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彩未視点
晴佳が引越しをした。
晴佳に会いたいな、と思ったけれど部屋の電気が消えていたから電話をすれば、返ってきた言葉に思考が停止した。引越し……? そんなの聞いてない。
晴佳は就職、私は大学進学で進路は違うけれど、地元の企業に就職が決まっていたし、家も隣だからいつでも会えると思っていた。
実家だと甘えちゃうから? それで黙っていた、なんて納得できない。県外ってことしか教えてくれなかったし、誰か来た、だなんてきっと嘘。何年一緒にいると思ってるんだか……早口になったし、ビデオ通話だったら、目が泳いでいるのを確認出来たと思う。
私に引越しすることを教えたくないほど、嫌になったっていうこと? 昨日までは普通だったのに。
「彩未ー、ご飯は?」
「……いらない」
「開けるよー?」
いい、って言ってないのに。
「電話してたの?」
「うん」
「晴佳ちゃん?」
「……そう」
「引越し今日だったもんね」
え? 知ってたの??
「お母さん、知ってたの?」
「あれ? 彩未知らなかったの? 晴佳ちゃんが彩未には自分で言うから、って」
「さっき電話した時に聞いた」
「あー、そっか。まあ、1回離れてみるのもいいのかもね。見えなかったものも見えるかもしれないし?」
「何それ??」
「さー? じゃ、おやすみー」
意味深な言葉を残して、部屋を出ていった。見えなかったもの、って何?? お母さんは何か知ってるの??
晴佳が居ない日々は物足りなくて、ふとした時に晴佳を探してしまう。
引越して、居なくなってからもつい窓の外を見てしまう。晴佳の部屋が見えるのに、そこに晴佳は居ない。あれから晴佳からの連絡は無くて、私から連絡をするのは何だか悔しいから連絡はしていない。こういう時にお互い意地っ張りで頑固だなって実感する。
大学生活の中で、晴佳に聞いて欲しいことが増えていく。彼氏と過ごしていても晴佳はどうしているのかなって考えることが多くなって、一緒にいても楽しくないし最近は上手くいっていない。
SNSを見ても、風景ばかりで自分の写真は載せないから、元気でいるのかなって心配になるけど、更新があれば安心した。
ほぼ毎日会っていた晴佳と会えなくなって、カメラロールの晴佳の写真を眺めることが増えた。
「彩未、ボーッとして、どうしたの?」
「え、誰? この美人」
「顔綺麗すぎない? モデルとか?」
「何何??」
晴佳の写真を開いたままテーブルの上にスマホを置いていたら、近くにいた友人たちが見つけてきゃあきゃあ騒いでいる。私は見慣れたけど、怖いくらいに整ってるもんなぁ。
「ね、他に写真ないの?」
「あるよ。……はい」
「うっわ!! この写真やばくない? 芸能人って言われても違和感ない」
「笑顔可愛すぎるでしょ」
「え……この写真、彩未を見る目が優しすぎじゃない?」
見られて困る写真なんてないからスマホを渡せば、顔を寄せあって食い入るように見ている。
「で、誰なの?」
「幼なじみ」
「羨ましい!! 同い年?」
「うん」
「就職? 進学? 是非とも近くで見たい……! 紹介して?」
「就職のはずだけど、県外らしいから無理かな」
「……??」
私の回答に不思議そうな視線が集中した。幼なじみなのに、何も教えて貰えなかったんだもんな……
「なにそのふわっとした回答」
「何も教えて貰えなくて。突然引越して連絡もくれないし」
「え、喧嘩でもしたの?」
「ううん。してない」
考えたら落ち込んできた。晴佳にとって、私ってその程度の存在だったってことだよね。
落ち込む私に、相談に乗るよ、と優しい言葉をかけてくれた友人たちに話をすればなんとも微妙な視線を送られた。
「彩未ってさ……」
「うん?」
「「「「鈍感」」」」
「は?」
揃いも揃って何?? 私が鈍感?
「毎朝起こしに来てくれて?」
「バイトが遅くなる時には迎えに来てくれて?」
「落ち込んでると隠しても気づいてくれて?」
「可愛い、ってよく言われる??」
「「「「惚気か」」」」
「いや、惚気なわけないでしょ」
何言ってるの? と友人たちを見れば、揃ってため息をつかれた。
「そうだな……彼氏と、晴佳ちゃん、一緒にいて落ち着くのは?」
「晴佳」
「嬉しいことがあった時に1番に話したいのは? 悲しいことでもいいけど」
「晴佳」
これはなんの質問? 晴佳といる時が1番自分らしいと思うし、彼氏と親友だったら親友といる方が楽じゃない? 何かあれば1番に聞いて欲しいけど、みんな違うの??
「この写真とかさ、友達にしてはくっつきすぎじゃない?」
「そう? でも抱きつけば抱き締め返してくれるよ?」
晴佳の方が背が高いから、ギュッとされると安心したなぁ……
「これでなんで気づかないかなぁ……いや、気づかないようにしてる……?」
「近すぎると分からないんじゃない?」
「でももう数ヶ月離れてるんでしょ? 彩未が鈍感なだけじゃん」
「晴佳ちゃん、可哀想……」
好き放題言われてるけど、何が言いたいの??
「こういうのは自分で気づかなきゃ意味ないんだろうけど、言いたい……」
「晴佳ちゃん美人だし、彼氏でもできてるかもね?」
晴佳に彼氏? 今まで男なんて興味無い、って言ってたけど、向こうでいい人に出会ってるかもしれないのか……なんだかモヤモヤする。
何故だか晴佳は恋人を作らないって思い込んでいたけど、ずっとモテていたし、そんな訳ないのにね。私が知らないだけで、今までにも恋人がいたかもしれないし。
晴佳と連絡を取ることがないまま、あっという間に年が明けた。晴佳、いつ帰ってくるのかな……
帰ってきたらちゃんと話そうと思っていたのに、帰って来る様子がない。お母さんとは連絡をとっているみたいだから聞いても、知らない、って言うし……
というかお母さんには連絡するくせに、私には連絡が無いってなんなの? 私から連絡すればいいだけなんだけど、時間が経ちすぎて送りづらくなってしまった。
今日は夕方から遊びに行く予定だったけれど、何となく行きたくなくて部屋でゴロゴロしていた。
「彩未、出かけるんじゃなかったの?」
「んー、今日は行くのやめた」
「……そう。ダラダラしてないで出かけてきたら?」
「えー、もう断ったし寝るー」
部屋を出ていったお母さんを見送って、日課になっている晴佳の部屋を見れば、電気がついていた。
晴佳のお母さんが掃除でもしてるのかな? ……あれ、晴佳?? カーテンを開けて電話をかければ、しばらくスマホを眺めていたけれど、出てくれた。
『……もしもし?』
久しぶりに聞く声に、じわりと涙が浮かぶ。
「晴佳……いつ帰ってくるの?」
『うーん、ちょっと忙しくて帰れないかも』
「嘘つき」
『え……? もしかして、家にいるの?』
驚いたような声がして、晴佳の部屋のレースカーテンが開かれた。
バッチリ目が合って、気まずそうな表情を浮かべる晴佳の姿。嘘をつくほど、私に会いたくなかった?
『彩未……なんで泣いてるの?』
「晴佳が嘘つくから」
『……ごめん』
「会いたかった……」
窓を開ければ、同じように晴佳も窓を開けてくれて、前までの日課だったように、窓越しに見つめあった。
『電話切るね』
「うん」
「元気だった?」
「晴佳が居ないから元気じゃない」
「……そういうところ、変わってないなぁ」
苦笑する晴佳の顔も懐かしくて、少しの距離がもどかしい。
「えっと、9ヵ月ぶりくらい?」
「うん。晴佳、いつまで居られるの?」
「明日帰るよ」
「私が気づかなかったら、会ってくれるつもりなかった?」
「……うん」
「そんなに嫌われちゃった……?」
「えっ!? そんな訳ない! むしろ……」
「むしろ?」
「いや、なんでもない。ふー、彩未、大学はどう?」
晴佳が深呼吸して、優しい眼差しが向けられる。久しぶりに会ったからか、耐性が下がったのか晴佳を真っ直ぐ見られない。髪を切ったからか、前よりかっこよくなってるし。
「大学は、まあまあ。晴佳、大人っぽくなったね」
「そう? 彩未は相変わらず可愛いね」
晴佳は可愛い、ってよく言ってくれたから言われ慣れていたはずなのに、久しぶりに言われたからかなんだか照れる。
「え、何その反応?」
私のことを面白そうに見てくる晴佳は楽しそうで何だか悔しい。
「可愛い、なんて久しぶりに言われたから」
「なんで? ……彼氏は言ってくれないの?」
「別れたから」
「え」
何かを言おうとしては飲み込んで、結局は心配するような眼差しが向けられた。
優しいところは変わってないね。触れられる距離にいれば、抱きしめてくれたのかな……