第12章 奴隷の姉妹
試合が終わると、ハヅキは試験会場の外にあるベンチの上で項垂れていた。
(行けない。このままじゃ、お姉ちゃんの所に行けない…)
そう思うと、ハヅキの目に涙が浮かんできた。
肩を落とし、途方に暮れたハヅキは幼い日を思い出していた。
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夕闇の森の中、汗と血に塗れた衣服を纏いながら走り続ける少女が3人。
彼女達には追手が差し向けられていた。
両親を無残に惨殺され、帝に献上される筈の双子の姉妹と、彼女達を救うために2人の手を引く年上の少女が1人。
双子の姉妹の1人は裸足で走ってきたためか、足の裏の激痛に耐えられなくなり転んでしまった。
「ミツキ、私の背中に乗りなさい。」
そう言って年上の少女は双子の片割れを優しく背負った。だがその視線は後方から追ってきているはずの刺客に集中力を研ぎ澄ます事を忘れてはいない。
「お姉ちゃん。大丈夫?」
双子の妹が心配そうに姉の足を撫でる。その足は森を走り抜けてきたせいか深い傷で覆われ、血が流れ落ち、傷が熱を帯びて足の裏を浮腫ませている。
「さあ、行くよ。ハヅキ、まだ走れる?」
「うん、ナナちゃん!」
そう言って3人は再び走り始めた。
だが奴隷の両親の元に生まれたハヅキと、姉ミツキは、生まれた瞬間から奴隷である事に変わりはなかった。
主人に隷属することがその人生の定めの様に。
その逃避行は半分失敗に終わってしまうのだ。
最後の姉の声はまだハヅキの耳に残り、そしてその小さな胸を締め付ける。
「私を置いて、逃げて!」
あの時、もし自分が同じ立場ならば、ハヅキは同じ事を言えただろうか。
七袖とソフィアがいなければ何もできない自分が。
そう思うと自然とハヅキの目から涙が零れ落ちた。
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「大丈夫?」
ふとハヅキの前に現れたのは、先ほどの対戦相手だったあの癖っ毛の少年だった。
「何よ、笑いにきたの。」
ハヅキは顔を下に向けたまま言った。
そう言えばこの子の前だと、なぜかあまり人見知りにならないとハヅキは思った。
でも今は泣いている顔を見られたくなかった。
「ごめんなさい。ああしなければ終わらないかなと思って…」
「あんなの当たったら死んじゃうわよ。」と冷たく遇らうハヅキ。
「だから当たらない様に…」
イラっとしたハヅキは、同時に落ち込んでいた心が少し軽くなった事に気付いた。
負けは負けなのだ。八つ当たりは良くない。
するとガブリエルが言った。
「でも安心して下さい。僕は選抜試験に出たかっただけで、留学の権利は辞退するつもりなんです。」
「はあっ!?」とハヅキの声が裏返る。
なんだろう。話せば話す程イライラが止まらない。(年下だから?)と自問自答を始めるハヅキ。
するとガブリエルは屈託の無い笑顔で言うのだ。
「行かなければならないのは君だもの。」
その言葉をうまく飲み込めないハヅキを目に、ガブリエルが続ける。
「それに、僕たちはきっとまたどこかで会うよ。君はもっと強くなるだろうし!」
ああ、そうか。こんなにもちびっ子なのに上から目線なところが気に食わないのか、とハヅキは思った。
「さよなら。」とその場を立ち去ろうとするハヅキ。
「ええっ!?」
と慌てるガブリエルの方へ振り向くと、きっともう少し背が伸びればハンサムな青年になるのだろうなとハヅキは思った。
だがその思いを掻き消し、ちびっ子に言った。
「じゃあね。もうついてこないで、ガブリエル。」
そう言い捨てると、今度こそハヅキは試験会場へ戻るため、再び歩き出した。
「あ、僕の名前…」
そんなハヅキの背中を見ながら、ガブリエルは頬を赤くて微笑んだ。