【第35話】Summer⑨(生徒・菜美視点)
当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。
なおサブタイトルの見方は、
Spring①(生徒・菜美視点)
その話(内容)における大まかな季節
通し番号
生徒と先生どちらの視点(語り)か
視点(語り)側の名前
という構成です(第1話を例にしています)。
また時折挟まる『Coffee Break』は、本編で出てきたエピソードの詳細や本編には出てこない彼らの日常を会話主体で描いた小話です。飛ばして頂いても差し支えありませんが、本編と一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。
あっという間にお盆も過ぎて今日は登校日。顔合わせと秋に行われる文化祭の出し物についての話し合いが行われた。まだまだ暑い日が続いているけど時間はゆっくりと、でも確実に流れている。
登校日も文化祭も昨年までは正直どうでもいいというか、むしろ面倒とすら思っていた。だけど今年は違う。
「菜美ちゃん、お疲れさまぁ!」
「しっかし今日も暑いね。早く涼しくなって欲しいわ。」
話し合いの合間の休憩時間に美咲と彩乃が私の席へとやって来る。ちなみに文化祭のクラス代表は男女一人ずつ選出するのが決まりで、うちのクラスは女子は彩乃で男子はモモ。会計など他の役割分担は出し物の最終決定日である新学期に改めて行われる予定だ。
「麻生ちゃん、東雲ちゃん、支倉ちゃん、やっほー!」
「麻生さん達と会うのは終業式以来だね。コイツとは何だかんだ休み中も遊んだりしたけどさ。」
毎度お馴染みのモモ、そしてモモの友達である一宮 浩人くんも私の席へとやって来る。一宮くんと二人で話すことはまだほとんどないが、モモも含めて三人で話すことが少しずつ増えてきた。
「俺達のやり取りを見て、ヒロも麻生ちゃんと話してみたくなったんだって。」
「モモ!お前、そういうことを本人の前で言うなよ!…ま、まぁ事実なんだけどね。元々クールでかっこいいなぁと思っていたけど、モモと関わり出してから麻生さん親しみやすさがグーンッと上がってそれはそれでいいなぁって…。」
一学期が終わる直前、一宮くんがそう言ってくれたことを思い出す。一本の木からたくさんの枝が分かれていくように、ご縁というものはこうして広がっていくのかもしれない。
気づいたら私の机を彩乃、美咲、モモ、一宮くんが囲むという大所帯になっていた。一宮くんを友達と呼ぶにはまだ図々しいかもしれないけど、話せる人がこんなにも増えるなんて半年前には想像もつかなかった。
そこに更に私を訪ねる人がやって来た。一宮くんと同じように友達と呼んでしまうのは何となく気が引ける、でもあの日を機に急速に距離が縮まり始めた芹沢くんだ。
「お話中ごめんね。…麻生さん、今少し大丈夫かな?」
「あ、うん…。」
「これ、前に話していた本。麻生さんの好みに合うかわからないけど、読みやすいし僕のお気に入りの一つなんだ。」
「あ、ありがとう。…えっと、私も持って来たよ。…はい、これ。」
「ありがとう。たぶん始業式には返せると思うけど、麻生さんは麻生さんのペースで読んでね。じゃあ、お話の邪魔しちゃってごめんね。」
他の四人に謝罪をしつつ、笑顔で去って行く芹沢くん。受け取った小説には布製のカバーが施してある。…というか紙製のカバーどころかむき出し状態で渡しちゃったよ私!こういうのって性格が出るものなのね…。
「…麻生さんて芹沢と仲良かったっけ?」
きっと誰もが疑問に思ったであろうことを、まずは一宮くんが口火を切る。
「うん…まぁ…最近、ね…。」
曖昧に答える私に今度は美咲が反応する。
「ふーん、最近ねぇ。でももう本の貸し借りしちゃう仲なのねぇ。その内本だけでなくお互いの想いも行き来し合っちゃったりして!キャーッ!ロマンチックゥ!」
「み、美咲…勝手に話を進められても…。」
「まぁこの二人だと感想を語り合う内に熱くなり過ぎて討論になるパターンの方が可能性ありそう。」
「文学少年と文学少女の弁論バトルか!うわー、俺絶対ついていけない!本読むと数ページで眠くなるし…。」
「いや…あの…。」
恋愛に結び付けたがる美咲と冷静に分析していると見せかけて内心面白がっているであろう彩乃と盛り上がったり凹んだり忙しい一宮くん。下手したら今クラスで一番賑やか(うるさい)のは私達かもしれない。
ただこういう時に真っ先に乗って来そうなモモが終始黙っているのが気になった。声を掛けようと思ったものの、丁度休憩時間が終わってしまい言葉も視線も交わすことなくモモは我先にと戻っていった。
その後文化祭の出し物候補はある程度絞られたので終了。そして鳴海先生から放課後の補習(希望者による勉強相談)や残りの夏休みの過ごし方などの諸連絡を終えて下校の時間を迎えた。モモに話し掛けて良いものか迷いながら帰りの支度をしていると、何とモモの方からこちらに来てくれた。
「麻生ちゃん、ちょっとだけいい?」
そう言って私を教室から連れ出し、そのまま無言で廊下を歩いていく。生徒達の会話や雑音が少しずつ遠ざかる。
「……俺ね、寂しかったんだ。麻生ちゃんをみんなに取られちゃうような感じがして。」
気づいたら二年生の教室の階に来ていた。今日は三年生の登校日なので、先程とは打って変わって辺りは静まり返っている。そこで初めてモモが口を開いた。
「麻生ちゃん、良い意味で変わったもの。凄く柔らかくなった。だからきっと東雲ちゃんや支倉ちゃんやヒロや芹沢くん以外にも麻生ちゃんと仲良くなりたい人はいると思う。だって麻生ちゃん、こんなにもいい子なんだもの。だから嬉しいんだよ。本当に嬉しいことなんだよ。…でもさ、その半面俺はいつまで一緒にいていいのかなって。邪魔…じゃないのかなって…」
「何でそうなるのよ!!」
思わず叫んでしまった。怒りと悲しみ…そしてそこまで思っていてもらえた驚きと嬉しさが入り混じる。
「…私は、モモのこと特別だって思っているよ。鳴海先生のことだって彩乃や美咲には話していないんだよ。知られたくなければあの時嘘だってつけた。でもモモだったから素直に認めたんだよ。勿論彩乃や美咲と仲良くなれて嬉しいし、一宮くんとももっと話してみたいし、ちょっとしたきっかけで芹沢くんとも関われている。でもその中心にはいつもモモがいて、みんなモモを通じてそうなれたわけで、それなのに…それなのに!モモがどうでもいいとかましてやもういいやって見捨てるわけないでしょ!私を舐めんなよ!!」
「麻生ちゃん……。」
嗚呼、もう。普段はあんなにもお調子者で騒がしいのに、何でこういう所は繊細なのだろう。それとも繊細な自分を隠す為に、むやみに傷つかないようにする為に仮面をつけているのだろうか。
何だか無性にモモの頭を撫で回したくなったけど、その衝動を抑えつつ元々伝えるつもりでいたことを切り出した。
「…モモ、明日のお昼って空いてる?」
「…?空いているけど…。」
「母がね、もし良ければうちでお昼ご飯でもって。あ、父は仕事でいないから大丈夫だよ!」
「…本当に招待してくれるんだ、麻生ママ。…ありがとう。じゃあ明日麻生家に伺います!」
「ちなみに高校の友達は言うまでもないけど、男友達を家に呼ぶのも初めてだよ。」
不安にさせてしまったお詫びにわざわざ伝えなくてもいいであろう(残念な?)事実を言葉にする。
「…嬉しいな。ありがとう。」
モモも照れくさいのか私からそっと視線を外す。でも喜んでくれていることはちゃんと伝わって来た。
鞄を置いたままだったので二人で教室へと戻る。彩乃と美咲は既に帰っていたが特に約束はしていなかったし、こういうべったりし過ぎない距離感を保てる所も気に入っていた。
モモと私が改めて帰り支度を始めた時、ふいに声を掛けられた。