第1章 王国の姫君
国王の住む王都の宮殿から小一時間程行ったところに、国王と王妃以外の王族が住む別々の宮殿が幾つかある。
その一つ、グロシャークハウスには主に国王と血縁関係の薄い王族が住んでいた。
ハウスの住人の中に、王都では見慣れない東洋から来た異人の様な肌と髪の色を持つ1人の少女がいた。
彼女もまた王族に数えられる1人なのだが、恐れ多くも国王の娘であると自ら公言したりはしない。
国王の特赦により幼き日に王族に引き取られた少女は、グロシャークハウスの一室にてある人を待っていた。
暫くすると、彼女のいた部屋のドアが静かに開いた。
「殿下。七袖、ここに参りました。」
七袖と名乗った彼女は、上品な白と紺の学生服に身を包み、後ろで束ねたポニーテールの髪が腰に届く程に伸びている。
「もう、ここに来る時もハズキって呼んでと言ってるのにっ。」
七袖を待っていた少女がため息をつきながら言った。
「そう言う訳には。同郷と言えど、今は国王に忠誠を誓った身。あなたに仕える従者なのですから。それに今やあなたはこの国の姫の1人…」
ハヅキは他国から亡命した日からこの日まで国王の養女として、つまりは姫として育てられた。
「王位継承権のない姫だなんて、ただの貴族の娘と同じよ。マギアでだって、ナナちゃんの方が先輩なんだからっ!」
とハヅキは堅苦しい態度を崩さない七袖に向かって呟く。
「ならば年長の私が、あなたをお護りするのは至極当然のこと。さあ、行きましょう。」
そう言って、2人はハウスの広い玄関を通り抜け、秋風の吹き荒む外へとドアを開けた。
ハウスから一歩足を踏み出すと、七袖が言った。
「ハヅキ。」
「ん、何?ナナちゃん。」
「ナナちゃんと呼ぶのはやめろ。」
と、七袖は先程とは打って変わって不遜な態度で言い放つ。
「えーやだもん。ナナちゃんはナナちゃん。本当にあの変な名前にしちゃうの?」
「ああもうっ。さあ行くぞ、遅刻してしまう。グズグズするな!」
厳しい七袖の声はどこか優しさを伴っているからか、モタモタするハヅキの様子は一向に変わらない。
すると七袖はハヅキの手を取り、彼女をマギア聖学院までの道を送る馬車に無理やり押し込んだ。