13話 そして頼れる先輩
「それで、日向君の困り事って何だったの?」
「あ」
そうだ忘れてた。こんな放課後デート(勘違い)をしている場合じゃない。すっかり一息入れてしまった。
「二つほどあるんですが……一つは作曲のことで」
「燐ちゃんから聞いてるよ。日向君が作曲担当になったんだってね」
「アイツもう言ったのか……外堀を埋めに来たな?」
「『天性のセンスも音楽性もないし飲み込みも遅そうだけど、見所はある』って言ってたよ」
「ボロクソじゃないですか。その評価でどこに見所があるんですかね……」
「燐ちゃんが言いたいこと、私はなんとなくわかるけどなぁ」
「それってなんなんです?」
「ないしょ」
なんでやねん。……まぁいいか。
「まぁとにかく、作曲で早速行き詰まってるんです。燐には訊けないし、そうなると音楽に詳しそうなのが先輩しかいなくて」
「そういうことだったんだ。私もあんまり詳しくないけど、私に出来ることなら力になるよ」
「助かります」
問題が浮上したのは昨晩深夜。ネットで散々調べたもののさっぱり理解出来ず、どうやら音楽を嗜む人の間では知っていて当然の話らしかった。ルールも何もわからないから触りようもない。
コードに関してはなんとなくわかったんだが、コード進行ってなんなんだ……。定番パターンを真似てみようとしたんだが、それで曲を作るにはどう考えても短すぎるし、そもそも一小節毎に切り替えるものなのか、自分の好きなタイミングでやっていいのかとか、そういうのも書いててくれないんだ。試しに曲を聴いてみても俺にコード進行なんて聴き分けられるはずもなく。詰み。
……という話を、夏々華先輩に話した。先輩は実にわかりやすく教えてくれた。疑問があればすぐに投げれるのも、俺にわかりやすい表現を先輩が探してくれるのも、実にありがたい。文章や動画から学ぼうとすると、決められた文言、ペースでしか教えてくれないから、こうはいかない。
「……どうかな日向君? 上手く伝えられてる?」
「ええ。おかげで今夜はまた作業が進められそうです。本当にありがとうございます」
「よかった。本当なら自分のペースでって言ってあげたいけど、そうもいかないから大変だよね」
「大変ですけど仕方ないですよ。やるしかありませんから」
夏々華先輩はにこりと笑った。
「困ったことがあったらいつでも力になるから、遠慮しないで言ってね」
「ありがとうございます。先輩がいてくれてホントよかったです……燐と話すの、まだ微妙に緊張するんですよね……」
「ふふっ。でもたまには燐ちゃんも頼ってあげて」
「えぇー? 絶対冷めた目で見てきますよアイツ。それでため息なんか吐きながら『まだその段階で足踏みしているの? 一曲完成させるより、貴方の寿命が尽きる方が早いわね』とか言うんですって」
燐の反応なんか大体想像がつくってもんだ。あんまりノロノロやってると、少なくともいい顔はしないだろう。『大体貴方、私を納得させるための曲作りを私に訊くなんてどうかしているわ』とかも言いそう。
「そう言いながら、熱心に教えてくれると思うよ」
「確かにそうかもしれませんけど……」
「日向君に頼られるの、燐ちゃんも悪い気はしないと思う」
「とてもそうは思えないんですけどねぇ……ま、気が向いたらそうしてみます」
極力夏々華先輩を頼るけどな。燐を頼るのは最終手段にしておきたい。色んな意味で。
ともかく、作曲行き詰まり問題は無事解決だ。もう一つは問題というよりお願いだ。一度喉を潤してから、改めて頼み込む。
「先輩。俺の従兄弟と話してもらえませんか?」
「従兄弟……っていうと、ボーカルの?」
「そうです。引きこもりでもバンドがしたいと言い出した俺の従兄弟です」
「あ、それも燐ちゃんから聞いてるよ。一緒に住んでて、日向君にとっては妹みたいな存在なんだよね?」
「アイツなんでも言うじゃん……」
なんでもかんでも夏々華先輩に報告しすぎだろ。夏々華先輩しか友達がいないのか、よっぽど夏々華先輩のことが好きなのか。……両方な気がする。
だがおかげで話は早い。
「その妹……おりかっていうんですが、おりかが先輩とも話してみたいと」
「いいの? 私でいいなら喜んで」
「ありがとうございます。では早速」
俺は通学カバンからタブレット(おりかの物だ)を取り出し、立ち上げる。無論おりかと通話を繋ぐためだ。不思議そうな顔を見せる夏々華先輩を待たせ、セッティングしていく。
画面は今、真っ暗だ。
「これでよし」
「どうするの?」
「まぁ見ててください」
と、画面が切り替わった。パステルポップな色合いの壁を背景に、少女が映し出される。
銀髪ポニーテールにブレザー風の学生服を纏い、瞳は海色……つまるところ二次元の存在。3Dモデル。あるいはVTuber。
そんな彼女が、口を開いた。
『……見えてる?』
「えっ? え、はい、見えてます」
『……あなたが夏々華?』
「そ、そうですけど……」
突然話しかけられた夏々華先輩は目を泳がせて戸惑っていた。助けを求める目が俺を見て、だから頷きを返す。
「それがおりかです。月乃瀬 おりか」
「えっ、えええぇっ!? ど、どういうこと!?」
思い切り驚いた夏々華先輩は店中の注目を集め、縮こまる。恥ずかしげに赤くなりながら、もう一度おりかに目を向けた。
俺が解説する。
「今、家にいるおりかと繋がってます。向こうにはウェブカメラとモーションセンサー完備なので、その3Dモデルがリアルタイムで動きを拾って再現してるんです。VirtualYouTuberの配信と同じ要領……って言ったら伝わりますかね?」
「う、うん……少し観てみたからわかるよ。でもこれ、日向君とおりかちゃんで作ったの……?」
俺が肯定するより先に、首を横に振ったのはおりかだった。
『……にぃにが全部やってくれた』
「日向君一人で!? 作曲もしてるのに?」
「は、はは……作曲に行き詰まって息抜きついでに作業進めてたら、なんか楽しくなっちゃいまして、つい……」
テスト勉強中に部屋の掃除がしたくなることってあるよな……。完全に逃避行動なんだが、おりかのVTuber化はそれはそれでやらなきゃいけないことだから許してほしい。
家でテストはしたが、実際に外にタブレット持ち出して繋げるのは初めてだ。一見問題なさそうに見えるし、今後はこうしてファミレスでの会議なんかにも、おりかも参加出来るな。
夏々華先輩の、やや不安そうな目。
「日向君、大丈夫? 無理したらダメだよ?」
「いえいえ、これは好きでやったことなんで」
「だったらいいけど……」
正直に言えば今日一日眠くて頭が痛かったし、学校行って家事をして作曲の勉強をしてこんな作業までするのは、肉体的にも精神的にもかなり疲れる。けどそれは言わなくていいことだ。夏々華先輩だけでなく、おりかにも心配かけるし。
笑みで誤魔化し、促す。
「それよりほら、おりか」
『……う、うん。…………な、夏々華……』
「なあに?」
『……わたしのワガママに付き合ってくれてありがとう』
「ワガママ?」
『うん…………バンドのことも、今日のことも』
「なんだ、それなら気にしないで。Virtualバンドは面白そうって思ったし、私もおりかちゃんとお話してみたかったから、おりかちゃんから誘ってくれて嬉しかったよ」
『そ、そう……?』
「うんっ。それとおりかちゃんの歌、カッコよかった」
『あ、りがとう……』
「ふふっ。一緒に頑張ろうね。おりかちゃんは、好きなものとか人とか、そういうのはある?」
『好きな……えと、えと……』
「ゆっくりでいいから、落ち着いて? ね?」
『うん…………あのね』
夏々華先輩に優しく手を引かれ、おりかはお喋りの道を歩き出す。あぁ、ほとんど偶然と勢いでメンバーになってくれたけど、夏々華先輩と燐が仲間で本当によかった。
この分ならおりかは夏々華先輩に任せて、安心して見ていられそうだ。ふう、とゆるやかに息を吐き、俺は甘いメロンソーダに口をつけた。




