【第4話】Spring④(先生・玲奈視点)
当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。
なおサブタイトルの見方は、
Spring①(生徒・菜美視点)
その話(内容)における大まかな季節
通し番号
生徒と先生どちらの視点(語り)か
視点(語り)側の名前
という構成です(第1話を例にしています)。
そこにいたのは鳴海先生だった。
「こんなところに一人でいらっしゃるとは…もしや一人で反省会ですか?」
「はい…。」
恥ずかしいけど正直に答える。その様子をみて見て鳴海先生がクックッと笑う。
「小牧先生が緊張していたのは俺も分かっていたつもりでした。だから一旦廊下で待ってもらったのですが、かえって緊張感を助長させてしまったようですね。申し訳ない。」
そう言って鳴海先生が頭を下げる。「可愛い」発言のことはきっと忘れているのだろう。そもそもあれは極度の緊張がもたらした幻聴だったのかもしれない。
勿論鳴海先生は何も悪くないし、私が勝手に緊張していただけだし、というか上司(先輩教師)が立ってしかも頭まで下げて下さっているのに私は座った状態というもの凄く失礼なことをしでかしていた。
慌てて立ち上がり「こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ございません!」と直角に腰を曲げてお辞儀をする。そして鳴海先生のいらっしゃる所まで降りようとしたが、そんな私を手で制すると「俺がそっちに行きます。」と階段を上がって来た。
「隣に座ってもいいですか?」
「は…はいっ!」
人気のない階段に異性と二人並んで座る。何だか漫画に出てきそうなシチュエーションだ。憧れの先輩と二人きりでお話する女子生徒…的な感じで。
「小牧先生、そんなに緊張しないで下さい。もう生徒もいませんし。…小牧先生はもっと力を抜いた方がいいですよ。というよりもっと力を抜いて大丈夫です。」
「はい…。」
勿論だからといって「はい!では力を抜きます!」と言える(出来る)わけがない。そもそもそんな簡単に出来たらこんなにも苦労していない。
でも鳴海先生の気遣いは素直に嬉しかった。
「ごめんなさい。私、昔から緊張しやすくて…。元々そこまで明るい性格でもないし…。だからせっかくの鳴海先生のお気遣いも無駄にしてしまいました。本当にごめんなさい。」
私はいつもそうだ。感謝よりも先に謝罪の気持ちや言葉が出てきてしまう。
「確かに小牧先生は明るいというよりおっとりした感じですものね。でもそれはそれでいいと思いますよ。明るいだけが良い性格というわけでもないし、俺は今の小牧先生のままでも十分素敵だと思います。」
「……ありがとうございます。」今度は自然と感謝の言葉が零れた。嬉しかった。そんな風に言って頂けたことが、こんな自分を認めてもらえたことが、短所ではなく長所として受け止めてもらえたことが。勿論社交辞令の可能性もあるけど、それでも私は救われた。
百瀬くんと鳴海先生、今日だけで私は二回も助けられてしまった。
「少しずつ、頑張りますね。先生らしく。…とはいえ実はまだ“先生”と呼ばれることにも慣れていないんです。」
前の学校では授業のみを担当する立場だったせいか、生徒との交流は少なかった。しかも新人&女性ということもあってか(というより私が頼りなかっただけだったと今は反省している)、担当の私ではなくわざわざ他の先生に聞きに行く生徒も少なくなかった。それもあり先生方の中でも何となく浮いた存在になっていた。
だからまた同じ事を繰り返してしまうかもしれないという不安も大きかった。そういう意味では初日にあれだけ笑ってもらえたのはある意味良かったのかもしれない。無視、無関心よりは。
意識的なのか無意識なのかは分からないけど、鳴海先生は会話の中に「小牧先生」という主語を度々添えてくれる。わざわざ名指ししなくても私宛だと分かる会話でも、ちゃんと呼んでくれる。それは苦い思い出をほんの少し和らげる魔法のような言葉に思えた。
「そうだったんですね。…じゃあこれからは小牧先生のことを“お嬢さん”と呼びますね。何となく雰囲気にも合っているし。」
「……へっ!?」
思わず変な声が出てしまった。だって何故そうなるのかが全く分からない。普通に考えれば「じゃあ少しでも早く慣れるように“小牧先生”呼びを意識しますね。」とかでは?私の普通がおかしいの?それとも鳴海先生ってもしかして天然…?
全く意図が分からず、恐る恐る鳴海先生の顔を見つめる。鳴海先生は笑っていた。…そう、まるで新しいオモチャを見つけたかのようなニヤニヤ顔で。
「……鳴海先生、もしかして私をからかって遊ぼうとしていませんか?」
「気のせいだよ、お・じょ・う・さ・ん。」
「やっぱりからかってるーっ!!」
上司ということを忘れ、思わずタメ口で叫んでしまった。でもそんな私を見て鳴海先生は心底楽しそうに笑った後、目を細めて優しい眼差しで私を見つめてきた。
「うんうん、その調子。俺に対してはそのくらいざっくばらんで大丈夫ですよ。敬語もそこまで意識しなくていいし、俺もそうするから。
…あとこれからは一人になりたい時は理科準備室を使ってくれていいよ。春とはいえこんな所に毎回座っていたら身体冷えちゃうだろうし。“理科準備室”だから一応物理や生物担当の先生達も使用出来るんだけど、みんな来ないから基本的には俺一人しかいないし俺だけの城状態だったんだよね。でもこれからはお嬢さんもどうぞ。
勿論職員室とか他にお気に入りの場所があればそっちに行ってくれていいけど、一応合鍵を渡しておくね。」
そう言って私の手のひらに小さな冷たい塊を乗せる。何だか秘密基地への招待状をもらったような気持ちになり、ドキドキとワクワクが入り混じる。
ただ…。
「あの…その…お嬢さん呼びは私の緊張をほぐすための一時的なネタだったのではないんですか?」
「大丈夫大丈夫。二人の時だけにするから。」
「そっ…そういう問題ではないですよ!」
からかいがいのあるオモチャ(悔しいけど私のこと)を手に入れた鳴海先生と、理科準備室という居場所を手に入れた私。果たしてこれは同等の価値なのだろうか。
爽やかで優しそうな人、という印象からちょっとSっ気があるけど何だかんだやっぱり優しくてちゃんと私と向き合おうとしてくれる人、という認識に変わった鳴海先生。初対面から強烈なインパクトを残し、でもまだその件も含めて直接には言葉を交わせずにいる百瀬くん。そしてまだまだ顔も名前も覚えられていないけど、一年間を一緒に過ごすことになる他の生徒達。
相変わらず大きな不安を抱えながらも、ほんの少しだけ未来への期待が芽生えた一日だった。