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部屋から逃げ出して、飲み物を取りにキッチンに入ればリビングにいた両親からの視線が集中した。
「晴佳、おめでとう」
絶対目を合わせないようにしようと思ったのに、話しかけてくるのね……
「何が?」
「初恋成就?」
「は? なんで知ってるの?」
「彩未ちゃんのお母さんからメッセージ来た」
「どゆこと??」
彩未のお母さんから?? ダメだ、意味が分からない……
「これ、彩未ちゃんのお母さんから」
『うちの鈍感娘がやっと気持ちに気づいたみたい! 今日は晴佳ちゃんの所に泊まるから、って連絡が来たのでよろしくお願いします。しばらく2人っきりが良いだろうし、時間があればこれから飲みに来ない? パパも楽しみにしてるから』
「なにこれ」
スマホを渡され、メッセージを見れば情報量が多い。彩未が泊まる? 聞いてないんですけど……
「書いてある通り。お父さんと出かけてくるから、ごゆっくり~明日は休みだし、帰りは遅いと思うけど彩未ちゃんに無理させないようにね?」
「……はぁ!? 何言ってるの!?」
うちの親、オープンすぎませんか??
「何って……ねえ? じゃあ行ってきまーす」
特別な時にしか飲まないお酒を持ったお父さんと連れ立って家を出ていった。
え? 2人っきり?
「おかえりー」
部屋に戻れば、ベッドに寝そべって漫画を読んでいる彩未の姿。寛ぎすぎじゃない?? こっちは色々混乱してるのに……
「ただいま。彩未、今日泊まるの?」
「あれ、聞いちゃったの? 泊まる」
「拒否権は?」
「無い。嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
泊まりなんて初めてじゃないけど、両想いになった訳だし今までとは違う。しかもお母さんが変なことを言うから意識しちゃうし……
「嫌じゃないなら泊めて? 今帰っても宴会してるし」
「もしかして彩未が提案した?」
「さぁ?」
これは彩未が提案したな……
「はぁ……布団持ってくる」
「なんで? 一緒がいい」
「無理。私が布団で寝るからベッド使って」
「晴佳が布団なら私も布団ー」
「いや、2つ敷けないし」
「1つに決まってるじゃん」
えぇ……絶対寝れないやつじゃん……こうなった彩未は頑固だから、ベッドの端に寄って距離を置こう。そうしよう。
「彩未、お風呂どうする?」
「もう入ってきた」
「早くない?」
「そういう気分だったから」
最初から泊まるつもりだったな?
「じゃあ、入ってきちゃうわ」
「行ってらっしゃ~い」
漫画の続きを読み始めた彩未に見送られて部屋を出る。
ゆっくり気持ちを落ち着かせて来よう。
「彩未、お待たせ……あれ、寝ちゃったんだ」
部屋に戻れば、彩未は気持ちよさそうに眠っていた。ちょっと待たせすぎちゃったかな。
「かわい……」
いつもそばに居て、でも決して触れることが出来なかった彩未が私の恋人になった。
こんな日が来るなんて思わなかったし、明日からはまた離れないといけない。
「離れたくないなぁ……」
付き合った次の日から遠距離とか、自分で決めたくせに寂しい。こっちに本社があるし、優秀な成績なら異動もあると聞いているから頑張ろう。
初めは地方勤務というのも私には都合が良かったし、本社への転勤もあるというのは魅力的だった。彩未から離れたくせに、少しでも近くにいられる可能性を残しておきたかった、っていうのは未練がましいから内緒。
本社への転勤希望も、彩未のそばにいたい、っていう理由だなんて本気で本社への異動を目指している人からしたら不純な理由かもしれないけれど……
「ん……」
頬を撫でれば彩未が身動ぎをして、起きちゃったかなって焦ったけれど大丈夫そう。
起きなくて残念なような、ほっとしたような……
無意識に彩未の唇を撫でてしまって、慌てて手を離した。さすがに寝てる彩未を襲う訳にはいかない。初めてがそれとかありえないよね。大人しく寝よ……
おでこにキスを落として、空いているスペースに潜り込んで背中を向けたけれどとても眠れる気がしなかった。
寝ようと頑張ってみたけれど無理で、もう彩未の寝顔を眺めていよう、と開き直って向きを変えればバッチリ目が合った。
「うわ!? 起きてたの!?」
「うん」
「……いつから?」
「お待たせ、から?」
「……は?」
最初からじゃん!!
「寝てたらどんな反応するかなぁって寝たフリしてたら甘々で起きるタイミング逃した」
「うわ、恥ずかし……」
部屋が薄暗くてよかった。きっと顔が赤いと思うから。
「晴佳、寝ちゃう?」
「うん。寝る」
近距離で、しかもベッドで彩未と見つめ合っているこの状況は不味い。
不満そうに頬を膨らませる子供っぽいところも愛しくて仕方が無いし、こんなに可愛い彩未を前にして冷静でいられる自信もない。
「えっちしないの?」
「ぅえっ……!?」
この子は何を言い出すんですかね?
「晴佳はシたくない?」
「それは……」
もちろんシたいけど。でも経験なんてないし、彩未に下手だと思われたくない。とはいっても練習する訳にもいかないから引き伸ばしたところで上手くなるものでは無いけれど……
「……いいの?」
じっと見つめてくる彩未に問いかければ、頷いてくれたから、組み敷いてゆっくり唇を重ねた。
腕の中で眠る彩未を見つめながら、未だに信じられないというか、夢でも見てるんじゃないのかなって思う。
ずっと想い続けて、絶対叶わないと思っていた事が叶った。今までずっと一緒にいたのに、見たことの無い彩未の姿にどうしようもなく興奮したし、乱れる彩未を見た男がいると思うと胸が苦しくなる。
気持ちを伝え続けていたらもっと早くこんな関係になれていたかも、なんて考えても仕方の無い事ばかり考えてしまう。臆病な自分が悪いことなんて分かっているけれど。
私を選んでくれたからには、絶対大切にするし、誰よりも幸せにしたいと思う。遠距離になるから寂しい思いはさせちゃうけど、その分会えた時に沢山甘やかそう。
「ん……はる……?」
「ごめん、起こした?」
抱きしめる力が強くなってしまって、彩未がとろんとした目で見上げてくる。やば……可愛すぎて無理……
「なんじ?」
「2時。寝な?」
「うん」
擦り寄ってきて、安心したように目を閉じる彩未は最高に可愛い。ただの幼なじみだった時も無意識に擦り寄ってきて、その時は彼氏と間違えてるんだろうな、って苦い気持ちだったけれど今は違う。ちゃんと私だって認識していて擦り寄ってきてくれるのは嬉しい。
寝ちゃうのが勿体無いけれど、このまま起きていたらまた彩未に触れたくなっちゃうから、可愛い寝顔の写真を撮ってロック画面に設定して目を閉じた。浮かれすぎている気がするけれど、長年の片想いが実ったから大目に見て欲しい。彩未には絶対バレないようにしないとね。
先に起きた彩未に見つかっていて、彩未のロック画面が私になっているのを知るのは少し先の話。
お読みいただきありがとうございました!