処方箋の冒険パーティ
久々にダンジョンから這い出した若き騎士デパ・ケンは目を覆った。
「フェノ、外界とはこのようにまばゆいものだったか?」
「ケンさま、とりあえずゴーグルを装着してください。倒れたらまたダンジョンに逆戻りですよ! 僕が補佐しますからどうか心置きなく」
ケンは額にあったゴーグルを下げ剣でよろめく足を支えると、改めて自分のいでたちを見廻した。また体重が落ちたのだろう、あちこち汚れた水色の騎士服が腰回りでひらひらしている。色も幼い頃に憧れた『三銃士』のロイヤルブルーにははるか及ばず、弥生時代の貫頭衣のように情けない気がする。
腰回りのベルトのバックルを磨けば少しは見られるようになるだろうか?
「それにしてもなぁ、どちらに冒険に行けと?」
フェノに話しかけても「いずこなりとも」と、にこにこされるだけだった。
自分の膝ほどの背しかない、ふんわかころりとした小さなオスというか男というかで、髪も服も顔もパウダースノー状のものに覆われている。かじかむ指で作った雪うさぎが無理して立ち上がったような「相棒」だ。
「あ、ゴーグルのスイッチだけは入れないでくださいね! 目の前で文字が踊るとケンさま絶対倒れますから」
「それを言うならおまえの服のほうが問題じゃないか? 日に当たるとちらちら光るだろう?」
「そんなはずはありません、僕の服はケンさまのためにマット仕立てにしてあります!」
フェノの妙な自信に後押しされてケンは城の立つ緑の丘を下りはじめた。
「そういえば、私の馬はどこだ?」
相棒はブレスレットを覗きこむ。
ケンとフェノはダンジョンから起き出す度に、というかケンが倒れる度に、全く異なる世界に飛ばされている。ケンのゴーグルから情報が得られない状態では、フェノのブレスレットに頼るしかない。
「この時代、もう馬は使われません。車という乗り物に替わっております。街に出て1台調達致しましょう」
麓から吹き上げる気持ちいい風がケンの中途半端に長い黒髪と無精髭を靡かせている。
「床屋に行くのが先かもしれんな」
「そうですね、ケンさま元はイケメンだから!」
ダンジョンでフェノがずうっと眠っていたのが思い出される。自分はうつらうつらして半分意識が戻ったりもしたのに、横にいたコイツは爆睡。
快眠後のゴキゲン・フェノってわけだ。
丘から街道へ出る。石造りの門を抜けるとそこはとても忙しなかった。
「なんだ、これは、なぜ光るモノが右へ左へ動いている? 眩しいではないか!」
「ケンさま、あれが車でございます。あれがないと隣村にも行けないらしく……」
ケンは顔を背けた。
「少しのご辛抱を。この先歩行者天国になっております。光る車は通りませんので。そこに床屋もありますれば、何卒……」
フェノが落ち込みそうで可哀想になった。丘を下りただけで帰還では冒険とは言えまい。ケンは車なるものが行き来する側には背を向け、身体を斜めにして歩を進めた。小さな橋を渡ると車の道は人が歩く道とは離れていった。
「ふうっ」ひと息ついてからフェノに笑いかける。
「大丈夫だ、そう簡単に地下に戻りはしない」
そうは言ってもケンとしては、この新しい世の中はどうも住みにくそうだ。
「ジュリアス・シーザーの時代はよかったな。あのひとは遠征先行く先々で伴侶をもったそうだが、行軍中にぶっ倒れもした。それにしても眩しいモノは少なかっただろうよ」
「そうですね。ちらちらするモノも、キンキンする音も少なかったことでしょう、戦場での刀の打ち合いくらいでしょうか……」
――この世の中で私は伴侶を見つけ、愛を育むことができるのだろうか……。
ケンは暗澹たる思いを拭いきれない。
床屋を出、服を新調し、ケンは何とか自分らしさを取り戻した気がした。細身のジーンズにトレーナーを履くと、街の風景に上手く馴染む。イケメンと威張るほどではないが、これならどこかで出会いが期待できるかもしれない。
「ケンさま、この先にデパ・チカなる者が住んでいると聞いてまいりました。ケンさまのご親族かもしれませぬゆえ、ご挨拶に参りましょう」
「いくら苗字が同じでも、血族だとは思えんな。それに親戚回りよりも私は新しい出会いを求めているのだが?」
「いえいえ、古来より伴侶探しは親族の助力がものをいいますよ」
納得したわけではないが、フェノが楽しそうだからそれもいいかと思い、ケンは通りの奥へとずんずん進んだ。道の反対側を歩く者どもに目をやると、思いのほか異性が多いことに驚かされた。この時代、女性も街歩きをするらしい。
同世代か少し若いらしい清げな乙女たちは、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねてついてくるフェノを見て、
「「「やだ、かっわいー」」」
と集まってきた。
「これ、何? ロボット? スライムー? どこで買ったのぉー?」
突然話しかけられてケンは答えられなかった。
「お兄さん、そこらでお茶でもする? 私ら講義休講で暇してんだけど」
誘われているらしい。ケンは両手を伸ばしてフェノを抱き上げると、足早に通り過ぎた。
腕の中でフェノが笑っている。
「出会いがってケンさま、会話もできなきゃどうしようもないでしょうに」
「いいんだっ、今はデパ・チカに会いに行くのだから」
ケンの赤らんだ顔を見て、フェノは当分身体を震わせていた。そのくせ、一人前に「そこ右折で」などとナビをする。
チカの住むらしい建物は白く高い屋敷だった。入り口に大きな水槽が置いてあり、珍しい魚が泳いでいる。一歩足を踏み入れると、むっと女の匂いがした。免疫のないケンは思わず袖で口を覆う。
「チカさまは階下におられるらしくて……」
腕から飛び降りたフェノはぽいんぽいんと先導し、下降する動く階段に乗った。
階段から降りた先は来てはいけないところだった。ケンは近くの者に案内を乞おうと
「デパ・チカはここ……?」
と訊く途中で、膝をついてうずくまった。
「ケンさま、眩暈ですか?! どうか僕の左腕を食べちゃってください!」
目の前は贈答品コーナーで、クリスタル食器が所狭しと陳列されていた。不連続な光刺激に弱いケンは、照明の乱反射に耐えられなかったのだ。
「ケンさま!」
フェノの声が哀しく辺りに響いた。その声はケンにはもう届かない。短くなった黒髪に縁取られた白い肌は蒼白で、眉間の皺は今にもひきつけに変わりそうだ。
遠ざかる意識の中でケンは「ああ、またダンジョンかぁ」と思っていた。
口の周りにフェノがすり寄ってきている気はしたが、ふりのける余力もなかった。
「やーね、成分足りないのよ。退きなさい、おちびちゃん、アンタじゃ危険だってわかってるでしょ?」
腰に手を置いて見降ろしている女性をフェノは涙目で見上げた。
「助けて、ケンさまを助けて。今日戻ってきたばっかりで、こんなに何度も倒れちゃ身体が心配……」
紫色のジェギンズにもっと濃い紫のブーツを履いたブロンド美人さんが立っていた。
「アンタを食べ過ぎると自殺できるのよ?」
そう言いながら横たわるケンの上に折り重なるようにして口づけした。
「キッスー?」
救急車でも呼ばなくてはならないかと取り囲んでいた人々は、その熱烈さに目を覆ってひとりふたりと離れていった。
「コイツの名前は?」
息継ぎの合間にお姐さんが訊く。
「デパ・ケン」
「東洋系ね、それにしても薄すぎる。アンタはこの娘と同類でしょ?」
フェノは「誰?」と思いくるりと振り向いた。そこには白いドレスを着て、目鼻立ちのくっきりした女の子がいた。背も同じくらい。でも、羽根が生えているから天使かもしれない。
「えっと、君の……名は?」
フェノがおずおずと訊くと、もごもご答えた。聞きとれた範囲で繰り返してみた。
「バービィドール?」
女の子は真っ赤になって俯いてしまった。
でもだって、有名なお人形みたいにキレイだもの、とフェノは思った。
再度キスをしていたお姐さんが顔を上げる。
「ケンもこれで大丈夫だと思うわ。感謝して欲しいわね、私たちが待機していて。何か似て非なるものが近付いてくる気がしたのよ。念の為見に来て正解だった」
「えっと〜、お姐さんは?」
フェノはケンがうっすら目を開けたのを見て、「助けてくれたんだよな」とお姐さんに顔を向けた。
「私はエピリム。身分を隠した伯爵令嬢ってことにしておこうかしら。ケンは弱っちいけど一応騎士でしょう? 転生したら私になるんだけれど、アンタ、ケンが死んだら泣きそうだもんね。私たち、中身は殆ど一緒なのよ。私のほうがこの世界用にパワーアップされてるわ。ケンは薄味だから定期的に私とキスしたほうがよさそうね」
「えっと、ここは? またダンジョンか?」
ケンが目を覚まして半身起き上がった。
「アンタね、騎士として人を助けることを考えなさいよ。自分がぶっ倒れてちゃだめでしょ? 貧血? それとも過去に誰か助けてその後成分補給できてなかったの? 私がしっかり補充しといたから、これからは活躍してよね」
「君は……」
「アンタの片割れ」
ケンがどっと赤面した。
「君が……私の? 探していた……伴侶?」
まだ頭の半分も血が巡っていないのではないかと、フェノには危ぶまれた。
「そうとも言うわ。気に入らないの?」
「いや、こんなに綺麗だとは……」
今度はエピリムのほうが赤くなった。
「うちに来てちょうだい。もう少し安静にしたほうがいいわ。それから食事をして、出かけるなら一緒に行きましょ。ケンはどうして旅をしているの?」
「わからない、たぶん、君を見つけるため、だったんだと……思う」
「もう、口説かなくていいから! 最初から一心同体、疲れたらお互いで補い合う、わかった?」
「ああ、わかった、気がする。さっきのキスに運命を感じた……」
フェノは横でぶっと吹き出していた。
「アンタたちはどんなに仲良しでも濃くなり過ぎないようにね。こんこんと眠り続けて戻ってこれなくなるわよ。水分摂って健全なお付き合いをすること!」
「はあい!」
エピリムの訓示にフェノは元気に声を上げたが、バービィちゃんは何も言わない。
――嫌われてる?
フェノはぐっと顔を近づけて目を合わせた。
「傍にいて、くださいますか……?」
可愛い口元からか細い声が聞こえてきた。
「もちろんだとも!」
フェノが答えてふたり手を繋いだ。
「やっと私の冒険パーティが揃った」
ケンとエピリムは同時に立ち上がり、それぞれの相棒を肩に乗せた。
「「無敵だな!」」
「「無敵ね」」
4人は笑いあっていた。