第4章 ハヅキとソフィア
その日ハヅキは、マギア聖学院での日程を終え、七袖の剣術の稽古が終わるのを1人で待っていた。
すると3人組の女子生徒がハヅキを取り囲んだ。
「あら、ハヅキ様。放課後にお一人でどうかされましたの?」と3人組のリーダーらしき女子生徒が言った。
いかにも性格の悪そうな女だ。とハヅキは思った。だがこういう事には慣れてもいる。
いつもやり返さないせいか、このように絡んでくる女達の当たりが最近強くなったような気はしていたのだ。
ここは適当にやり過ごそうと、ハヅキが答える。
「関係ないでしょ。」
人見知りに加え、ぶっきら棒なところはハヅキの欠点でもある。そして「キライ。」と判断した相手に敵対心を向けることを恐れない。
黒ハヅキである。
「何よ。お姫様だからって見下してるの?」と取り巻きの1人が悔しそうに言った。
いかにも小者そうだ。とハヅキは視線すら合わせようとしない。
「ウフッ、こんな貧相なのに、お姫様だなんて笑える。」
だがいつもの様に、自分の容姿に対しての悪口にもハヅキは慣れていた。返す言葉も見当たらない。
そのまま無視したのがマズかったのか、ハヅキは横目に女子生徒の1人がバケツを持っていた事に気づいた。
そして勢い良くバケツに入った水が容赦無くハヅキに降りかかる。
交わす事は出来たかもしれない。だがこの水を被れば面倒な女達も去るかもしれないと言う淡い期待があった。
「冷たい。」とハヅキは呟いた。
「まあハヅキ様。まるでドブネズミの様ね。」
「あらドブネズミはひどいわ!でもお姫様よりお似合いの言葉じゃないかしら。」
と3人は続けてハヅキに罵声を浴びせ続ける。その蔑みの笑い声だけがハヅキの神経に触った。
確かにハヅキはそれほど気弱な性格ではないのだ。その証拠にまた喧嘩を売る様な一言を発してしまう。
「ブスがうぜえんだよ。」
小声で言ったつもりだがやはり聞こえてしまった様だ。
聴き慣れない汚い言葉に一瞬、3人のお嬢様が氷の様に固まる。
すると「な、なんですって!?」と逆上したリーダーらしき女子生徒が右腕を振りかざした。
(よし、殴ってくるならやり返す。)とハヅキが決め込んだその瞬間。
その女子生徒の挙げた腕を掴んだ少女がいた。
ハヅキよりも少し背が高く、綺麗なブロンドの髪をツインテールに結んでいる。その蒼色の瞳は真っ直ぐにハヅキに絡んでいた彼女達を睨み付けていた。
どことなくその瞳に見覚えがある気がしたが、初めて見る少女だった。
「あなた達、この方がどなたか理解していらっしゃるの?」
「な、何よ。邪魔する気?」と小者2号が言い返す。だが少々焦っているのか額には汗が浮かんでいた。
「寛大なハヅキ様がお許しになられたとしても、もし王の耳にでも入ったらどうなるかしら?」
そうツインテールの少女が脅すと負け惜しみの言葉を数回吐いた後、3人組はついに逃げていった。
「ふんっ、ホントああ言う女が一番キライよ!」と彼女は勝ち誇ったかの様に仁王立ちしている。
その姿が何故だかハヅキには眩しく映った。
今までこの様にいじめられた事はあれど、助けてくれる生徒は誰もいなかったのだ。
七袖ならきっと助けてくれるだろうけれど、もちろん七袖がいない時を狙われるのが常だった。
「あ、ありがとう。」
おずおずとハヅキが礼を言う。するとツインテールの少女はクルッと向き直り、ハヅキに言った。面白そうな表情を浮かべている。
「あなた、やり返すつもりだったでしょ?」と少女は尋ねた。
「えっ?」と目を丸くするハヅキ。
ハヅキの呆気にとられた顔を見るとプッと笑いながらツインテールの少女が言った。
「もしあの時殴られていたらよ。惜しい事をしたわ。もし止めなければ、その方が面白かったかもしれないって、今ふと思ったの。」
とその少女は魅力的な悪戯っぽい笑みを浮かべた。そしてハヅキに手を差し伸べて続ける。
「ソフィアよ。よろしくね。」
ハヅキはいつもの人見知りを忘れ、思わずその手を取って握手を交わした。
(可愛い子だなあ)
「あ、ごめん。あなたの手も濡れちゃった。」
「アハハ、気にしないで。着替えはあるの?」
そしてハヅキはその時、初めて七袖以外の友達が出来た事に気づいた。
毎度お馴染み、本シリーズの主人公(?)ソフィアですが、登場は第3部の上のみとなる予定です。