第16章 七袖への勅命
「七袖、久しぶりだね。元気にしているかい?」と王は七袖に言った。
相変わらず王は優しく、そして微笑を絶やさない。
もし七袖が騎士を目指していなければ、きっと王に恋い焦がれるどこぞの婦人達と一緒であっただろう。
「はい。王からの大恩に報いるため、日々精進を絶やしておりませぬ。」
「うーん、堅いなあ七袖。君は本当に美しく育ったし、騎士にするにはもったいないよ。」
と王はまたいつもの様にウィンクをする。
中年小太りの裸の王様が言う台詞ならば、全く違う展開になるところだ。だが、相手はあの見目麗しいカナン王である。
「そっ、そんな!私は騎士になると誓った身、どうか思い直しを!」と七袖が叫ぶ。
七袖を面白そうに眺めながら、今度は少しだけ低い声で王は答えた。
「ふふ、さて本題に入ろうか。」
「はい。コルテバ様から大体のことは聞いております。」
「君は承諾してくれたのかな?」
「もちろんです!」
そう七袖が勢い良く答えると、今度は王は真剣な眼差しで答えた。
「君とハヅキの正体を祖国で暴かれるのは非常に危険だ。こちらとしても十分な根回しはしているが、それでも何か予期してなかった事態が起こるかもしれない。」
「はい、そのために私がハヅキ様の警護を。お任せください。」
「ふふ、君は強いからねえ。その辺の護衛をつけるよりよっぽど安心だよ。」
「そ、そんな。またお戯れを…」と言いながら七袖は頬を赤くする。
「ハヅキを頼んだよ。そしてこれはコルテバには言っていないのだが、君にもう一つお願いがある。」
「はい。」と七袖は即答した。
どんな命令であろうと、王のためならば。と七袖は元々決意しているのだ。
「ハヅキには双子の姉がいたはずだね。」
そう王が言うと、七袖は顔を青くして答えた。
「ど、どうしてそれを…」
「おっと、心配することはないよ。僕は好きな女性のことは大体何でも知っているのさ。」
王は続ける。
「ハヅキの姉、ミツキ。彼女を探し出し、救出しなさい。君たちの手で。もちろん手は貸そう。もしもの時は我が国の正式な大使たる使徒を頼るといい。」
この王は全てを見通しておられる。と七袖は思った。
「それと、君の改名の話だけれど。先日僕も書類に目を通しておいたよ。」
「お、王直々にでございますか?申し訳ありません。未だ眷属契約もできず…」と七袖の心は一気に沈んだ。
「ふふ、一応僕が君の後見人だからね。心配することはない。きっと祖国に行くことで君が得る力もある筈だ。成長した君たちをまた迎えるのを楽しみにしているよ。」
そう言って王はまた優しく微笑んだ。
その笑顔や声、王の優しさは七袖の心の不安や淀みを瞬く間に溶かし、そして彼への忠誠をまた堅固なものとした。