだね」
彩未と温泉? しかも貸切? タオル巻いて入ってくれないかな……だめか……
「夜ご飯ってビュッフェだったよね?」
「あ、うん。部屋に運んでもらうのも選べたけど、ビュッフェが人気みたいだからそっちにしちゃった」
「デザートの写真凄かったよね。実際はどうかな?」
彩未は既に夕食を楽しみにしていて、切り替えが早い。楽しみにしているし、少し早いけど、もう向かってもいいかもしれないな。
「食事会場に向かってみる?」
「うん!」
「……っ、かわいすぎでしょ……」
「何か言った?」
「ううん。行こ」
満面の笑みで頷かれて、可愛さに心の声がダダ漏れになった。私はこの後持つのだろうか?
「うわ、すっご!」
「これは何があるのか確認するのも大変だね」
「晴佳、早く行こ!」
席に案内され説明を受けた後、食事中のプレートを置いて、今にも駆け出しそうな彩未と共に席を立った。
ライブキッチンもバーカウンターもあって、目移りしてしまう。ノンアルコールのカクテルがあるか聞いてみよう。
デザートまで堪能して、部屋で少し休めば貸切風呂の時間となった。
なるべく彩未を見ないように、乗り切ろう。
フロントで鍵を借りて、貸切風呂について内鍵をかける。カチャ、という音がやけに響いた。
「晴佳、遠くない?」
「そんなことないよ」
先にシャワーを済ませて温泉に入ってもらい、後から彩未を見ないように反対側へ入浴すれば、不満げな声がかけられた。
「全然こっち見ないし……魅力ない……?」
「ちがっ……!」
落ち込んだ声に慌てて彩未を見れば、髪をアップにしていて、綺麗な鎖骨が目に飛び込んでくる。首筋をつたう水に視線が下に向きそうなのを堪えて目を合わせた。目が合った彩未は、全然悲しそうな顔なんてしていなくて、ニヤリと笑っている。
「はる、隣に行ってもいい?」
「……だめ」
甘えた声に揺らいだけれど、ここで受け入れたら理性が持たない気がする。
私の葛藤を分かってくれたのか、仕方ないな、と眉を下げて諦めてくれた。
「一緒に住んだら、毎日一緒に入ろうね」
「っ!?」
一緒に……? 毎日……? 私の心臓大丈夫?
「私の卒業が先か、晴佳が戻ってこられるのが先か、どっちだろうね」
まだまだ先だなぁ、と呟く彩未は、私と一緒に暮らしてくれるらしい。
「どうかした?」
「いや、一緒に住んでくれるんだな、と」
「……あ。一緒に住もうね、って言ってなかったっけ」
「うん。聞いてない」
「いや?」
「嫌なわけない」
彩未と一緒に暮らせたら、どれだけ幸せだろう。毎日、隣で眠る彩未を起こして、沢山甘やかして、私なしでは生きられなくなればいい。重すぎるから、この気持ちは隠さなきゃ。嫌われたら、生きていけない。
「はる、好きだよ。だから、そんなに不安そうにしないで」
「彩未、待っ……」
裸のままで抱きしめられて、暗い気持ちが一瞬にして塗り替えられた。
「私のせいなんだけど、晴佳は気持ちを隠すのが上手いから、また何も言わずに離れちゃうんじゃないかって心配。何かあるなら、話してね。今言えないなら、言えるようになるまで待つから」
「……うん」
「弱ってる晴佳かわいい」
くすくす笑いながら愛でられて、ものすごく恥ずかしい。これは、この後どうしたら良いのでしょうか……?