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【第34話】Summer⑧(先生・玲奈視点)

当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。

なおサブタイトルの見方は、


Spring①(生徒・菜美視点)


その話(内容)における大まかな季節

通し番号

生徒と先生どちらの視点(語り)か

視点(語り)側の名前


という構成です(第1話を例にしています)。


また時折挟まる『Coffee Break』は、本編で出てきたエピソードの詳細や本編には出てこない彼らの日常を会話主体で描いた小話です。飛ばして頂いても差し支えありませんが、本編と一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。

「百瀬くん!?」

「小牧ちゃん!何でここに!?」


 入ってきたのは私服姿の百瀬くんだった。


「あれ?玲奈ちゃんの知り合い?」

「…あっ、えっと、彼は私のクラスの生徒で…。」

「あらまぁ。モモちゃんのお知り合いだったのね。」

「……先生です。」


 佐伯さんとホールの女性からの問い掛けに、私と百瀬くんがそれぞれ答える。


「じゃあモモちゃんは先生方とご一緒の方が良いかしらね。」

「はい、こちらはそれで大丈夫です。丁度四人席に通して頂けているし。…さ、百瀬くん。こちらにどうぞ。」


 確かに佐伯さんも“先生”ではあるけど、当たり前ながら百瀬くんと顔を合わせるのは初めて。それでもごく自然な笑顔を向ける佐伯さんに対して、さすがの百瀬くんも驚いている様子だ。しかし一瞬躊躇いを見せたものの、意を決したのか「…お邪魔します。」と私達の席に腰を下ろした。


「初対面なのに強引に座らせて申し訳ない。…初めまして、佐伯亮といいます。」

「あ…っ、百瀬裕太です。初めまして。」


 誰に対しても気さくに話し掛けているイメージがあったけど、さすがの百瀬くんも初対面の歳上男性というのは緊張するのだろうか。でもその様子はとても新鮮で、そして少し可愛らしかった(本人に言ったら怒られそうだけど)。


「えっと…佐伯さんはね、私の先輩に当たる人なの。」

「先輩…?」

「そう、僕は玲奈ちゃん…小牧先生とは高校、大学が一緒でね。」

「彼氏…じゃないんですか?」

「か…っ!!」

「ふふ、残念ながらそうではないんだ。」

「ちょ…っ!!」


 百瀬くんの質問にも佐伯さんのかわし方にも驚き過ぎて言葉に詰まる。しかし二人はそんな私の様子に気を止めることなく話を続ける。


「…そうなんですね。急に不躾な質問をしてしまってごめんなさい。」

「いや、気にしないでいいよ。…それより百瀬くん、もっと力を抜いてくれて大丈夫だよ。無理に敬語を使う必要もないし、君のことは彼女から聞いているからね。」


 驚きと戸惑いの表情を浮かべながら百瀬くんが私を見つめる。


「…あぁ、不安感を煽ってしまったようでごめんね。小牧先生はね、君のことを褒めていたんだよ。いや、褒めるというのも少し違うかな。とにかく、百瀬くんには何度も助けられている、元気をもらっていると彼女から聞いていたから、初対面ながらも妙に親近感があってね。だから僕もこうして話が出来て嬉しいんだ。…百瀬くん、彼女の力になってくれてありがとう。」


 佐伯さんの話は事実だった。新学期初日のことも話してある。贔屓しているつもりはないし、他の生徒達の話だってしている。それでも佐伯さんの印象に残りやすかったのか、もしくは私が無意識に百瀬くんの話を多くしていたのか、佐伯さんは“教え子の一人”ではなく“百瀬裕太”という一人の人間…私が築く人間関係の中の一人として認識しているようだった。

 何より学校…主にクラス関係の話をする度に佐伯さんは「玲奈ちゃんの味方がいて良かった。良い生徒、良い環境に恵まれたね。」と言ってくれた。想定外の鉢合わせではあったけど、その“良いご縁”の一人(一つ)である百瀬くんを紹介出来たことが私は嬉しかった。勿論百瀬くんに佐伯さんを紹介出来たことも。


「御礼を言うのは俺の方です。三年生になってから今まで以上に学校が楽しいし、化学の面白さや奥深さにもようやく気づけました。小牧先生…小牧ちゃんには感謝感謝です!」

「ありがとう、百瀬くん。そう言ってもらえて嬉しい。…でも何故わざわざ“小牧ちゃん”て言い換えるの!?たまには“小牧先生”って呼んでくれたっていいのに!」

「こうして小牧ちゃんをからかうのも楽しみの一つです。」


 そう言いながら百瀬くんが満面の笑顔を浮かべる。まさか某先生が言いそうなことを生徒にまで言われるなんて!佐伯さんも肩を震わせながら必死に笑いを堪えているし!

 でも気づけば私の周りにはたくさんの笑いが溢れるようになっていた。それに気づいたら何だかムキになるのもバカバカしくなり、私も思わず「もう…。」と口では言いつつも表情が緩んでしまった。


「…と、ごめん。話してばかりで注文を決めていなかったね。僕らはこれからデザートを頂く予定だけど、百瀬くんは食事にする?」

「いえ、俺もデザートを一緒に頂きます。」

「百瀬くんは何度か来ている感じだよね。オススメのケーキとかあるかな?」

「うーん…直接聞いてみます。ママさーん!」


 “ママさん”て誰!?と思ったら、ホールの女性が笑顔を浮かべながらやって来た。


「お決まりですか?」

「ママさん、今日のオススメケーキは何ですか?」

「そうねぇ、今日一番の自信作はチーズケーキかしら。」

「じゃあチーズケーキにします!あとアイスカフェオレで。」

「先生方は如何いたしますか?」

「では僕もチーズケーキを。あとブレンドもお願いします。」

「わ…私もチーズケーキとブレンドで…。」

「かしこまりました。」


 百瀬くんの対応は距離感こそ近いけど不快さは与えない。すぅっと相手の懐に入ってしまう。それがくすぐったくて心地いい。まるで春の風のようだ。

 最初こそは緊張を見せていた佐伯さんとの会話も、いつのまにかクラスメイトや千尋先生と話している時と同じようなテンションになっていた。佐伯さんもニコニコしながら百瀬くんの話を聞き、質問や感想を挟んでいる。唯一の憂いは、私抜きでも十分盛り上がりそうな雰囲気であることかもしれない。


 自信作のチーズケーキと飲み物が来てからは、その感想も交えた話が咲き乱れる。仕事が一段落着いたらしいママさんとマスター(キッチンにいらっしゃる男性を百瀬くんがそう呼んでいた。やっぱりご夫婦で切り盛りしているらしい)に食事の感想を伝えるととても喜んでくれた。ちなみに百瀬くんは「ちょっとしたきっかけで麻生ちゃんと来たんだけど、この通りとてもステキなお店だからそれから一人でも来るようになってんだ。」とのこと。ただその“ちょっとしたきっかけ”の内容は秘密らしい。

 何とも不思議なひとときだった。佐伯さんと百瀬くんが仲良く話していて、初めてのお店なのにとても良くして頂けて、雰囲気も良くて、食事も美味しくて、私も自然体で笑っていて…。夢なら覚めないで欲しい、そう心から願ってしまったくらいだ。


「佐伯さん、今日は色々なお話を聞かせて下さりありがとうございました。それにごちそうさまでした。」

「こちらこそ楽しい時間をありがとう。百瀬くんに会えて良かったよ。」

「小牧ちゃんもありがとう。…休日に会えると思わなかったからびっくりしたけどちょっと嬉しかった。」

「わ…私こそありがとう。」


 思わぬ感想に気を取られてしまい、上手く返事が出来なかった。でも百瀬くんは顔色一つ変えず、もう一度私達に御礼を伝え頭を下げてから背中を向けて歩き出す。


「…玲奈ちゃんの話通りの人柄だね。さすがは“正義のヒーロー”という感じかな。」


 以前「困った時にいつも助けてくれる。」と伝えたところ、「じゃあ百瀬くんはさしずめ玲奈ちゃんにとっての“正義のヒーロー”だね。」と佐伯さんが言ったことを思い出す。からかいではなく本当にそう思ったようだし、実際に私も百瀬くんがそう見えることがあった。

 それくらい凄い力を彼は秘めているのだ。きっと今までも、今も、そしてこれからもその力を惜しみなく注いでくれるのだろう。それを必要とする人に。


 唯一無二の正義のヒーローは真夏の日差しの中へと溶け込んでいった。



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