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【第6話】Spring⑥(先生・玲奈視点)

当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。

なおサブタイトルの見方は、


Spring①(生徒・菜美視点)


その話(内容)における大まかな季節

通し番号

生徒と先生どちらの視点(語り)か

視点(語り)側の名前


という構成です(第1話を例にしています)。

「自分の記憶力の悪さを舐めていたわ…。」


 鳴海先生のお言葉に甘えて利用させてもらうことにした理科準備室で、私は一人頭を抱える。新学期から一週間。毎日のホームルームにも参加させてもらい(副担任は重要事項がない限り同行は任意)、授業も一回あった。でもまだほとんどの生徒の顔と名前が一致しないのだ。早く覚えたい、覚えなきゃ…そう思うほど焦ってしまい頭に入らなくなる。

 でもそこはやっぱり鳴海先生。「小牧先生は今一生懸命お前達の顔と名前を覚えようとしているから、気長に待ってやってくれ。」と早い段階でフォローしてくれた。


「はいはーい!俺バンバン協力しちゃいまーす!インパクトって大事だよね。だから手始めにここでブレイクダンスでも披露しちゃおっか?」

「いや、百瀬はもう十分過ぎるくらいのインパクトを残しているから大丈夫だ。」


 そうね、百瀬くんはもうしっかり覚えたから大丈夫です。相変わらず目立ちたがり…いや、元気だなぁ。



「何を悩んでいるの、お嬢さん。」

「ひ…っ!」


 いつのまにか鳴海先生が入って来ていたらしい。回想モードに入っていたせいか全く気づかなかった。


「そんな化け物に遭遇したみたいな声出さないでよ。傷つくなー。」

「ご…ごめんなさい。」

「何てね。ウソウソ。ところでそんなにも真剣に何を考えていたの?」

「その…クラスの生徒達の顔と名前がなかなか覚えられなくて…。」


 恥ずかしいし情けないけど正直に伝えた。


「そりゃあそうでしょう。だってまだ一週間だよ。今のところ一日二回朝と帰りに行う5分程度のホームルームと授業が一回。新任なのにそれで完璧に覚えられる方が凄いよ。ましてやお嬢さんだもの。そりゃあ絶対に無理でしょう。」


 この人は何か余計な一言を加えないと気が済まないのだろうか。でも悔しいけど私という人間をよく分かっていらっしゃる。


 この学校独自のシステムなのか、一部の科目は二人の教師で一つの授業を受け持つ。化学もその一つで(苦手な生徒が多く実験もあったりするので担当教師一人で全てをフォローするのは大変だからという理由らしい)、私は鳴海先生と二人で授業を担当する。基本的に授業を進めるのは鳴海先生で、私は補佐役として授業についていけない生徒や分からない部分があって困っている生徒をその場でフォローする。勿論授業だけではフォローしきれないので、放課後等もそれに費やすつもりだ。

 鳴海先生の教え方は同業者である私から見ても分かりやすい。ある程度の進め方や方針などは既に打ち合わせ済みなのだが、贔屓目無しに上手いと思った。ご本人は珍しく(?)謙遜していたけど、鳴海先生の机にはたくさんの資料や手書きのノートが常に置いてある。そして時々一人でぶつぶつと何かを呟いているけど、勿論それも授業(化学)に関することだ。どうしたら一人でも多くの生徒に分かりやすく伝わるか、そして化学を好きになってもらえるかを真剣に考えているのがよく分かる。

 どこまで力になれるか分からないけど、私も最大限の努力と協力をしたい。だって私も同じ気持ちでいるから。


「だからお嬢さんはゆっくり覚えていけばいいんだよ。これから授業の質問とか色々な雑談とかで生徒の方からやって来るだろうし。…あとこれはコツではないけどさ、覚えたら出来るだけ相手の名前を呼んであげるといいよ。挨拶とか話している時とかね。別に名前を言わなくても分かる場合も多いけど、名前を呼んでもらえるって結構嬉しいものだからさ。ね、お嬢さん。」


 確かに鳴海先生はよく相手の名前(“お嬢さん”呼びにはこの際目を瞑ろう)を会話の中に入れている気がする。それに心理学という面で見てもこれは効果があるようだし、鳴海先生の言う通り嬉しいものかもしれない。ちゃんと自分のことを認識してくれている、見てくれているんだって。

 早速私も心掛けてみようと思う。ありがとう、鳴海先生。


 話題が途切れ、少しの間沈黙が訪れる。


「…ところで話は変わるけど、お嬢さんはどうして教師になろうと思ったの?」


 予期せぬ話題が出てきて少々驚いたが、少なからず気になっていたのだろう。確かにこんなに緊張しやすくて自分に自信が持てなくて不安感が表に出過ぎて周りにも不安感を与える(自分でも言っていて情けないし悲しい)私が教師という仕事を選んだのはやや無謀だったとも言える。しかも両親が教師だった等家系の影響ではなく、自ら選んだ道なのだから。

 でもこれには明確な理由がある。だから私にしては珍しく、鳴海先生の目を真っ直ぐに見つめ淀みのない口調で答えた。


「実は憧れの人がいるんです。その人も今教師をしています。だから追いかけたいと思ったんです。その道を。」


 ずっと大切にしてきた思い出にそっと触れるよう、胸に手を当てる。


「…あ、でも今は純粋に教師という仕事が好きですよ!まだまだ未熟ですが、皆さんのような素晴らしい教師になれるよう日々精進していくつもりです。」


 その“皆さん”には勿論鳴海先生も含まれている。でも恥ずかしくてそこまでは言えなかった。

 私の話が終わったことを確認すると、今度は鳴海先生がゆっくりと話し出した。


「いいと思うよ、そういうの。正直憧れだけで簡単に辿り着ける職業ではないからね。履修や実習や試験など乗り越えるべき関門はたくさんあるし、時には他の何かを犠牲にしないといけない。お嬢さんの性格じゃ実習なんかは特に苦労しただろうし、きっと人一倍頑張って来たんだよね。…だから大丈夫。お嬢さんなら自分の理想とする、いやお嬢さんらしさを生かした素敵な教師になれるよ。」


 そう言ってポン、と私の頭に手を置く。…もしかして撫でてくれたのだろうか。そう思ったら全身が急にカァッと熱くなった。


「俺、ホットコーヒー飲むけどお嬢さんも飲むかい?それともまたゆでダコになっちゃっているからアイスコーヒーの方がいい?」


 もはや私をからかう為に優しい言動で油断させているのではないかと疑いたくなるような見事な流れだ。鳴海先生に惚れる女性、鳴海先生とお付き合いする女性はさぞ大変だろう。

 …そう言えば、鳴海先生って恋人とかいらっしゃるのかな。

 しかし今はそれどころではない!ゆでダコ問題もこの際後回しだ!


「わっ私が淹れますから鳴海先生は座っていて下さい!」


 先輩にやらせるわけにはいかないし、これ以上色々考えたくない。だから鳴海先生と半ば無理矢理交代する。


「分かった分かった。でも今後は自分は新人だからとか変に気にしないでいいからね。それに自分で言うのも何だけど、俺の淹れるコーヒーってなかなか旨いからお嬢さんにも是非飲んで欲しいくらいだし。」


 私への配慮か本気の自慢なのか分からないけど、鳴海先生の言動に良くも悪くも振り回されてしまっている。でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 コーヒーの準備に集中している内に少しずつ熱が冷めていく。でも頭の上に置かれた手の温もりだけはなかなか冷めてくれなかった。






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