第13章 七袖 VS セレステ
一方選抜試験はトーナメント決勝を迎え、試合開始前に教皇から応援の言葉が送られると、観客の盛り上がりは最高潮に達した。
決勝カードはやはり、七袖とセレステである。
広い競技場に最後の2人が向かい合い、試合のコールを待っている。
「こんな試合に出てくるなんて意外だな、セレステ。貴族のお嬢様には向いてないぜ?」
と安い挑発を売る七袖。
「ふふ、こうでもしないと。一度あなたと本気でお手合わせをお願いしたかったの。」
ひらりと交わすセレステ。
「なんだよ。言ってくれればいつでも相手になるのに。」と七袖が呟いた。
「あなたは何だかんだ言ってサピエンティアとの合同練習でしか本気を出さないじゃない。紳士なのね、女の子なのに。」
ウフっと手で口を押さえながら優雅に笑うセレステ。その言葉が皮肉に聞こえないのは、彼女の上品さのお陰だろうか。
むしろ尊敬する好敵手と戦いたいと言う好奇心が読み取れる。それは七袖も望むところだ。
すると2人の会話が終わる前に試合開始を伝えるコールが鳴った。
「行くぞ、セレステ!」
七袖は勢い良く跳び出し、先制の斬撃をセレステに放つ。そのリーチの長い細身の剣を生かした間合いの広い攻撃を続け様に繰り出した。
「それにしても、七袖。あなたはどの国を選ぶつもりなの?」
華麗な西洋の剣技で全ての七袖の攻撃を緩やかに往なしながらセレステが尋ねる。もちろん七袖の攻撃の間に、瞬殺を狙うかの様にレイピアを突き立てる。
「騎士は姫の行くところへはどこでも行くと決まっている!」
滑らかに変化する剣筋を七袖が次々に紙一重で躱し、続けて左手の人差し指と中指を揃え、印の様なものを胸の上で結んだ。轟音と共に水の柱が空中に発生しセレステを襲う。
多彩な空中ショーに会場が沸いた。
水柱を又しても軽く受け流したセレステは、レイピアを地面よりも斜め下へ向けると素早く詠唱を始めた。
『さあ、論じよ。緋色の手を白雪に翳せ。我が名は『神の調和』。堕落の子らよ、紅の火花を新月に注げ。』
その華麗な詠唱を終えたセレステがレイピアを頭上に掲げると、競技場の四方にそれぞれ巨大な光球が発生した。その光球はまるで闇夜に浮かぶ満月の様に美しく銀色に輝いている。
「くっ、ハーニエルの眷属め。芸術的ではあるがな!」
しかし技の完成前に七袖がセレステの懐に潜り込む。
そのまま一度鞘に戻した長剣を勢い良く抜いた。だが七袖が最後に目にしたのは、舌を出しながらウインクするセレステの姿だった。
一騎当千の斬撃は虚しく宙を切り、真下から現れた別の紅い球体が七袖の体を飲み込んで行く。
「死なない程度には抑えていてよ。」とセレステが小声で囁いた。
紅い球体が七袖の身体を完全に包むと、四方に浮かんでいた光球が一斉に紅い球体を目掛けて突進した。5つの球体が交わり、会場は大爆発と歓声により再び盛り上がった。
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七袖が気付くとそこは競技場の医務室のベットの上だった。
ぼやけた高い天井がはっきり見える様になると、七袖はそばにセレステが座っている事に気づいた。
「完敗だよ、セレステ。」
そう七袖が言うと、セレステは優しく微笑んだ。
「良いお灸だわ。きっと次は本気で戦ってくれるのでしょう?」
「本気だったてば。」
そう言うと2人はクスクスと笑った。
「ハヅキ様について行かれるのね、七袖。」
と今度は真剣な眼差しでセレステが尋ねた。七袖は躊躇なく答える。
「ああ。さっきも言った通り、何処へだって。」
セレステは羨ましそうに呟いた。
「素敵ね、あなた達2人は。本当にお姫様と騎士の様だわ。」
「セレステ、君の様な美しい人なら、騎士候補がたくさんいるだろう?」
と七袖が冷やかすと、セレステは寂しそうに答えた。
「私の騎士様は、間に合いそうに無いわね。」
そう言うとセレステは小さくため息をついた。
「そういえば、縁談の話って…」
と七袖が言いかけたところで、突然セレステが立ち上がって言った。
「よし、決めた!私もついて行くわ。七袖。」
「えっ…、ええ!?」
と慌てながら七袖は、先ほどまで曇っていたセレステの顔色が晴れた事に少しだけホッとしていた。