第2章 マギア聖学院
女性としては背が高く、背筋の伸びた凛々しい七袖の姿は本当に目立つ、とハヅキは常に思う。学院内では許可されていないが、学院の外で帯刀している時は、リアルに何処ぞの騎士と間違えられる。女子生徒の多いマギア聖学院(たまに冗談で女学院と呼ばれてしまうこともある)にて、高等部の七袖は下級生達の憧れの的だった。
「あ、同級生や上級生もか。」とハヅキは付け加える。
「きゃあ、七袖様よ!」
「今日も麗しいわ。それに比べて…」
それに比べて、猫背で背も低く、短い黒髪をおかっぱに切り揃えただけのハヅキは七袖と並んで歩くと悪目立ちしてしまう。
その証拠に、毎日七袖に護衛され登校するハヅキはもちろん嫉妬の的だ。ありとあらゆる理不尽な陰口が叩かれる。そして往々にしてそれはハヅキの耳にしっかりと聞こえてくるのだ。
「本当は姫でもなんでもないくせに。七袖様のご寵愛を受けるなんて許せないわ!」
(寵愛ではなく護衛っ)としっかりハヅキは心の中でだけ反論する。
「あの同じ肌や髪の色を見て!きっと七袖様の真似をしてるんだわ。みっともない。」
(純粋にありのままだ)
「そもそもあのチンチクリン、七袖様と並んで歩くだなんて見映えが悪いわ。」
(チンチクリンなのは認める)
「七袖様に釣り合う方は、やっぱりセレステ様くらいじゃないかしら!?」
マギアには七袖と女子生徒の人気を二分する高等部の先輩がもう1人いる。彼女は『白銀の騎士』と称される程に鍛え抜かれた西洋の剣技と、美しい容姿を併せ持った貴族の娘だった。噂によると名高い3代貴族の子息と許嫁であるらしい。
(ナナちゃんの方がかっこいいもん!)とささやかに反論するハヅキ。もちろん心の中でだけ。
「きゃあー!素敵!」と今日も黄色い悲鳴がハヅキの小さな呟きをかき消した。
この生活は今に始まったことではない。七袖の金魚の糞としての人生を長らく務めてきたハヅキは、そのせいかすっかり七袖以外には心を開かなくなってしまった。
そのため気心のしれた数人の使用人と七袖以外には恐ろしく人見知りである。その態度がさらに周りの感情を逆撫でしているとは知らずに。
「ハヅキ。例の留学、本当に考えているのか?」と唐突に七袖が尋ねた。
「うん。きっとこれは運命だと思うの。」
そう確信めいたハヅキの表情を眺めながら、不安そうに七袖が悟す。
「ほんっとうに?ハヅキが異国だなんて。思い切りがいいのにも程があると言うか…」
「いいもんっ!行くのっ!」
溜息をつきながら未だ疑いの目で七袖はハヅキに言う。
「まあ、あの留学プログラムに入れたらの話だな。」
「えっ?なんのこと?」とハヅキがあっけらかんに尋ねる。
「選抜試験があるだろう。みんなが行けるわけじゃない。ってそんなことも知らないのか?」と呆れ顔で七袖が言う。
「し、知ってたもん!」
「ほほう。では選抜試験の内容は?」
「う゛」
元来気の長い方ではない七袖の額の隅に血管が浮かび上がった。
「このグズ!」
その会話を聞いていた複数の女子生徒によって、『七袖様にグズと蔑まれたい乙女の会』と言う組織が密かに結成されるが、七袖とハヅキがマギアを卒業し、自然消滅するまで活発に活動が行われた部活であった様だ。