1話 ひきこもり妹と平凡なオタク
――やりたいことってなんだろう?
将来どんな仕事に就きたいか考えた時、そんな思いに駆られた経験はないだろうか? 俺はある。
趣味とか好きなことはまぁ、あるよな。深夜アニメを見て、ソシャゲのイベント周回をこなして、マンガやラノベを読んで、YouTubeで動画を見てたら、時間がいくらあっても足りない。
じゃあその好きなことを仕事にすればどうか、なんてことも思うが、それもよくよく考えると首を捻ることになる。
なにせ世間では、二十歳そこらのフィギュアスケーターが世界連覇を成し遂げ、中学生棋士が前人未踏の連勝記録を樹立し、囲碁界に至っては小学生がプロ入りを果たしていて……それが当たり前の時代なんだぜ?
彼らは生まれた瞬間から努力してる。趣味だから、なんて理由で今さら参入したところで、そんなのに勝てるわけないだろ? 技術も情熱もさ。
それに、だ。ほんの少しネットを覗けば、世界中にはすごい技術を持った『無名の』人間がたくさんいることがわかる。例えば……Twitterに綺麗な絵をたくさん上げているのに、人気がない仕事がない金がないって喘いでる絵師さんとか。
じゃあ……そんな過酷な戦場に飛び込んででもやりたいこと、やっていけることってなんだ? そんなの本当にあるのか?
考えれば考えるほどわからなくなってきて、最後には決まってこう結論するんだ。
まぁいいや、適当に暮らせれば。
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「う゛ああああああああぁぁ……!」
俺はパソコンの前で頭を抱えていた。
その原因が、外したヘッドホンからかすかに漏れ聞こえてくる。
『はーい、こんちゃーっ! 春日ウヅメだよっ☆』
モニターに映る3Dモデルの女の子が動くのに合わせ、甲高い少女の声が流れている。
「うがあああああああっ!」
俺はホラー映画に出てくるチキン野郎のような雄叫びを上げ、停止ボタンを力任せに押した。
おかげで不快な声は耳に届かなくなった。上がった息を整え、落ち着いた頭を再び抱える。
「ダメだキモすぎる……! センス無さすぎだろ……!」
さっきのキャピキャピした3Dモデルの女の子のことだ。普通に考えれば性質の悪い陰口だが、この場合は問題ない。
だってあれ、俺だから。
グローバルな動画配信サイト、YouTubeが動画投稿者に収益を渡せるシステムに変わったことで、YouTuberという職業が生まれた。彼らは日々面白い動画を作り、投稿して、視聴者に再生してもらうことで広告収入を得て、生計を立てている、ネット上でのタレントのようなもの。
そしてその派生で、本人が出演するのでなく、3Dモデルを利用して出演……まぁつまりは、可愛い見た目のバーチャルな着ぐるみを着て動画を撮るのが、VirtualYouTuber。略してVTuberである。
本人に関係なく見た目を可愛く出来るし、最近はモーションキャプチャの技術も進化してきて、ちょっとした3Dモデルならスマホでも作れるほどだ。YouTuber同様、VTuberもアツいコンテンツの一つ。
かくいう俺もハマっている人間の一人だ。可愛いし面白いし、何よりどこか非現実なのが、リアルなタレントとの大きな違い。まるでアニメキャラがその場に実在して話しかけてくれているような、そんな不思議な距離感が魅力だ。
だが……。
「……何を血迷ってるんだ、俺は」
ちょっとやってみようかな、なんて思ったのが大きな間違いだった。
これなら見た目は美少女だし、声もボイスチェンジャー入れれば美少女だし。というか、おっさんが生声で美少女に声を当てているという狂気じみたVTuberもいるくらいだし。
そう思って機材を衝動買いして試し撮りをしてみたものの、結果は散々だった。声と見た目は変わっても、仕草や言葉の端々に男が滲んで気持ち悪い。そしてトーク力もないせいで動画内容が死ぬほどつまらない。照れが出てるのか、キャラクターに成りきれていないんだ。完全に黒歴史確定。誰にも見せない試し撮りだったことは不幸中の幸いと言えるが、今夜はこれ以上何かする気にならないほど精神的ダメージがデカかった。
無意味に買い揃えた機材を眺め、ため息。
「はぁ……買ったばかりだけど明日にでも売るか……」
結構簡単そうに見えたけど、やっぱりこういうのも大変なんだな……。
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さて。
俺こと日向 駆はごく普通の高校一年生である。成績は並以下。運動は嫌い。そして名前に反して極端なインドア派。調べ物があれば真っ先にスマホを頼るような、イマドキ珍しくもない現代っ子のオタクだ。
珍しいことがあるとすれば、そうだな。家に従兄弟と二人で住んでいることだろうか。
母親はいない。そして父親は海外。元々家にいることは少なかったが、従兄弟を引き取って家族が増えてからは、仕事に精を出してさらに帰って来なくなった。だから今この家には、俺と従兄弟の二人だけ。
俺の朝は早い。自分の弁当を作って、従兄弟の朝食と昼食も作って、冷蔵庫に入れなければならないからだ。
「……よし」
家庭料理なんて、慣れれば手際もよくなる。遅刻の心配がないことを確認すると、俺はさっさと弁当箱を鞄に放り、静かに家を出ようとした。
すると。
「……にぃに?」
二階から、眠たげに目を擦る美少女が現れた。
それは線の細い、儚い娘。小学六年生であることを考慮しても低い背丈に、運動不足で細い手足。色素の薄いくせっ毛が、寝起きでさらにぼさついている。肌が病的に白く見えるのは、あまり陽の光を浴びることがないせいだ。
この美少女こそ俺の従兄弟。月乃瀬 おりか。彼女は今にも消え入りそうな声で俺に言った。
「……学校?」
「昨日でゴールデンウィークは終わりだからな。……ごめん。起こしちゃったか?」
「ううん、平気…………でも……」
「……でも、なんだ?」
「…………ん、と……」
おりかはそわそわと迷う。言いたいことがあったら、俺には遠慮せず言って欲しい。これまで彼女にそう伝え続けてきた俺は、おりかを信じて待った。
しかし、たっぷり時間を使ったおりかは最終的に、くせっ毛をふわふわと揺らした。
「……にぃにが帰ってきてからにする」
「……そうか」
少しだけ残念な気持ちを抱える俺だったが、続くおりかの言葉で、そんなローテンションは全て吹き飛んだ。
「だから……早く、帰ってきてね……?」
「…………!」
自然な上目遣いが潤んでいる。あざといわけでなく、体格差と寝起きが原因なのはわかっている。わかっているけどもだな!
それでもこんな顔されて、こんな風に送り出されて、テンションが上がらない男子高校生がいるか? いいやいるはずがない!
あらゆる面で平凡を自負する俺だが、めちゃくちゃ可愛い従兄弟がいて、しかもそれなりに懐いてくれていることは平凡から遥かに逸脱しており、世の妹派が聞いたら発狂するであろう。
俺は可愛い可愛い従兄弟をぬいぐるみのように抱きしめ、その頭をくしゃくしゃ撫でる。
「よーしよしよし! 今日はどこにも寄らずに急いで帰ってくるからなあ!」
「……うん。お留守番する」
「ご飯は作ってあるから。それと、何かあったら気を遣わないですぐ連絡するんだぞ? 危ない目に遭う前にな」
「うん……いってらっしゃい、にぃに」
俺の従兄弟……いや、同じ家に住む家族。妹と言っても過言じゃないな。そんな俺の妹は世界一可愛い。異論反論あるだろうが、誰がなんと言おうと俺にとっては最高に可愛い妹なのだ。
そしてもう一つ。
おりかは世界一可愛い――ひきこもりだ。
固有名詞等は正式にお叱りを受けたら直します。