【第5話】Spring⑤(生徒・菜美視点)
当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。
なおサブタイトルの見方は、
Spring①(生徒・菜美視点)
その話(内容)における大まかな季節
通し番号
生徒と先生どちらの視点(語り)か
視点(語り)側の名前
という構成です(第1話を例にしています)。
「おっはよん!」
新学期から数日後の朝。本を広げながらも春眠暁を覚えず状態な私に向かって誰かが声を掛けてきた。聞き覚えのあるような無いような男性の声。ちなみに女子特有のグループは既に完成されているが、言うまでもなく私はそのどれにも属していなかった。意図的に、あくまでも意図的に属さないだけだから!
だからこのクラスになってから誰かに声を掛けられたのは初めてかもしれない。
「…お、おはよう。えっと、百瀬くん…だっけ?」
「うーん、合ってはいるけどちょっと違うかな。」
早くも会話が成立していない。さすが婿宣言するだけある人物だ。
「出来たら“モモ”って呼んで欲しいな。だってその方がトモダチっぽいじゃん!」
「……は?」
あのー。私が記憶喪失とかで一部の記憶が抜け落ちていない限り、君と話すのは初めてなんですけど。色々な意味で有名人だからさすがに私の方は顔と名前くらいは知っていたけど、私のような目立たないモブのような生徒を知っているはずがない。一応新学期初日に自己紹介はしたけど、「麻生菜美です。よろしくお願いします。」と最低限の挨拶だけで済ませたし(一方彼の方は相変わらず絶口調…いや絶好調でさすがの鳴海先生も呆れていたけど)。
「あ、『私のことを知っているはずがない!』って今思ったでしょ?でも実は前々から知っていたんだよねー。君、密かに注目されていたもん。クールでカッコいい女子だって。誰かと行動を共にすることなく一人で過ごす姿はアンニュイだけど気高い感じがしていいよねーって。だからずっと仲良くなりたいと思っていたんだ。」
嘘だ!実際には暗いとか無愛想とかって感想でしょ!でもそれをそのまま言ったらいくら私でも傷つくと思って、ポジティブワードに変換してくれたんでしょ!「いや、嘘じゃなくて本当だよー。」…心読んでいるの!?
でも軽口ではあるものの、彼の目は真剣だ。だから少なくとも彼の中ではそれらは真実なのだ。正直鵜呑みするにはあまりにも本来の自分像とギャップがある。でも心に温かい何かが流れ込んでくる。
クールでカッコいい、は確かに嬉しい。でもそれ以上に「トモダチ」と言ってくれた彼の言葉と気持ちが思いの外嬉しかったようだ。もしかしたら自分が思う以上に友達という存在に飢えていたのかもしれない。
正直友達の作り方すら忘れかけていた。勿論これはかなり特殊なケースだろうけど、きっかけなんて案外何でも良いのかもしれない。
すっかり眠気も覚めた私は読み掛けの本を閉じ、彼をじっと見つめる。如何にも人懐こそうな彼の目が私の次の言葉を待っている。
「…うん、私で良ければよろしくね。」
「本当?やったー!実は初日から狙っていたんだけど、麻生ちゃん何だかご機嫌ナナメな感じだったからさすがの俺も自重したんだよね。でもやっとお話出来た!麻生ちゃん、これからよろしくね!」
初日の不機嫌さは多分鳴海先生絡みだろう。とりあえず恋心がバレていなければ良い。それよりも…。
「ねぇ、その…“麻生ちゃん”て…。」
「俺だけが愛称で呼ばれるのも何か寂しいし、麻生ちゃんは麻生ちゃんて感じだから。……ダメ、かな?」
いきなり声のトーンを落とし、気のせいか目もうるうるしている。…これは反則だ。
「いや…それでいいよ。」
「マジで!?ありがとう麻生ちゃん!あ、俺のことちゃんとモモって呼んでね!んじゃまた後でねー!」
切り替え早っ!そう言い放つと今教室に入ってきた友人らしき生徒の元に向かう彼…もといモモ。嵐の前の静けさならぬ嵐の後の静けさと化した私の席。だけど心には相変わらず温かいものが流れ続けていた。
「…これからよろしくね、モモ。」
新しい、そして高校生活で出来た初めての友達の背中に向かい、私は心の中で呟いた。