プロローグ
「おとーさん!おかーさん!」
2人の幼い姉妹の悲鳴が共鳴するかの様に、小さくて簡素な奴隷用の民家に響き渡った。
「どうして?どうしてこんなことするの?」
姉であるミツキが叫んだ。だがその幼い声は、容赦無く両親を斬りつける兵士達には届かない。
「おねえちゃん、怖いよう…」
妹のハヅキがミツキの衣服の袖を小さな手で必死に掴みながら小声で囁いた。2人の目には絶望の涙が浮かんでいる。
「賢者様達の託宣なんて当てになるんですかね。こんな小汚い奴隷の娘なんかが本当に?」
真っ黒な鬣を背中に蓄えた獣人族の兵士が上官に尋ねた。すると、すぐに威厳のある声で左右の側頭部から鹿の様な角を生やした上官が答えた。
「口を慎むんだな。俺たちはただ我が帝の命に従うのみだ。」
そう言い放った上官の左側の角が途中で折れているが、新しい傷ではない様だ。生まれつきの様に見えなくもない。
自分達の小さな体の数倍の大きさもあるその獣達の姿に、幼い2人はただ恐怖に震えるだけだった。
そして両親から流れ出た血溜まりの中に、幼い2人は素足で立っていた。
ミツキは未だに、その生暖かい液体の感触を覚えている。
突然両親を目の前で惨殺されたあの胸の痛みも。
そして、この手から離してしまった妹の掌の温かみでさえ。
「ハヅキ…」
ミツキは絶望の中再び目を覚ます。
気の遠くなる様な人体実験の繰り返し。身体の痛みはもうとっくに忘れてしまった。
今はなぜ生きているのかも分からない。
しかしミツキは抗った。
この小さくて何の意味もない人生の結末に。その思いからか、ミツキは暗い実験室の中でこう囁いた。
「ナナちゃん…。」
それは以前に、幼い双子の姉妹を救ってくれた女剣士の名前だった。
その名はミツキにとって、希望の象徴だったのかもしれない。
第3部はじまりました〜。上・下に分ける!と言う決断をしてから早かったです。いきなり異国!にはならず、まずはもう一つ、学園ものをお楽しみ頂ければ幸いです。