【第38話】Coffee Break 『時薬』
当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。
なおサブタイトルの見方は、
Spring①(生徒・菜美視点)
その話(内容)における大まかな季節
通し番号
生徒と先生どちらの視点(語り)か
視点(語り)側の名前
という構成です(第1話を例にしています)。
また時折挟まる『Coffee Break』は、本編で出てきたエピソードの詳細や本編には出てこない彼らの日常を会話主体で描いた小話です。飛ばして頂いても差し支えありませんが、本編と一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。
『麻生家の食卓 with モモ』(前話参照)の夜。麻生奈美と百瀬裕太による電話での会話。
『モモ、今日はありがとう。』
『こちらこそたくさんごちそうさまでした。どれも全部美味しかったよ!』
『お母さん、本当に嬉しかったみたい。また来てねって言っていたよ。』
『ありがとう。俺も嬉しかったよ。麻生ちゃんは?』
『私もだよ。』
『…じゃあ少し元気出た?少なくとも登校日の時よりは。』
『…私が鳴海先生と小牧ちゃんを避けていたこと、やっぱりモモは分かっていたんだね。』
『あんなことがあったんだもの。仕方ないよ。』
『…それはそうだけど、さ。……私、自分が凄く嫌になったの。確かに今までだって鳴海先生に好感を抱いている女子達にイライラすることは多々あったし、大体育の時もモヤモヤが止まらなかった。…でもそうなるのは仕方ない。だって私は鳴海先生のことが好きなんだもの。…何処かでそう開き直っている自分もいたんだ。』
『そうだったんだね。』
『でも今回はそんな自分が醜くて、弱くて、情けなくて、開き直ることが出来なかった。悲しいし辛いし苦しいのに、そんな自分でいたくなかった。』
『うん。』
『私、今でも鳴海先生のことが好きだよ。三年生になって少しずつ話せるようになって、今まで知らなかった一面も知った。…今まで接点がほとんど無かったせいか、私は鳴海先生という理想像を作り上げていたんだよね、きっと。もの凄く恥ずかしい言い方をすれば理想の王子様だと思い込んでいたというか、心の中で想像が膨らみ過ぎていた部分もあると思ったんだ。』
『うん。』
『だから話してみると想像と違う部分もたくさんあった。私が勝手に思い描いていただけだから当たり前なんだけど、逆にますます好きになってしまったの。何ていうか、理想の王子様ではなく一人の人間としての鳴海先生を。信頼や尊敬の念が強まったと言えば良いのかな。勿論私なりに真剣に想っていた今までの気持ちを否定するつもりはない。……でも今までの方がある意味楽だったのかも。だって真っ向からライバル視して嫉妬心を剥き出しにすればいいのだから。』
『…小牧ちゃんに、ということでいいのかな?』
『私、小牧ちゃんのことも大好きなんだ。先生として、一人の人間としてね。最初は気が弱そうだし頼りなさそうで正直積極的には関わりたくなかったし、副担任とはいえ鳴海先生との距離も近いし、…私と違って女らしくて可愛くて守ってあげたい感じでそれも嫌だった。でも今は小牧ちゃんの良さを素直に認められるし憧れる。…自分はそうなれないからね。』
『……。』
『昨日だって本当は避けたくなかった。もし本当に二人がそういう関係なら応援出来たらいいなって。好きな人達が幸せなら私も嬉しいはずだって。…でも目を合わせるのが辛かった。何だかんだやっぱり嫉妬もあると思う。でもそれ以上に応援したいのにまだ心から応援出来ない自分が嫌だった。目を合わせたらそんな自分を見透かされそうで怖かった。……っでも、帰り際に声掛けられた時に一瞬盗み見した小牧ちゃんの表情が凄く悲しそうで…っ、だから今すぐにでも駆け寄って謝りたくて、で…でも、それが出来なくて…っ。』
『我慢しないでいいよ。泣いていいんだよ。』
『…っ自分でもどうしたらいいのか分からないの!鳴海先生が好きで、小牧ちゃんも好きで、そこにモモが加わって四人で話す時間が最高に大好きで…。綺麗な部分だけを見せて、いい子な自分でいたくて、でもこの気持ちも知って欲しくて、だけど鳴海先生だろうと小牧ちゃんだろうと本当に知られてしまったら全てが壊れちゃいそうで…っ!……ごめん。私めちゃくちゃなこと言っているよね…。』
『ううん、そんなことないよ。…ねぇ麻生ちゃん。“時薬”って知ってる?』
『…ときぐすり?』
『簡単に言えば時間が薬になるってこと。ほら、“時間が解決してくれる”とか言うでしょ?』
『うん…。』
『卒業までまだ半年あるし、色々なことを経験する中でまた色々変わっていくかもしれないよ。』
『うん…。』
『でもこれだけははっきりしておいた方がいいかな。…麻生ちゃんは新学期からもちっひーや小牧ちゃんと気まずいまま過ごしたい?目を合わさないように、極力話さないようにしたい?』
『……それは嫌。』
『それなら普通に話そうよ。勿論無理にとは言わないけどさ。気持ちを圧し殺すんじゃなくて、分からないならとりあえず放置!…みたいな感じでいいと思うよ。』
『…いきなり避けたのにまたいきなり戻ったら、二人とも変に思わないかな…。ちゃんと謝った方がいいのかも…。』
『んー、俺なら変に謝って欲しくないかな。何か言われたら『三日連続で毎食卵焼き食べ過ぎて見るもの全てが卵焼きに見えて辛かったんですー。』って誤魔化すかな。』
『そんなに食べてないもん!作るのは一日一回にしていたもん!!』
『あ、そうだったのね。でも人間誰だって不調な時やご機嫌ナナメな時はあるから、たまたまそういう日だったって事でいいと思うよ。』
『……うん、分かった。』
『また四人で話そうね。』
『うん。……ごめん、長々と。そろそろ切るね。』
『こちらこそ色々話してくれてありがとう。』
『じゃあまたね、モモ。』
『うん。…あ、最後に一言だけ。』
『何?』
『麻生ちゃんは可愛いよ。んじゃまたねー!』
熱帯夜だけが原因とは思えない熱さにより、この日の夜はなかなか寝つけなかった麻生菜美であった。