第15章 七袖と王
外交官コルテバが王との謁見中、七袖は緊張の面持ちで王の宮殿の門を潜っていた。
七袖が王と対面するのはこれが初めてではなかった。それはマギア聖学院中等部に王の恩赦で特別入学するよりも前に遡る。
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その日、まだ13歳を迎えたばかりの七袖はさらに幼いハヅキを連れ王の謁見の間に連れ出されていた。
あの時七袖とハヅキは唯々恐怖に震えていた。知らない大国の王。その人物が直々に2人の幼い少女に会おうと言うのだ。
「連れて参りました。陽王朝からの亡命者2名です。」
そう2人を王の所まで連れてきた男が言った。
「やあ、これはこれは可愛らしいお嬢さん達だ。君たちお名前は?」
大国の王は信じられない程丁寧に、また優しく2人に語りかけた。その優しい声は幼い少女達を安心させた。
「わ、私は七袖と申します。こちらはハヅキです。」と七袖は答えた。
「綺麗な名前だ。僕は君の国に若い頃は良く遊びに行ったものだよ。」
取り止めもない王の言葉に、七袖はどう答えて良いか分からず押し黙っていた。
「それにしても、困ったね。君の国と我が国は友好国なんだ。少なくとも表面上はね。コルテバ、君はどう思う?」
そう言って、王は少女たちを連れてきた例の男に話しかけた。
「見たところ、奴隷階級の子供達です。この者達の所有者次第では、外交問題になりかねませんね。」
その言葉はひどく冷たく聞こえた。
「ふむ。確かに。」と王は手を顎に当てながら少女達を見つめた。だがその表情は変わらず和かだ。
すると隣にいた例の男が軽くため息をついて言った。
「普段ならこの様な汚い子供にお会いにはならないでしょう。どう言う風の吹き回しでございますか、王。」
「ふふ、さすがコルテバ。それならば大体僕が考えてることも予想がつくんじゃないかな?」
七袖が隣に立つ男を見上げると額の上辺りに血管が浮かんでいる。七袖はこの現状に不安を感じ王に訴えた。
「私は、侍の娘。その誇りを守る為にこの娘を救ったのです。ですが今は…この様に異国の地で助けを請うしか他に道はありません。この子に罪はありません。どうかこの子だけでもこの国に置いてもらえませんでしょうか!私はどうなっても構いません!」
七袖は声を枯らしながら叫んだ。
「ほう。」と王は囁いた。
そして暫く沈黙が続いた。
その間王はどこか面白そうに、頰杖をつきながら七袖とハヅキを眺めていた。
「よし、決めた。」と王は突然言った。
「コルテバ、この小さなお嬢さんの方はグロシャークへ。そして、七袖ちゃんと言ったね?君は、マギアに送ろう。とりあえず、あそこの宿舎であれば住むところと食べるものには困らないだろう。ついでに勉学に励むといい。年頃の君にはきっと楽しいところさ。」
と言って王は七袖にウインクした。
「なっ、何をおっしゃいます、陛下!マギアはともかく、グロシャークですって!?その意味をお分かりですか!?」
とコルテバが慌てて叫ぶ。その額には汗が浮かんでいる。
「もちろん。」と言って王は王座を降り少女達の前にやってきた。そして少女達と目線を合わせるため、膝まづいて左手をハヅキに差し出した。
「突然なんだが、僕の娘にならないかい、ハヅキちゃん。」
ハヅキは黙ってその手をとった。そして王は続けて右手を七袖に差し出した。
「侍と言ったね、七袖。では君はこの国で私の騎士になるといい。僕は強い女性が好きなんだ。」
七袖は大国の王としては余りある寛容な恩赦に涙を流して手を取った。
「はい、王よ。」そう言いながら咽び泣く七袖と、つられて泣き出してしまった幼いハヅキの2人を、王は優しく抱きしめた。
それから隣でドスンっ、とコルテバが貧血で倒れる音がした。
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あれから七袖は大恩のある王のためマギア聖学院に入学し一生懸命勉学に励んだ。そして特に剣術の腕は同世代で右に出るものは出ないと言われる程になっていた。
実際に、中等部の卒業を記念した剣術大会において、再び王と謁見している。
そして今回は七袖にとって3度目の王との対面だった。
途中、あの時の外交官とすれ違った。彼は七袖に気づくと軽く会釈をし、そのまま行ってしまった。