第20章 JJ殺人事件
それはハヅキ、七袖、セレステ、バルキエル、オングの5人がジャンゴジャンゴに搭乗してから2週間を過ぎた頃だった。移動召喚獣の移動速度は凄まじく、瞬く間に大陸を横断していく。
事件が起きたのは、風と雲を切りながら進む外の様子に見飽きた頃だったと言っても良い。
「おい、オング。聞いたか、例の噂。」とバルキエルが珍しく真剣な声色でオングと話しているのを七袖は横で聞いていた。
「どうやら全身の血を抜かれている様ですね。」とセレステもその会話に加わる。
するとオングが心配そうにハヅキと七袖を見つめた。
「何の話?」とハヅキが尋ねた。
「数日前から、ジャンゴジャンゴの中で死体が幾つか発見されています。それも奇妙な姿をした死体なのです。」
「先ほどの血が抜かれていると言う話か。」と七袖が続けて尋ねる。
「はい。まるでミイラの様な死体が。皆様を護衛する私達としては見逃しておけません。」とオングが続ける。
「機内の警備兵はお手上げって話だぜ。どうにも犯人の尻尾を掴めずにいる様だ。」とバルキエルも答えた。
「ふむ。」と頷きながら七袖が顎に手を当て考え出した。
「血が目当てって事だよね?」とハヅキが呟いた。するとオングが答える。
「吸血鬼の可能性は高いですね。ですが、この船はあの陽王朝へ向かっています。もしヴァンパイアならば、よほど恐れ知らずなのでしょうか。」
オングの言葉に首を傾げるハヅキに説明する様にオングが続ける。
「陽王朝はヴァンパイアであるならば本来避けるべき場所であるはず。史実にある陽王朝の前身となった陰帝国とヴァンパイアの王国の大戦争の後、両国には不可侵の条約が結ばれています。もしその条約を破る行為が公然となれば、陽王朝は黙っていないでしょうね。」
「座学の勉強が足りていないぞ、ハヅキ。」と七袖が窘める。
「いえ、私は世界歴史が好きなだけなのです。」とオングが取りなした。
するとハヅキはサッと舌を出しながらオングの背中に身を隠した。呆れ顔の七袖を横目にオングが更に続ける。
「ですがご周知の通り、陽王朝にかの文明は受け継がれました。不可侵条約が今でも有効かは私には解りかねます。」
「どちらにしろ御伽噺みてえなもんだな。」
しかし、この不吉な事件は最後に発見された死体を後にパッタリと止んだのだった。
背筋の凍るこの事件をやがて一同は忘れてしまう。
それがこれから起こる惨劇の予兆だとは知らずに。